第13話 『災厄の魔獣』の話
冒険者ギルドのギルドマスター──変わり者のお爺さんであるグランジーさんは、暫くの間、顎に手をやりながら真剣な表情で独り言を唱えていた。
しかし、ある時ピタッと静止すると、一度大きく息を吐き出してから、ガタッと椅子を鳴らして立ち上がる。
その勢いに驚いて、私はまたビクッと身体が震えたけど……今度は後ろに倒れることなく、耐え切った!
「おいアレク、モノはあるのか?」
グランジーさんは立ち上がるとすぐに、また話の繋がりが全く見えない質問を、アレクさんに飛ばした。
ただ、アレクさんの方は、何を問われてるかの見当が付いたらしく、「いや、まだだ。」と、慌てることなく答えを返していた。
「ふむ……そうなると、必要じゃな?」
「ああ。頼む。」
何の確認だかさっぱり分からず、私を半ば置いてけぼりの状態にしたまま、二人の会話は進んでいく。
付き合いが長いから、かもしれないけど、これで会話が成立してるのは、素直に驚きである。
そんな風に、呆気に取られながらグランジーさんを見ていると、何故だか部屋の入口に向かって行って、そのまま外に出て行ってしまった。
……どういうことだろう?……さっぱり分からなかった。
「……えーと……解散、ですか……?」
急に部屋を出て行ったグランジーさんに困惑しながら、私はアレクさんに尋ねてみる。
「あー……いや、すぐに戻って来ると思うよ。」
苦笑しながらアレクさんは答えてくれた。
やっと解放されたと思ったのに、現実はそう甘くなかったらしい。
──……というか、今更だけど……この場に私が居る必要、あるのかなぁ……?
何かもう既に、グランジーさんが私に聞きたいことは質問し終わったんじゃないか……という気もするし。
……などと考えていたのは、完全に見通しが甘かったのだけど。
そもそも、この時点では未だ、自分がこの場に呼ばれた理由が分かっていなかったのだ。
だからこそ、私だけ帰っても問題ないんじゃないかな、という気分にもなっていた。
けど、それを口に出す前に、グランジーさんが扉から戻って来たので、言い出す機会は失われた。
仮に言ってたとしても、確実に引き止められてたのだろうけど……。
「待たせたな。では、対策会議じゃ。」
そして戻って早々、また訳の分からないことを言い出したグランジーさんだった。
──……この人、お爺さんだけど、ボケてる訳ではないん……だよね……?
アレクさんには通じてるみたいだし、単に言葉足らずなだけ……だと思う、きっと。
心の中で、そんなちょっと失礼なことを考えていたのだけど、見ればどうやらグランジーさんは書く物を取りに行っていたみたいで、紙束を揃えて机の上に置くと、左手で羽ペンを握ってから、改めて口を開いた。
「先ず……そうじゃな。そっちの嬢ちゃんにも分かるように、順を追って説明するとしようか。」
実は案外、良い人なのかもしれない。……変な人という印象は変わらないけど。
「嬢ちゃんは『災厄の魔獣』に遭遇したとのことじゃったが……山に『災厄の魔獣』が存在していたこと自体は、既に把握しておった。」
そんな前置きをしてから、グランジーさんは本腰を入れて説明を始めた。
「『災厄の魔獣』を確認したのは一月ほど前じゃ。この支部の2級冒険者パーティー『栄光の牙』が、“黒い魔獣”を発見したとの報告を寄越した。山岳都市ルミオラは聖王国内では、どちらかと言うと辺境区域に該当する街なのでな、1級冒険者というのは、残念ながら居らん。なので別の街から1級冒険者を借りようと思っていたのじゃが、予算の都合で厳しいらしくてな……。そこでアレクに連絡を取って、『災厄の魔獣』の討伐を任せたのじゃ。」
なるほどと思いながら説明を聞いていたけど、最後のところだけ、少し気になった。
話の流れ的に、2級のパーティーよりアレクさん一人の方が強い……って意味に聞こえる。
それとも、また何か微妙に説明が足りなくて、私が理解出来てないだけなのかな?
……そんなことを考えている間にも、グランジーさんの説明は続いていた。
「『栄光の牙』が『災厄の魔獣』を発見したのは、山頂に近いエリアだったそうじゃ。アレクが到着するまでの、この一月ほど、『栄光の牙』に指名依頼を出して『災厄の魔獣』の動向を報告させていたのじゃが、昨日までは『災厄の魔獣』は元々縄張りにしていたエリアから動くことはなかった、との報告が来ている。今日の分の報告は未だ受け取ってはいなかったのじゃが……低級の狩場まで出張って来たとすると、『災厄の魔獣』は『栄光の牙』の追跡を振り切ったと考えるべきじゃろうな。」
聞いていて、何で今日になって黒い魔獣──『災厄の魔獣』は、いきなり縄張りを離れたんだろう?……という疑問が湧いてくる。
グランジーさんも同様の疑問は持っていたようで、「あくまで推論じゃが……。」と前置きをしてから、自らの考えを披露してくれた。
「アレクがやって来たその日に『災厄の魔獣』が動きを見せたということは、『災厄の魔獣』はアレクの存在に反応した可能性が高いのではないか……と、ワシは考えておる。」
その推論を聞きながら、私は考える。
──……それだと、アレクさんと『災厄の魔獣』の直線上に私がいたから、たまたま襲われただけ……っていうことに、なるのかな。
……と、そこまで考えて、重大な事実に気付いてしまう……。
──…………あ、あれ?……それってつまり、アレクさんが山に入らなかったら……私は襲われて、なかっ……た……?
……い、いやいや、グランジーさんの言うことが、正しいとは限らないんだから!……そうと決め付けるのは、早計に過ぎるというものだ、うん。
それに、何というか、襲われたのはあまり偶然という気はしない。
実際に襲われた時の恐怖が上乗せされて、勝手にそう思い込んでるだけかもしれないけど……。
……と、そんな風に考える私と同じ思いを抱いたかは定かではないけれど、アレクさんが口に出して異を唱えた。
「それは、ちょっと違うと思う。」
「ほう……どうしてそう思う?」
異論を挟まれたことに対して、グランジーさんがムキになってる様子はない。
むしろ、これからアレクさんが話す推察が、どういったものになるのかと、興味深そうに聞こうとしているように見えた。
聞き入る姿勢を取りつつ、ついでに紙束に羽ペンを走らせて、アレクさんの言葉を紙に書き留めるつもりらしい。
そうしてグランジーさんに促されるまま、アレクさんは自らの意見を述べた。
「今までの『災厄の魔獣』とは、縄張り付近で対峙したことは何度かあるが、縄張りから遠く離れた場所で出迎えを受けたことはない。奴がそういう特殊な個体だった可能性は、勿論あるが……──」
そこでアレクさんは、勿体ぶるように、一呼吸を置いてから、続けた。
「──……奴は最初、俺の存在を認識していなかった。」
それを聞いて、私は頭を殴られたような衝撃を受ける。
──……そうだ。……私、……魔獣と“目が合った”…………。
思い出した。……思い出してしまった。
死にかけた瞬間──スローモーションになった世界の中で、私は黒い魔獣と目が合った。
そうであるからこそ私は、自分があの魔獣に狙われていたことを悟ったはずだ。
その後、すぐに気を失ってしまったから、記憶が曖昧になっていたけど……今ハッキリと思い出した。
あるいは記憶が朧げになっていたのは、防衛本能が働いた結果だったのかもしれない。
黒い魔獣の、私のことを餌としてしか認識していない瞳を、思い出したことで、身体が小刻みに震え出す。
「「…………!」」
私の異変に気付いたらしい二人が、ほとんど同時に何かを言った。
うまく聞き取れなかったけど、私を心配してくれているらしいことだけは分かった。
なので、これ以上の心配をかけないように、
「……何でもな──」
言おうとして、しかし、口に出しかけた言葉を止める。
──……「何でもない」で済ませられる訳ない。…………ちゃんと、言わなきゃいけない。
……認めるのは怖い。
けれど、その恐怖をねじ伏せてでも、言葉にしなければいけない。
この恐怖に打ち勝たないと、私はこの先、もう冒険者を続けられない……何となくだけど、そんな確信があった。
だから私は、震える身体を必死に押さえ付けながら、それを口に出す。
「……あの魔獣は…………私を、見て、ました……。」




