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半魔の少女は英雄譚を望まない  作者: 水無月七海
第一章 始まりの出会い
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第20話 魔力の雨

「この辺りで良いだろう。」


 アレクさんが足を止めたのは、見覚えのある空間だった。

 焚火の跡があり、近くに倒木が横たわった、何でもないような景色。

 そこは紛れもなく、私がアレクさんに助けられ、一緒に兎肉を食べた場所だった。


「今のところ、近くに『災厄の魔獣』の気配はない。フィリアが山に入ったことに気付いてるかどうかも、分からないね。」


 などと言うアレクさんだったけど、私には『災厄の魔獣』の気配がどうとかっていうのは感じ取れないので、曖昧に頷いておくしかなかった。


 山の入口からここまで、体感で二十分程度。

 もし討伐に失敗したら、容易に山の外まで逃げられるような距離ではない。

 そう思うと、不安を感じずにはいられなかった。


 もっと山の入口近くじゃダメだったのかな……と、ついつい考えてしまう。

 けれど、討伐に成功するにしろ、失敗するにしろ、山岳都市ルミオラへの二次被害を防ぐ為には、これは必要な措置なのだ……ということも、頭では分かっている。


 街に近い場所だと、魔獣の興味がそちらに向かないとも限らない。

 魔獣を街に誘導するのは、悪質な行為と見做される。故意であってもなくても、魔獣を街に引き連れて来た時点で、咎められる行為なのである。

 当然、冒険者ギルドからもペナルティを課せられる。

 ……まぁ、ギルドからのペナルティに関しては、今考えることでもないだろうけど……。


 と、そんなことを考えながら、私はベルトポーチからナイフを取り出す。

 刀身は短めで幅も狭い。取り回しが良いので、重宝している。

 もっとも、護身用とかではない。魔導士は近付かれた時点で終わりなのだから、魔獣相手にこんなナイフ一本あったところで、何が出来る訳でもないのだ。

 このナイフは主に魔獣を解体する時や、他の細々とした事に使う用に持っている。……まぁ、今朝はパンとチーズを切るのに使ったくらいだし。

 そして今朝は、ナイフをベルトポーチにしまう前に、ちゃんと《洗浄》した記憶があるので、このまま使って問題ない。


 普段であれば念の為、使用前にも《洗浄》を使うところだけど……魔力を無駄に使って良い場面でもないだろう。

 今ナイフを取り出したのは、別に食材を切る為ではないし、魔獣を解体する為でも勿論ない。血を触媒にした魔法を使う為の準備だ。


「……あの。……どういう魔法を、使いましょうか……?」


「ふむ……。」


 私が問うと、アレクさんは、考える素振りを見せた。

 けど、あまり待たされることもなく、アレクさんは口を開いた。


「魔獣の行動を阻害するような魔法があれば嬉しいが……。」


 そう言われて、すぐに思い付いたのだけど……。


──……いや、違う。……そんなに簡単な話じゃない。


 思い付いた魔法では“条件を満たせない”、と考え直すことになった。


 確かに『行動を阻害』という条件だけなら、幾つか思い当たる。

 ただそれらは、いずれも“相手の姿が見えている状況”で使用する魔法だ。


 例えば《水の檻》は、一定の空間内に相手を閉じ込める魔法であり、逃がさないようにする為のものだ。これは魔獣を誘き寄せた後に使ってこそ効果がある。

 例えば《静寂の霧》は、一定の空間内にいる者の視界を悪くする魔法であり、広い範囲で使ってしまえば、敵味方を問わずデメリットを受けてしまう。

 そういった魔法は、この場で求められているものとは違う。


 とはいえ、考えてみても、他に相応しい魔法が思い付かないのが現状だった。

 それなら……一人で考え込んでたって、仕方がない。


「……ごめんなさい。……思い付きません。」


 私は思い切りよく、謝罪を口にした。

 自分から希望を訊いた癖に、希望通りの魔法を使うことも出来ないなんて……呆れられても当然だろうな、と思った。

 あるいは、怒られたとしても粛々と受け入れるしかない、と思っていた。


 しかし、アレクさんは少し意外そうな顔をしただけで、呆れる訳でも怒る訳でもなかった。


「フィリアはどういう魔法を使えるのかな?」


 気を遣ってくれたのだろう、世間話でもするような軽いトーンで、そんな質問をするだけだった。

 だけど、その何気ない質問に、私は罪悪感を呼び起こされる。


──……そうだ。……手の内を晒したくなくて、……私はそれすら、黙ってたんだ……。


 予め伝えていれば、アレクさんだって、もう少し具体的に魔法を指示することが出来たかもしれない。


──……私は未だに、アレクさんを警戒してたんだ……。


 そのことに気付いてしまって……それが自分の矮小な心根を現しているようで……つくづく、嫌になる。


 これまでは、アレクさんの私に対する気遣いを、どこか余所余所しいと感じる部分があった。

 けど、違ったんだ……私の方がアレクさんに対して、壁を作ってたんだ……。

 今更ながらに、そのことに気付かされる。


 私が『半魔』だから……なんてことは、実は関係なかったのかもしれない。

 出会ってから数時間ではあるけど、アレクさんが『良い人間』であることに、もう疑いは持っていない。


 ……疑ってない、のだけど……──


──……『人間を、簡単に信用するな』……『奴らの多くは残忍で狡猾だ』……。


 私の心には、そんな言葉が蘇る。

 まるで呪いのように、私の心を縛る。


 しかし……そう、“しかし”だ。

 それが『絶対ではない』ことを、私は知っている。

 私の心に呪いを残した“あの人”も、それを知っていた。


 だから私は、私が信じれる範囲で、アレクさんという人間を信じてみようと思えた。


「……私、は……水の魔法なら、使えます……。」


 短くない思考の間に、私の視線はすっかり地面を向いていて……顔を上げることも出来ずに答えた。

 アレクさんの反応を自分の目で確かめるのが、怖かったのかもしれない。

 『良い人間』だと信じたアレクさんが、信じた途端に私を裏切るかもしれない。

 そんな風に被害妄想をしてしまうくらい、『人間』を信じることへの不安感が募っていた。


 アレクさんの次の言葉を待つ時間が、とても長く感じられた。

 けれどその時間は永遠などでは決してなく……終わりは、唐突にやってきた。


「雨を降らせる……みたいなことは、出来るかな?」


 アレクさんの口調は、今までと変わらない。

 そのことに安堵しつつ、でも言ってる意味が分からなくて、私は率直な疑問をぶつける。


「……雨、ですか……?」


「ん?……ああ、別に天候を操作する、という話ではなくてね?……まぁその、高い位置から水を、雨みたいに降らせることは出来ないだろうか、っていう思い付きというだけなんだ。」


 出来ないことはない……と思う。

 空に水を浮かべて、そこから少量ずつ地上に降らせるというだけなら、恐らく可能だ。でも……──


「……それに何か、意味が……?」


 可能か不可能かは置いておいて、それをする理由が、やはりよく分からない。

 だから質問したのだけど、思えば私が期待されている『役割』は、とても単純なものだったということを、失念していた。


「単純に目立つから……かな。フィリアの魔力で作った水が降っていれば、山のどこに居ても、『災厄の魔獣』が気付いてくれるだろう……と思うよ。」


 アレクさんに、そう告げられて……私の心は急速に冷めていった。


──……そうだった。……私に期待されていたのは……ただの『囮』だった…………。


 私の魔法は、必ずしも“役に立つモノ”じゃなくても良かったんだ。


 理由を求めたのは、少しでも役に立ちたかったから……だろうか。

 意味を求めたのは、役立たずだと思われたくなかったから……だろうか。


 アレクさんの側にそんなつもりはなかったとしても、私の魔法に『囮以上の価値はない』と言われたみたいに感じて、何故だか胸の奥が締め付けられるように痛かった。


 自惚れていたのかもしれない……“必要とされた”ことに。

 でも必要とされていたのは、私ではなく、“私の魔力”なのだから。

 ただ単に私の魔力が、『災厄の魔獣』の好みだったというだけなのだから。

 冒険者になったばかりの私が、本当の意味で役に立てると思っていたのが、傲慢だったのだろう、と思う……。


「あとは、獣というのは、雨の日は嗅覚が鈍くなるそうだ。……と、そんなことを昔、グランジーが言ってたのを思い出してね。まぁ、魔獣も獣ではあるから、多少なりとも効果はあるんじゃないかな。」


 アレクさんはそんな風に続けたけど……これも私に気を遣った結果なんだろうな……。

 実際には、『効果があってもなくても同じだ』ということなのだろう。

 最初から私の使う魔法の効果には期待されていなくて。

 けど、それを否定出来ない自分がいる。

 自分でも本当はそう思っている。私の魔法が、あの『災厄の魔獣』に対抗し得るものではないと、分かっている。


──……だから、悔しくない──


「……フィリア。」


 アレクさんが、どこか神妙な声で、私の名前を呼んだ。

 思考を遮られた私は、ゆっくりと顔をそちらの方に向ける。


「おじさん、魔法には詳しくないんだ。だから……不満があるなら、言ってくれれば良いんだよ。」


 不満……と、アレクさんは言った。


──……私、そんなに不満そうな表情、してたんだろうか……。


 いやでも、俯いていたし、アレクさんから表情は見えていなかったと思う。

 では、何も言わなかったのが、不満を態度に表していると受け取られたんだろうか。……こっちの方が、ありそうだった。


 私に不満なんか言う資格はない。

 それに……言っても余計、惨めになるだけだ。


「……大丈夫です。……不満は、ないです。」


 言われたことを実行する。今この場で私に求められるのは、それだけだ。


──……考える必要、ない。……考えても、仕方……ない。


 何か言いたげな様子のアレクさんを制するように、私は感情を抑えたまま告げる。


「……準備が良ければ、魔法を使います。」


「……ああ。うん。それじゃあ、お願いするよ。」


 頷いて、右手に持ったナイフを、左手の中指に軽く刺して傷を付ける。

 一瞬、鋭い痛みが走った。

 けれど、それはどこか、他人事のような感覚だった。


 血の雫が地面に落ちる前に、左手を天に向かって伸ばす。

 空に巨大な水の皿を作るイメージをしながら、私は魔法を唱える。


「……血の祝福を受け、我が意のままに形を作れ、《変幻する水》……。」


 傷口から出た私の血が、体内の魔力と混ざり合って、空へ昇っていく。

 血を含んだ魔力は、山の木々より遥か上空──山頂より高い位置で水を形作り……その水は停滞し、湾曲する水溜りを作る。

 もし遠くから全体像を見れば『空に浮かぶ水の三日月』と呼称するのが相応しかった。もしくは、『空に浮かぶ水の大皿』か。

 まぁ呼び方などは些細なことだけれど……そんなイメージの通りに、《変幻する水》は、私の望む光景を作り出してくれた。


 血を触媒にしたお陰で、結構な量の水を作り出したというのに、魔力には未だ余裕がある。

 私は体内の魔力残量を意識しながら、アレクさんの方をチラと覗き見る。


「ほぉ……。」


 感心したように呟いて空を見上げるその姿を視認して、私はアレクさんの期待に応えられただろうことに安堵する。


──……いや、まだここからだ。……雨を降らせないと、成功とは言えない。


 むしろ、大量の水を上空に浮かべるよりも、水を“雨のように”降らせる方が、難易度は高い。


──……イメージとしては……皿の底に、小さい穴をいっぱい開ける…………かな?


 一応のイメージは出来たので、一先ず、やってみることにした。

 もし失敗しても、魔力には余裕があるのだから、別のイメージでやり直せばいい。


「……自在に動け、《変幻する水》……。」


 水の底に無数の穴を開けて、そこから水が流れ落ちれば良い。

 そんな安易な考えだったけれど……その試みでは、『雨』にはならなかった。

 水が上から下に、途切れることなく、流れ落ちているだけだ。


 失敗原因は……恐らく穴が大き過ぎたから、いけないのだろう。

 少しの水が漏れ出す程度の穴でなければ、水が常に流れ落ちてしまって、雨のようにはならない。

 開けた穴から出た水が『直接地面に落ちる』のではなく、溜まった水滴が『自らの重さによって地面に落ちる』ようにしなければいけない。

 そうして改善点を認識したら、私は《変幻する水》を再び操作して、穴の大きさを極限まで小さく調整することで、何とか『雨』の体裁を保つことが出来るに至った。


 パラパラ、と降るだけで……激しい雨ではない。

 けれど、雨のように水を降らせるという試みは、成功したのではないだろうか。


 そうして安堵の息を吐いていた私は、


「……申し訳ない、フィリア。ちょっと計算外の事態だ。」


 というアレクさんの真剣味を帯びた声を間近に聞く。


──……何か私、失敗した……!?


 慌てて視線を遣ると、アレクさんは難しい顔をして、背中の黒い剣を引き抜いているところだった。


──……も、もしかして……もう『災厄の魔獣』が、現れた……?


 私は周囲を油断なく見回してみる。

 雨を降らせたせいで、元々薄暗くて悪かった視界は、更に悪くなったような気がする。

 しかし、それでも何も読み取れない訳ではなく……暗闇から“無数の気配”が、こちらを窺っているような……──


「…………『災厄の魔獣』じゃ、ない……?」


「ああ。……どうやら、他の魔獣もフィリアの魔力に釣られてしまったみたいだ。」


 一体どれだけの魔獣が、この場にやって来てしまったのだろう。

 想像以上に、大変な事をやってしまったんじゃないだろうか……。

 勧めたのはアレクさんだし、作戦考えたのはグランジーさんなんだから、私に責任がある訳じゃない!……なんて悠長に言い訳していられる状況でもないし、現実逃避をしてる場合でもない……。


「……魔獣、全部倒すんですか……?」


「こうなった以上は仕方がない。『災厄の魔獣』が出て来る前に、他の魔獣は殲滅するしかないだろう。」


 返って来たのは予想通りというか……。今更『逃げる』なんて選択肢は、存在しないみたいだ……。

 私は頭を抱えたくなった。


「フィリア……無理のない範囲で、協力して貰えるかい?」


「…………はい……。」


 死にたくないから、やるしかない。

 私は泣きそうになるのを堪えながら──……いや、本当は泣いてたかもしれないけど──、文字通り(雨が)降って湧いた魔獣を、倒すという決意を表明する。


「……帰ったらグランジーに、文句の一つも言ってやらなきゃ、気が済まんな……。」


「……同じく、です……。」


 ある意味、これが初めて、私とアレクさんの気持ちが一つになった瞬間だったのかもしれない。

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