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半魔の少女は英雄譚を望まない  作者: 水無月七海
第一章 始まりの出会い
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第22話 A:災厄の魔獣

 魔法の雨に釣られてやって来た魔獣達の襲撃が途絶え、付近には一時静寂が訪れた。

 その意味は、考えるまでもない。

 否、頭で考えるより先に、身体の方が感じ取っていた。


──……ようやくお出ましか。


 ピリピリとした空気。探るように向けられる視線。気配。

 何より、強敵を前にした時の、特有の空気を、肌で感じる。


 『災厄の魔獣』とは、これまで何度か戦った。

 しかしながら、背に少女を庇いながら戦うというのは、当然これが初めての経験になる。


 奴の狙いは俺ではなく、俺が背に庇う少女──フィリアの方だ。

 かといって、俺の方も完全に無視されてる訳でもないらしい。


──どうやら昼間、剣を叩き付けたことを、覚えていてくれたようだな。


 自分に意識が向いていない状態というのは、奇襲する上では有利に働くが……守るには不都合だ。

 奴の記憶力が真っ当であったことは、この際、喜ぶべきことであろう。


──俺を倒さない限り、フィリアを傷付けることは出来んぞ?


 そんな挑発めいた思いを込めて、木々の暗闇の先に薄っすらと見える魔獣を軽く睨む。

 すると、その思いが通じた訳でもないのだろうが、闇の中から朧げな輪郭が、次第にその姿を現していく。


「……っ!」


 背後に立つフィリアが、息を呑んだのが分かった。


 四つ足で立つ、狼のようなシルエット。

 ただし、陽炎のように揺らめいて、実体があるかは疑わしいとさえ感じてしまう。

 そんな印象そのままに、数瞬の後に、その姿は闇に溶けるように──


「……消え、た……?」


 気が抜けたようなフィリアの呟きに、俺は「いや。」と否定を返す。


「消えた訳じゃない。気配を消しただけで、まだその辺りに居る。」


 恐らく奴は、自らの存在を他者の意識から外すことに長けている。

 しかし、少々解せない。

 であれば、奴の本分は奇襲だろうに。


──……姿を見せたのは、挨拶代わりか、はたまた、印象付ける為か。……ああいや、敢えて存在感を出すことで、邪魔な魔獣を追い払った……というのも考えられるか。


 まぁ何にせよ、頭の悪い魔獣ではないのだろう。……厄介なことだ。


「フィリアは、その場から動かないで欲しい。その方が守り易い。」


 俺は周囲に潜む僅かな気配を探りながら、すぐ後ろに立つフィリアへと指示を出す。

 言葉を選んでいる余裕はない。今この瞬間にも、奴が襲って来ないとも限らないのだから。


 微かに感じる魔獣の気配は、俺達を中心に一定の距離を取って、ぐるぐると円を描いているようだ。


──隙を窺っているらしいが……いつ仕掛けて来るやら。


 黒剣の柄を握る手に、思わず力が入る。

 瞬間、気配が動いたのを感じて、俺は振り向きざまに剣を横薙ぐ。

 キィン、という甲高い音と共に、硬質の物体を叩いた時に感じる手応えが返って来た。


 後方からの奇襲だ。死角からの襲撃というのは、人にしろ獣にしろ、有効な手段なのであろう。


 しかし、手応えはあれど、姿をハッキリとは視認出来なかった。

 揺らめく影のように。まるで最初からその場に居なかったかのように。その気配は霧散していく。


 試しに薄れていく影でも斬ってみようか、とも思ったが……それで隙を晒すことになるのでは、相手の思う壺だろう、と自重する。

 俺が何もアクションを起こさなかったお陰か、あるいは最初から様子見のつもりだったか。その後の追撃はなく、奴の気配はまた一定の距離を置いて、俺達の周囲を回り始めた。


 そうして第一陣を凌いだ直時、何やら視線を感じた。

 遠くからではなく、ごく近距離からである。


「……見えてるん、ですか?」


 視線の主は、か細い声で、そう問いかけた。


「いや、気配を感じ取ってるだけ──」


 そう答えようとした途端に、奴の気配が再び動き出した。


 今度もまた、俺の背後からだ。

 振り向くと同時に、黒剣を斜め上に斬り上げる。


 金属同士がぶつかったような音が周囲に響き、攻撃を防ぐことには成功する。

 しかしそれ以上の手応えは、今回も感じない。

 そして先程と同じように、影のシルエットは揺らめき、空中に溶けて消えた。


 互いに有効打は与えられていないが、向こうは自分のタイミングで攻撃を仕掛けることが出来る。

 対してこちらは今のところ、相手の攻撃に合わせて凌ぐ以上の算段が付かない。


──……このままでは、埒が明かないな。


 相手は明確に、こちらの隙を狙って来るようだし、そうなると、おちおち会話もしていられない。

 常に緊張を保つというのは、精神的に疲れるものなのだ。

 疲労が蓄積されれば、その内、奴の攻撃を凌ぎ切れなくなる可能性も出て来る。


──それなら……早い内に、こちらから仕掛けてみるか。


 俺はフィリアに一度視線を遣ってから、黒剣を肩に担ぐと、後ろ向きに一歩分だけフィリアから離れる。

 フィリアは俺の指示をちゃんと守ってくれているようで、その場から動こうとはしない。

 そして、奴も仕掛けては来ないらしい。


 ならば……と、もう一歩分、距離を離す。

 …………まだ仕掛けて来ない。


 では、更に半歩。ついでに、フィリアに背を向ける形を取る。

 その状態で、暫し待つ。


 周囲への警戒は怠らない。

 二歩半というのは、踏み出す前に身体を反転させることを考えれば、ギリギリ反応出来る距離だ。

 少なくとも、奴に対しては、二歩半ぐらいが限度だと思っておかなければ。

 これ以上に距離を開けるのはリスクが増えるばかりだ。


──釣られてくれよ。そうじゃなければ……──


 と思った時、奴の気配が動いたのを感じた。


 やはり俺の後方の位置から、奴から近い距離に居るフィリアを狙うようだ。

 そんな風に頭で考えるよりも早く、俺の身体は反応していた。

 反転し、地を蹴って、二歩半の距離を一歩で詰めた俺は、担いでいた剣を上段から振り下ろす。


 勢いの乗った剣撃は、しかし……弾かれることなく、地面に突き刺さる。

 奴は、剣が振り下ろされる直前、軌道を変えると、そのまま何もせずに、横を通り過ぎて行ったのだ。

 躱されたと分かった瞬間、剣が地面を削る勢いを無理矢理止めて、奴の逃げた方向に剣を薙ぐが……それも虚しく空を切るだけだった。


──次からは、この行動も警戒される、か……。


 少々、気持ちが逸ってしまっただろうか。

 この攻防の結果は、俺が手札を一枚消費しただけで、得るものはなかった。


──……この際、下手な小細工など、しない方がマシか。


 元々、頭脳労働は得意じゃないんだ。

 読み合いだの何だのは、俺の分野ではない。

 身体が反応するままに剣による連撃を浴びせて、力や手数によって圧倒するのが、俺本来の戦い方なのだ。

 だからこそ、一撃離脱などという戦法を取る相手とは、基本的に相性が悪い。

 無論、俺の一撃を難なく受け流せる相手であれば、という条件付きだが……残念ながら奴は、その条件を満たしてしまっている。

 俺の力に正面から対抗も出来そうだし、やはり相性は悪いのだろう。


 これは戦いではない。奴にとっては、『狩り』なのだろう。

 獲物を仕留めるのに、真正面から正々堂々、命を懸ける必要もない。

 少しずつ力を削いでいって、疲弊したところを仕留める。

 力もあり、尚且つ、それを徹底してくる相手が、これ程に厄介だとは思っていなかった。


「ふぅ……。」


 大きく息を吐く。

 いつの間にか、額には汗が浮かんでいた。

 ポタリ、ポタリ、と空から降る魔法の雨が、身体の火照りを鎮めてくれるかのようで、少し心地良いとさえ感じる。


──……雨、か……。


 それは、『災厄の魔獣』を呼び寄せる為に、フィリアが作り出したものだ。

 奴が獣であれば、鼻が利き難くなるかもしれない、と……そんな効果を多少ながら期待したものだが。実のところ、あまり影響はないように思える。


──奴を釣るのには成功した訳だし……いっそ、雨を消して貰った方が、戦い易い……か?


 そう思って、俺はフィリアに声を掛ける。


「フィリア、悪いんだが……──」


 言いかけた時、再び奴の気配が動いた。

 俺は反射的に剣を、上空に向けて振り上げる。

 硬質なモノ同士がぶつかり合う音がしただけで、すぐに奴の気配は薄らいでいく。


──……どういう原理なんだ?……魔法でも使ってるのか?


 そうは思うが、俺には魔法に対する知識が足りていないことは、俺自身がよく分かっていた。

 どんな魔法を使っているか、その種類の特定が出来ない以上、対策らしい対策は取れない。


──足手纏いになるだろうからとグランジーを置いてきたが……こんなことになるなら、連れて来れば良かったか……。


 などと考えていると、


「……さん。……アレクさん。」


 と、俺を呼ぶ声が聞こえてきた。

 俺はチラとそちらに目を向けてから、返事を返す。


「フィリア、どうしたかな?」


「……あの。……さっき、何か言いかけて……。」


 どこか不安そうな声で言うフィリアの言葉は、尻すぼみに消えて行った。


──ああ。雨を止めて貰おうと思って、声を掛けたんだったな。


 もしかしたら、俺が「魔獣に勝てないから逃げよう」と言い出すのではないか、と不安に思ったのかもしれない。

 あるいは、フィリアを囮にして、俺だけ逃げようとしてる……と思われていても、不思議ではないのだろうな、と思う。


 そういった不安を、「雨を止めて欲しい」と言ったところで、解消出来るだろうか?

 否、それは逆に、この場を放棄して逃げる算段を付けようと思っている者が出す指示と取られるのではないだろうか?


 フィリアを不安にさせることは、こちらの隙を大きくするだけだろう。

 だから俺は敢えて、思っていたことの逆を、告げることにした。


「……フィリア。雨を強めることは出来るか?」


「……は、はい。……やってみます……!」


 一先ず、これでフィリアの不安は、一時的にであろうと解消されたはずだ。

 仮に雨足を強めることなど出来なかったとしても、『逃げずに戦う意志』を彼女に示せたのなら、問題はない。


「……我が意に従え、《変幻する水》……。」


 フィリアは空を掴むように手を伸ばし、魔法を行使する。

 ただし、『災厄の魔獣』の方も、この行動を見逃すほど呑気な性格でもないらしい。

 魔法の操作に集中し、無防備を晒すフィリアに対し、奴は四方八方を問わず、攻撃を仕掛けてきた。


 今までより攻撃の間隔が短く、魔法の完成を待つ気は更々ない、といった様子である。

 されど、その爪あるいは牙を、フィリアの下へと届かせる訳にはいかない。


 幾度目かの攻撃を黒剣で捌いた時、雨が、徐々に勢いを増した。


 ザァァ、という音と共に、次第に降り注ぐ雨の量が増えていく。

 豪雨とまではいかないが、それなりの雨量である。


 水が服に染み込み、肌に貼り付く。重さを増したことで、身体の動きは少なからず阻害される。

 更には、地面はぬかるみ、所々に水溜りを作っていく。

 悪条件での戦いになるだろうことは、容易に想像が出来た。


 だが、ハッキリと、何かは変わった。

 『災厄の魔獣』は攻撃をピタリと止め、様子見に戻ったらしいが。しかし、この場を去る気配もない。


 この雨の中でも、殺気を含んだ気配を感じ取ることが出来た。

 むしろ、気配はより強くなったような気さえする。


 俺は『災厄の魔獣』が逃げ出さなかったことに安堵しつつ、油断なく剣を中段に構える。その直後──


「……その……何で……ない…………。」


「うん?」


 フィリアが何かを言ったようだったが、雨音のせいで、上手く聞き取れなかった。

 それが伝わったのだろう、フィリアは少し声量を上げて言い直した。


「……その剣、何で、濡れて──」


 と、そこまで聞いて、俺は身体を回転させながら、剣を横に振り抜く。

 何度目かの甲高い音が、フィリアの声を途中でかき消した。


──……この剣が、何だって?


 奴の一撃をやり過ごして後、俺はフィリアの言葉の意味を考えようとする。

 取り敢えず、剣がどうとか言ってたのは聞こえていたので、自分の持つ剣に視線を向けてみる。


──……ああ、なるほど。


 フィリアの言いたかったことは分かった。

 けれど、それは今の戦闘には、関係がないことだ。

 だから答えを返すのは、戦闘が終わった後でも……──


──……いや、本当に関係ないか?


 俺は何故か、自分自身の考えに、引っ掛かりを覚えた。

 確かに、フィリアが口走ったのは、戦闘とは直接関係がなかっただろう。

 不思議な現象を目の当たりにすれば、思わず口にしてしまっても、おかしくはないのだから。


 再び俺は、手の中の剣を見る。

 その黒色の刀身は“魔力を無効化”する。

 つまり、“魔力を含んだ雨には濡れず、雨を弾くこともなかった”のである。

 剣に触れた雨は、剣に吸い込まれるが如く、消失する。


──この特性は、『災厄の魔獣』が持つものと同じだ。


 であれば、奴も当然、持っている。その特性を。


──それはつまり…………──


 思考の途中で、動き出した奴の気配に向けて身体の向きを正し、剣を振り上げる。

 剣と爪がぶつかり、その音は雨に混じって消えていく。

 同様に、影のように揺らぐ『災厄の魔獣』の輪郭も、雨に溶けるようにして消えていく。

 そしてその影の身体を、魔力の雨が“通り抜けていた”のを、俺の目がハッキリと視認した。


──ああ、やはり何か、絡繰りがあるな。


 そう考えた直後、近距離から声が上がる。


「……アレクさん、変です……!」


 言った後、何故だか慌てた様子でパタパタと手を振り始めたフィリアだったが、俺が疑問を呈すより先に、言葉を続けた。


「……あ、違っ!……あの、アレクさんが変だと言ったんじゃ、なくって……あの……!」


 そんなフィリアの言動に、戦闘中だというのに思わず笑ってしまう。


「ははは、別に変でも構わないよ。」


「……だ、だから、そうじゃなくって……!」


 俺は笑いながらも、『災厄の魔獣』の気配を探る方にも、しっかりと意識を向けることは忘れない。

 何だか、フィリアの慌てる様子を見て、良い意味で緊張が解れたのかもしれなかった。


──……そうか。誰かを守りながら戦うという状況に、少なからず緊張していたのか。


 自分で気付いていなかったとしても……否、気付いていなかったからこそ、焦る気持ちが生まれていたのかもしれない。


「ああ、ごめんごめん、冗談だよ。それで、何が変なんだい?」


「……もう!」


 フィリアは怒ったように言いながら、ブンっと勢いよく両手を振り下ろしてから、しかし自信なさげに続けた。


「…………えっと……『災厄の魔獣』が……移動してるんです……。」


「うん?そりゃ今も周りをぐるぐる移動してる気配はあるけど……。」


 俺には、そんなことは最初から分かり切っていることだ。

 しかし何故このタイミングで、それを言い出したのか……少し引っ掛かるものを感じた。

 こういう違和感というのは、無視してはいけないのだ。初めは要領を得なくとも、詳しく聞いてみるべきだ、と本能が告げていた。、


「……それは、そうなんですけど……そうじゃ、なくて。……攻撃を仕掛けて来た直後に、別の場所に、直接移動してるんです……。」


 上手く言葉に出来ない様子で、もじもじしながら言うフィリアだったが……その言い方が気になったので、詳しく聞くことにした。


「直接移動……というのは?」


「……んと、……ワープする、みたいに。」


──ワープ……瞬間移動のような現象か。


 それを聞いて、腑に落ちた。


「ああ、なるほど。」


 奴は攻撃を防がれた直後に、別の場所へと瞬間移動していた。

 『気配が霧散した』と感じたのは、それ故だったのだろう。

 そう考えれば、確かにその不可解な現象に、納得はいく。


──……だが、フィリアはどうやって、そのことに気付いた?


 気にはなったが……。


──いや、悠長に説明を聞いてる暇はないな……。


 と思い直す。


 『災厄の魔獣』の攻撃は一時的に止んでいるが、いつ再開されないとも限らない。

 聞くべきは、“もっと簡潔に”だ。


「フィリアには、『災厄の魔獣』の位置が分かるのか?」


「……はい、分かります。」


 俺の質問に、一切の躊躇なく頷くフィリアを見て、戦局が良い方向に変化し始めたらしいことを確信する。


──フィリアが奴の位置を特定出来るのなら、こちらから攻め入ることも、可能かもしれない。


 ただ、懸念がない訳でもない。


──……『ワープ』とフィリアは言ったが。……そこまで都合の良いものではないのだろうが、果たして……。


 魔法か固有能力かは不明だが、使用する条件か制限かが、何かしら存在するはずだ。

 そうでなければ、その能力をもっと便利に使っていただろう。

 そして、その能力の条件あるいは制限を明らかにしない限りは、迂闊に攻勢に出ることも、ままならない。

 だが裏を返せば、その能力の全容を把握してしまえば、戦いようはある、と言える。


──攻略の糸口を、先ずは探ってみるか。


 防戦一方だった『災厄の魔獣』との戦いに、ようやく光明が見え始めた。

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