第16話 A:フィリア
──……この街に来たのは、何年ぶりだったか。
正門前の人の列に並びながら、俺はそんなことを考える。
冒険者ギルド・ルミオラ支部の現ギルドマスター──グランジー・シルヴァ・エイスニードとは知り合いであるし、一方的な連絡は時々寄越されるが、この十年で街に足を運んだのは精々二回か三回だった気がする。
来訪時はそれこそ、グランジーと会う目的ばかりだったので、用が終われば街に届まる理由もなく、街中を見て回った記憶もない。
特に、誰かと連れ立って街に入るなど、この十年ではあり得ないことだった。
そんな俺の眼前には今、『半魔』の少女──フィリアが立っている。
山の中で『災厄の魔獣』に襲われたところを助けて、一緒に下山して来ただけの関係性ではあるが、俺にしてみれば誰かと行動を共にすること自体、珍しい事だと言えた。
ただしフィリアは内向的な性格らしく、あまり会話の弾む相手ではない。
それで息が詰まることなどは勿論ないのだが、俺自身も他人とのコミュニケーションは得意な方ではないので、意識的に話題を振らなければ、無言の時間というのが度々発生してしまう。
検問待ちの列に並ぶ5分程度の間にも、それは同様であった。
──……フィリアの方も、気まずいと思っていなければ良いんだがなぁ……。
ただ、それは俺の願望に過ぎないのであろう、とも思っていた。
フィリアにとって俺は、命の恩人ではあれど、同時に“『半魔』という秘密を知られてしまった相手”ということになるのだから。
少なくとも、良好な関係を築けるかどうかに関して、俺に自信などあろうはずもなかった。
だがまぁ俺もいい歳をした大人ではあるので、なるべく彼女と良好な関係を築く為の努力は、俺の方から積極的にしなくてはならないだろう、と思うのも確かだった。
そうして決意を新たにしていると、フィリアの姿が、目の前から無くなっていた。
別に目の前から突然消え去った訳ではなく、単に検問の順番が回ってきたというだけだ。
フィリアは冒険者証を見せるだけで素通りしたはずだが、俺の場合は、そうはいかない。
しかし、いつものことなので、俺も対応はすっかり慣れてしまっている。
「お前が、商人……だと?」
俺が商人の登録証を提示すると、門衛からは胡散臭い者を見る目を向けられる。
まぁ自分の姿を客観的に見れば、商人などには到底見えないのも自覚しているが。このように、どこの街に入る際にも不審がられてしまうのは、毎度の事とはいえ少々面倒に感じるところだ。
「空間拡張の付与されたバッグを所持しているので、商品は全部その中に入れてある。」
言い慣れたセリフを口にしながら、自分でも滑稽であるとは思う。
──……空間バッグの中までひっくり返して中身を確認する法は、この国にはないからな。
いくら胡散臭かろうと、門衛もそう言われれば、黙るしかないのだ。
「……通って良いぞ。ただし、くれぐれも問題は起こすなよ。」
「ああ。ご心配どうも。」
そうして無事に入場を許可され、俺は久々の山岳都市ルミオラに足を踏み入れた。
門を通り抜けた先にはフィリアが待ってくれていたので、待たせてしまった謝罪を告げてから、冒険者ギルドへ付いて来て貰う承諾を得た。
「でもその前に、君の装備をどうにかしようか……。」
フィリアの『半魔』の象徴である異形の部位──頭から生えた獣の耳を隠す為に、どこかのダンジョンで手に入れたハズレ装備のトンガリ帽子を貸していたが、魔力欠乏が心配なのである。
──……山の麓から街まで、魔力欠乏にならなかったのは、ただの幸運だったのだろうしな。
だが、俺の提案に、フィリアは中々頷かなかった。
否、最終的には頷いたが、奇妙な間が空いていたのが気になった。
返事を急かす訳にもいかず、ただ見守ることしか出来なかったが、「……はい。」と頷きを返してくれるまでに、一体何を考えていたのだろうか。
年頃の少女の気持ちなどは、独り身のおっさんには、理解の仕様もないのかもしれなかった。
買い物は最初、冒険者用の防具店に入ったが、フィリアが気に入る物がなかったようで、すぐに店を出ることになった。
そんな彼女は防具屋を出てから何軒かの店を素通りして、とある店の前で足を止めた。
「うん?冒険者向けの防具店ではないみたいだけど……?」
疑問を呈すと、フィリアは「……ここで大丈夫です。」と告げて、店内へと入って行こうとする。
こんな場所で冒険者用の装備など売ってるのだろうか?……と疑問に感じながらも、置いて行かれないように後に続こうとすると、フィリアは慌てた様子で振り向いて、俺に店外で待つようにと強く言い放った。
フィリアがこれほど大きな声を出すのは、出会ってから数時間で初めてのことだったので、ちょっと面食らってしまったが。フィリアの選んだ店に入って行く客層を見ると、まぁ……焦って止めた理由には察しが付いた。
それから向かいの店舗の壁にもたれてフィリアが出て来るのを待ったが、それほど長い時間待たされることなく、店の外に出て来てくれた。
女性の買い物は長い、と小耳に挟んだことがあるので、どれだけ待たされるか心配だったのだが、杞憂だったようでホッとした。
ただやはり……フィリアは黒くて藍色のリボンが付いた帽子を新しく買ったようだが、それはどう見ても冒険者用の装備ではなかった。
──……急場を凌ぐだけなら、確かに冒険者用の装備でなくても構わないか。
そんな感想を抱いたが、口に出すことはなかった。
フィリアからの謝罪や感謝の言葉に対して無難に返事を返し、トンガリ帽子も返して貰い終わると、俺は「さて……。」と、一呼吸置いてから続ける。
「それでは冒険者ギルドに行こう。実を言うと、あまり悠長にしている暇もないんだ。」
言い終わると、俺は冒険者ギルドのある方角に身体を向けた。
買い物に大した時間はかからなかったが、この案件はなるべく早くギルド……というかグランジーに報告したかったのだ。
冒険者ギルドに向かう道中、フィリアは俺の冒険者ランクについて質問をした。
俺はもう冒険者を引退した身であるし、そんな情報は余計だろうと思ったので、少し心苦しくはあったが、はぐらかしておいた。
そして、そんな会話にかまけていると、冒険者ギルドの建物が見えてきてしまった。
早く到着したいのはその通りであったが、俺からも、先にフィリアに話を通しておかなければいけないことがあったのだ。
「いやぁ、ギルドに来るのも、随分久々に思えるなぁ。」
と、あまり深刻な空気にならないように、俺はなるべくおどけた口調で独り言を発する。
そうしておいてから、ギルドに到着するまでの短い間に本題を終えるべく、早速とばかりにフィリアに頼み事をお願いすることにした。
「フィリア。悪いけど、ちょっと頼まれてくれるかな?」
助けた恩もあって、ちょっとしたお願いなら断れないだろうという打算もあったとはいえ、フィリアは大して迷う素振りも見せずに頷いた。
ただその顔は俯いているようだったので、もしかすると冒険者ランクを教えなかったことが、意外と尾を引いているのかもしれないと思い、反省した。
……まぁ反省はしても、後悔する程ではない。
というより、俺にとっても軽々しく教える訳にはいかない情報であるので、そこは変に謝罪したりはせず、話題としても触れず、諦めて貰う方が都合が良かった。
なので、フィリアの様子は少し気になりつつも、早速本題に入らせて貰うことにした。
「頼み事と言っても、別に難しい話じゃないよ。受付でギルドマスターへの面会を申し込んで欲しいんだ。」
「……私が、ですか?」
フィリアの返事は、少し戸惑っているようだった。
「冒険者でもないおじさんが申し込むより、冒険者のフィリアが申し込んでくれた方が、スムーズに行くと思うんだよ。」
俺はそれらしい理由を告げてみる。
これは完全に建前……という訳でもないんだが、フィリアを同席させたいが為に、フィリアに面会申請をして貰いたいという思惑があったのだ。
「ただ、ここのギルドマスターは緊急時以外は、面会を受け入れてくれなくてね。だから受付の際には、『災厄の魔獣』……と、ギルドマスターに伝えて貰うように言ってくれるかな?」
面会申請は、俺の名前を告げても叶うことだろう。
だが、敢えて『災厄の魔獣』と言ったのは、この子の反応を見たかったからだ。
「……分かりました。」
フィリアは、『災厄の魔獣』という単語に全く反応することもなく、驚くほど簡単に頷いてくれた。
俺としては願ったり叶ったりの結果ではあるのだが……“お願い”を簡単に受け入れ過ぎていて、誰かに騙されやしないかと、少々心配になるぐらいであった。




