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半魔の少女は英雄譚を望まない  作者: 水無月七海
第一章 始まりの出会い
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第14話 問答

 山の中で襲われたあの時……突然現れた黒い魔獣──『災厄の魔獣』は、私を見ていた。

 それを口に出した後も、身体の震えは、簡単には止まってくれなかった。


 アレクさんとグランジーさんは、私が落ち着くまで待ってくれた。

 暫くすると震えは治まったけど、いきなり殺されそうになった恐怖が消える訳はない。

 街の中に居れば魔獣が襲ってくることはない、と……一時的に自分に言い聞かせていただけだ。

 そうして私が心を落ち着かせて、身体の震えを止めたのを見計らって、グランジーさんは私に質問を投げかける。


「お前さん、自分が『災厄の魔獣』に襲われた理由に心当たりは?」


 私は……少し迷った末に、首を横に振る。


 『半魔』だから襲われた……なんてことは、あるかもしれない。けど、自分からそれを口に出す勇気はなかった。

 もし必要だと思えば、否応なくアレクさんの口から暴露されるだろう。

 そう思ってアレクさんをチラと窺ったけれど、無言のまま瞼を閉じて、腕を組んでいるばかりだった。


 少しの静寂の後、グランジーさんは、「ふむ……まあ良かろう。」と口にした。

 もしかすると、何か隠していると見抜かれてしまったのかもしれない。

 ただ、追及されたりはしなかった。


 それから再び場に沈黙が訪れるかと思った矢先、アレクさんが全く同じ質問をグランジーさんへ返した。


「逆に聞くが、アンタの方には、襲われる理由に心当たりはないのか?」


 『半魔』の件を伝えるか否か判断材料にする為だろうか。アレクさんの訊き方は、どこかグランジーさんの出方を探るようにも思えた。

 ……まぁ、この辺りは私の主観なので、本当のところは分からない。

 実際、グランジーさんは気にした風もなく言葉を返したので、やっぱり私の思い込みだった可能性はある。


「それを語るには、些か時間を貰わねばならんじゃろう。」


 と、グランジーさんが口にしたセリフは、直接の返事にはなっていなかったけど、これから説明する為の前置きなのだろう。

 こちらの反応を待つ訳でもなく話を続けたのは、やはり変な人だと言わざるを得なかったけど……。


「先ず、忘れてはいかんのは、『災厄の魔獣』も歴とした“魔獣である”ということじゃな。」


 それは当然なんじゃ……とは思ったけど、そもそも私が『災厄の魔獣』について知識がないから、そんな感想になるのかもしれない。

 なので余計な口を挟まずに、グランジーさんの次の言葉を待った。


「魔獣が何故、魔獣と呼ばれるか……それは魔獣が、魔力を持っているからに他ならん。そして何故、魔獣が人や魔族を襲うのかと言えば……同じく、魔力を持った生物だからである、というのが定説じゃ。魔獣はただの獣を襲うことはない。理由は、奴らが魔力のみを糧として、その身の機能を保っておるからじゃ。」


 私は話すのが苦手だから、これだけスラスラと言葉が出てくるグランジーさんのことは、素直にすごいと思う。きっと頭の回転が早いんだろう。


「魔獣という存在が魔力を求める性質上、より上等な魔力に惹かれるというのは、自然の摂理である。それは『災厄の魔獣』であっても同様じゃろう。……つまり、そういうことじゃ。」


 ただ何と言うか、回りくどかったり難しい言い回しが多いせいで、あまり私の頭には入って来なかった。


「話が長いが……要は、フィリアは魔力量が多いから狙われた、と?」


「まあ、結論はそうじゃな。」


 アレクさんが要約してくれたお陰で、グランジーさんの言いたいことは、私にも分かった。

 でも……と、私の中には疑問が生じる。


「……あの……私、魔力量……多いんでしょう、か……?」


 自分では全くそんな気がしない。

 というより、基本的に冒険者活動はソロなので、他の人間と比べられる場面なんて、今までなかった……というのも、あるのだけど。

 何だか腑に落ちない話だな、と思ってしまったのだ。


「魔力量なんてものは目には見えん訳じゃし、正確なことは言えんが……ううむ。」


 私の疑問を受けて、グランジーさんは、難しい顔で考え込んでしまった。

 ……まぁ確かに、ついさっき顔を合わせたばかりのグランジーさんにも、出会って数時間しか経っていないアレクさんにも、私の魔力量が多いかどうかなんて、分かるはずがない……。

 考えなしに変なことを聞いてしまって、申し訳なくなってしまう。

 しかし驚いたことに、私が質問の取り下げを口にするよりも、グランジーさんが次の言葉を発する方が早かった。


「そうじゃのう。お前さん、狩りではどの等級の魔法を、どれだけ使用しておる?……ああ、無論マジックポーションを飲まない前提での話じゃぞ。」


 なるほど、と思った。それが分かれば、大体の魔力量は、想像が付くのかもしれない。

 そして、計算する為だろうか、いつの間にかグランジーさんの左手には羽ペンが握られていて、メモを取る構えのようだ。

 グランジーさんのそんな姿を視界に収めた後、私はこれまでの魔獣討伐の時のことを思い浮かべながら、ゆっくりと考え考え答えていく。


「……えぇと……初級魔法が、……一、二、三…………あ、十回くらい?…………です、ね……。」


 答え終わると、グランジーさんは紙束にペンを走らせてから、また質問をする。


「それで、魔力はどの程度残るんじゃ?」


「……三割くらい……だと、思います……。」


 体感だから細かくは分からないけど……と、心の中で付け足しておく。

 大きく外れていたりはしないだろう。少なくとも、十回使ったら半分は確実に残らない。


「ふむ……となると、初級魔法で十四か十五回程度が総魔力量になるが……それだと別段、魔力量が多いとも言えんじゃろうなあ。」


 グランジーさんの結論には、私も同意を示す為に頷いておく。

 それから少しの間も置かずに、グランジーさんは続けた。


「量ではなく、魔力の質という線もあるが……それこそ嬢ちゃんの魔力が単に『災厄の魔獣』好みだった、という話かもしれんしのう。その場合、個体差の可能性もある。検証なども不可能じゃろう。」


 『魔獣好みの魔力』だなんて言われても、嬉しいはずがない。でも、それはもう、運が悪かったんだと諦めるしかない。

 取り敢えず、魔力に関する云々は、これ以上話しても進展はないだろう。

 そうと見て、私は二つ目の疑問をぶつけてみることにした。


「……『災厄の魔獣』は、何で……今日になって、私を襲ったんでしょうか……?」


 仮に私の魔力が魔獣好みだったとして。百歩譲ってそれを受け入れたとして。けどそれなら、もっと早い段階で襲われていてもおかしくはなかったはずだ。

 私が山岳都市ルミオラに来て冒険者になったのは、数週間前の話。

 好みだと言うなら、昨日より以前に襲われなかった理由が分からない。

 ……そう思っていたのだけど、しかし意外にも、この疑問はあっさりと解消されてしまう。


「お前さん、昨日か一昨日、山の中で血を流したりはせんかったか?」


 グランジーさんに訊かれて、私はすぐに思い当たった。


「……昨日、魔獣を討伐する時に。……魔法の触媒として、血を使いました。」


 昨日は複数の魔獣グループと不意に遭遇してしまって、一気に処理しようとして血を用いた。

 その際に、突然の遭遇だったせいで、ちょっと焦ってやり過ぎてしまって、討伐証明やら魔石やらが失われてしまったのは、苦い思い出である。

 ……まぁでもそれは、この場での話には関係ないので黙っておく。私が『昨日、血を使った』ことさえ分かれば良いのだから、自ら恥を晒す必要もないのだ。

 グランジーさんも「何故?」と問うたりはせず、事実確認が取れれば満足だったようで、話しの先を続けた。


「それ以前に、血を使ったことは、なかったのじゃろう?」


「……はい。」


 半ば確信を持った問いかけに、私は頷いて答える。

 実際、この街に来てから、血を触媒に魔法を使ったのは、昨日が初めてだった。

 そんな問答の後、グランジーさんは今度こそ、確信を持って言い切る。


「原因はそれじゃな。血というのは魔力の塊に近いものじゃ。血を触媒にしたことで、『災厄の魔獣』は、お前さんの存在に気付いたんじゃろうて。」


 会話の流れから想像が付いたとはいえ、ハッキリ事実として突き付けられ、私は自分の行いを反省することになった。


──……そっか。……迂闊だったな。……それじゃあ、自分から危険を呼び込んだのと、同じだ……。


 しかし、ゆっくり反省してる暇もなく、グランジーさんの指摘は続けられて……結果、私に更なる反省を促すことになった。


「……そういったリスクがある為に、魔導士の中でも血を扱う人間は、数える程しか居らんはずなのじゃが……。ましてや、独学で血を触媒にしようなどという発想が出ること自体、稀じゃしのう。」


 ……二重の意味で、迂闊だったのだ……。

 グランジーさんの目は、私の反応を窺うように、ジッとこちらを見ていた。

 私はきっと、目を泳がせてしまっていただろうと思う。

 そんな私の反応が、グランジーさんに不審感を与えたのだろう。その口から、一つの疑問が放たれた。


「お前さんは魔族か?」


 人間の姿に化けて、人間社会に溶け込む魔族もいるらしい……という噂を、私は聞いたことがある。

 それが真実か否かは置いておくとして、そういった魔族が存在する可能性によって、疑問が口を衝いたのだろう。


「……いえ。」


 私は短く、それだけを答えた。

 その返事を、グランジーさんがどう受け取ったかは分からない。


「まあ仮にお前さんが魔族だったとして、別にどうもせんがな。魔族の冒険者なんぞも、それなりにるんじゃから、今更じゃしのう。」


 少なくとも私を咎めるような口調ではなかったのは確かだ。


 魔族の冒険者というのは、戦争が終わって十年も経った今であれば、正しくそれなりの数が居るんだろう。

 だから最早、冒険者ギルドにとって魔族は忌避するような存在でもなくなってるのかもしれないけど、私のような『半魔』は今でも、どのような扱いを受けるか分からない。

 もしかしたら、グランジーさんは、私が『半魔』だと言っても、態度を変えないかもしれない。……元々、変な人な訳だし。

 でも、もしそうだとしても、やっぱり自分から正体を明かすのは怖い。


「お前さんが魔族であろうとなかろうと、『災厄の魔獣』──とりわけあの個体が、お前さんの魔力に惹かれたらしいことだけが重要なんじゃ。」


 言われて、私は無意識の内に俯ていた顔を上げる。

 『災厄の魔獣』が私を襲ったのが、もし私が『半魔』だという理由だったなら……もしかして私以外の『半魔』の人も、襲われてしまうんじゃ……と、そこまで思い至って、しかし……──


「あの個体を倒すには、お前さんを囮にするのが手っ取り早いじゃろうな。」


 グランジーさんの一言によって、私の思考は停止した。


 ……それから先の話は、覚えていない。

 気付いた頃には、私はアレクさんと一緒に、『災厄の魔獣』の討伐に出向くことが決まっていた…………らしい。

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