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半魔の少女は英雄譚を望まない  作者: 水無月七海
第一章 始まりの出会い
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第1話 半魔

 十年前、世界に平和が訪れた。


 平和とは何か?

 魔族と人間との、戦争の終結だ。


 戦争は、人間の『英雄』が、魔族の王を倒すことによって終わった……と言われている。

 魔族達は王を失い、以後、人間と争うことを禁止された。

 人間達は、敗北した魔族達を、少なからず労働力として扱うようになった。


 平和とは何か?

 魔族と人間が、争うことなく生きられる世の中だ。


 それは人間にとって“都合の良い平和”でしかない。

 でも、それをどうにか出来るだけの力は、私にはない。


 世界は平和になった。確かにその通りなのだろう。

 おおよその人間にとっては、望むべき結末だったのだろう。

 人間達の多くは戦争が終わったことで、平穏を手にしたんだろう、と思う。


 私の世界には、平穏は訪れなかった。


 この世界は、私に優しくはなかった。


 十年前、戦争が終わった。

 それはつまり、私の両親がいなくなってから、それだけの時間が過ぎ去ったということだった。






「──はい、依頼の達成を確認しました。こちらは今回の報酬です。」


「……ありがとうございます。」


 差し出された数枚の銅貨を握りしめると、私は受付カウンターの前から素早く離れた。

 出入口に向かって歩きながら、腰に着けたベルトポーチから小袋を取り出して、握りしめていた銅貨を、その中に落とす。


──……今日は、あんまり稼げなかったな……。


 時間は既に夕刻なので、今日はもう、これ以上の依頼は受けられない。

 歩を進めながら、チラ、と横目で見ると、併設された食堂のテーブルを囲んで、騒がしく料理と酒を楽しむ人間達の姿が目に映った。


 ぐぅ、とお腹の鳴る音がした。


──……私も、ご飯食べよう……。


 出入口まで辿り着き、開けっ放しのドアを通り過ぎて、軽く後ろを振り返る。

 私が出て来たのは、『冒険者ギルド』と、でかでかと書かれた看板がドアの真上に取り付けられた、木造の大きな建物だ。


 この冒険者ギルドでは、冒険者として登録した者が、貼り出された依頼を受けて、依頼を達成すれば金銭を貰える。

 登録の際に身分や出自は問われない。実力の有無だけを指標とされる世界。

 危険が常に付き纏うけれども、今の私には都合の良い世界だった。


──……明日も頑張ろう……。


 自分に言い聞かせて、それからは振り返らず、商店通りを目指して歩くことにした。






 商店通りにある屋台で串焼きを二本買ってからは、真っ直ぐ宿屋に向かって歩いた。

 歩いている間に、ほとんど陽は沈みかけていた。


 薄暗い路地を通り抜けて宿に着くと、受付にいる女性に、部屋番号の書かれたプレートを見せて、ルームキーと交換してから二階に上がる。

 私が借りているのは25番部屋なので、二階の階段から向かって五番目の部屋だ。

 ドアの前に立ち、ルームキーを差し込んで、部屋に入る。

 ベッドがあるだけの、寝る為だけの簡素な部屋。

 稼ぎの少ない冒険者や行商人などが利用する、言ってしまえば、まぁ……安宿だった。


 ベッドも、決して粗末ではないけど、寝心地が良い訳でもない。

 地面で寝るのに比べれば遥かにマシなので、贅沢は言わない。


 そのうち、もっと良い宿屋で寝れるようになりたい……とは思うけど。それは後々の目標として。

 この安宿も、値段相応ではあるので、不満はない。本当だ。


 部屋に入ったら、すかさず内側から鍵を閉めて、着ていたローブを備え付けのハンガーに引っ掛けて、ホッと一息吐く。

 そうしてからベッドに腰かけて(部屋には椅子やテーブルがないから、しょうがない)、私はベルトポーチに手を入れる。

 中から、屋台で買った串焼きを一本取り出して、半透明のシートを剥がした後、口に運ぶ。


 熱された強烈なスパイスの香りと共に、兎肉の独特の風味が、口いっぱいに広がる。


──……ん、いつもの味。……美味しい。


 表面にスパイスを振って焼いてあるので、兎の獣臭さは、ほとんど感じられない。

 スパイスを纏った兎肉は、刺激たっぷりで、それに、ブロック状にカットした肉なので、食べ応えもある。


 先端の兎肉を食べ終えると、次は円柱状にカットされた一口サイズのネイギが待ち受けている。

 表面に焼き色が付いていて、食べるとシャキッとしてトロッとして美味しい野菜だ。

 こうしてネイギを挟むことで、ネイギの清涼感で口の中がリセットされて、次の兎肉を新たな気持ちで迎えられるのが嬉しい。

 肉だけの串焼きよりも、ネイギが間に挟まれた串焼きの方が、私は好きだ。


 兎肉、ネイギ、兎肉、ネイギ、兎肉……と、私は上から順に串焼きを堪能していく。

 このボリュームで一本あたり銅貨二枚なのだから、あの屋台の串焼きは、物凄いお得感がある。


 それでは、二本目の串に……行く前に、先にベルトポーチから、水の入った白い筒のような容器を取り出す。この筒の中身は水である。

 兎肉とネイギの串焼きは美味しいのだけれど、串に刺さっている最初と最後が兎肉だから、このまま続けて二本目を食べてしまっては、兎肉が続いてしまう……。

 そのちょっとした不満点を解消すべく、一本目と二本目の間に水を飲むことで、一度完全に口の中の脂を洗い流す。

 そうすることで、二本目の串焼きも、新たな気持ちで食べ始めることが出来る。


 白筒の水を飲んでから、兎肉を食べて、ネイギを食べて、また兎肉を食べて、ネイギを食べる。

 最後の兎肉の味を存分に噛みしめたら、水で喉を潤して今日の食事は終わりだ。


「……今日も、美味しかったです。」


 串焼き屋台の店主さんへの感謝の気持ちを言葉にして、私の一日は終わる。

 ……終わると言っても、まだ寝るには早い時間だし、寝る前にやることもあるんだけど。


 先ずは、水を入れていた筒状の容器に、水を補充しないといけない。

 私は空になった容器に、人差し指を向ける。


「……《清き水》よ。」


 そう唱えると、私の人差し指の辺りが青く光って、容器の中に水がチョロチョロと流れ落ちていく。

 容器に水が満ちるのを待ってから、魔力を放出するのを止めて、軽く息を吐く。


──……魔法の練習も、しないと……。


 私はまだ、ちゃんと意識していないと、魔力を一点に集められない。

 意識しなくても、身体のどの部分にでも魔力を集められるようになってからが、一人前の魔導士と言えるのだ。


 別に私は冒険者として上を目指したい訳じゃない。

 もう少し収入が増えれば良いな、とは思うけど、冒険者としては、それ以上の向上心もない。

 冒険者が嫌な訳じゃないけど……私には、冒険者になる他に、選択肢がなかっただけ。


 私は、無意識に自分の頭に手で触れる。


 ……否、正確には、“頭から生えている獣の耳”に、手を当てていた。


──……『半魔』の私に、冒険者以外の選択肢なんて、ないんだから……。

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