第10話 ギルドへの道行き
「……ごめんなさい、お待たせしました……!」
中古服のお店から外に出て、アレクさんに駆け寄っての私の第一声は、これだった。
「ん、ああ、いや。全然待ってないから、気にしないで。」
対してアレクさんは、優しげに答えてくれた。
怒ってないみたいで良かった。……というより、むしろ何だか、ホッとしてるようにも見えた。……気のせいかな?
兎も角、お待たせした時間の長さは許容範囲内で済んだようで、私も一安心する。
それから、「……あの、これ。」と両手で大事に抱えていた帽子をアレクさんに差し出して、
「……ありがとうございました。」
ちゃんと感謝の言葉も口に出しておく。
「どういたしまして。」
帽子を受け取ると、アレクさんは肩からかけている袋にそのまま収納する。
そうして両手を自由にしてから、「さて……。」と一呼吸置くと、アレクさんは言葉を続けた。
「では冒険者ギルドに行こう。実を言うと、あまり悠長にしている暇もないんだ。」
優しそうな雰囲気は一変して、真面目な口調で語られた。
言うが早いか、アレクさんは冒険者ギルドがある大通りの方角へ向き直る。
私もそれに倣うように、慌てて身体の向きを変えた。
「……あ、案内します……。」
「うん。よろしくお願いするよ。」
短い会話を交わして、横並びで歩き始めたのだけど……でも何でだろう、ちょっと違和感があった。
商店通りを引き返して、大通りへと合流し、冒険者ギルドに向かう道すがら、私はずっと気になっていたことを質問してみることにした。
「……あの。……アレクさんは、ランクは、いくつなんですか?」
質問内容が唐突だった為だろうか、アレクさんは一瞬考えるように「……ランク?」と口に出してから、
「ああ、冒険者ランクのことかな?」
と聞き返した。
「…はい。」
私は肯定したけど、ランクって冒険者ランク以外にも何かあるのかな?……という些細な疑問が湧いた。
けど、多分私には関係ない世界のことなんだろうな……という気もしたので、それを尋ねるのは止めておいた。
……というより、続いてアレクさんから言われた衝撃的なセリフによって、そんな疑問はどこかに吹っ飛んでしまった……というのが正しいだろう。
「まぁその、実はおじさん、冒険者ではないんだよね。」
「………………え?」
ちょっとアレクさんが何を言ってるのか分からなかった。
──……冗談?……なのかな?…………いや、でも、冗談を言ってる感じでも、なさそう……?
私の頭はとても混乱した。
「あー……一応、元冒険者ではあるんだけどね。」
「…………な、なる、ほど。」
そういうことなら、納得は出来た。
だってアレクさん、どう見ても冒険者の恰好というか、服装自体は旅装と言えなくもないので置いておくとしても、背負った大きな黒い剣が、冒険者だってことを主張してるんだもの。
そんな恰好をしておいて、冒険者じゃないって言われても……と。混乱してしまうのは当然だと思う。
「おじさんも、もう歳だから。今では商人登録だけして、気ままな旅暮らしだよ。」
また何を言ってるのか分からないことを言ったアレクさんだったけど、うーん……私の頭が悪いから、理解が追い付かないんだろうか……?
──……アレクさん、よく自分のことを『おじさん』って言ってるけど……精々、三十代前半くらいの年齢にしか見えないんだよね……。
この『おじさん』発言や、『おじさん』関連の言は、流石に冗談なのだろうと分かる。
ほとんど人間とのコミュニケーションをしてこなかったから、そういう冗談に対して、どう返せば良いのかが分からないけど……。
……考えてはみたけど、結局は上手い返し方なんて思い付くはずもなく、この場ではスルーすることにして、聞きたいことだけを再度聞いてみることにした。
「……えと……その……それで、冒険者だった時のランク、は……?」
「はは……まぁ、可もなく不可もなく、ってところかなぁ。」
苦笑しながらアレクさんは言う。
言い方的に、はぐらかされてしまったらしい。追及しても答えてはくれないだろう。
とはいえ、高ランクであるのは確かだ。
私が存在に全く気付けなかった、あの黒い魔獣を相手に、助けに入ってくれたんだから、相当強いんだろうことは、疑いようもない事実な訳で。
その強さが具体的に、どのくらいの冒険者ランクなのかを知りたかったんだけど……何か答え難い事情でもあったのかもしれない。
──……アレクさんのランクが分かれば、同じランクを目標に出来たのにな……。
ちょっぴり残念だけど、それならそれで、私もいつかアレクさんと同じくらい強くなれれば良いな、と思う。
さて、そんな話をしながら歩いていれば、冒険者ギルドの目立つ建物が、遠くに見えてきた。
「……あ、見えましたね。……冒険者ギルドです。」
「ああ、そうだね。」
商店通りで帽子を買った後、合流した際には「あまり悠長にしている暇もないんだ。」とアレクさんが言っていた様子から、実は何か緊急性の高い事態が起こっている可能性がある。
私の言葉を肯定したアレクさん口調は、その発言をした時と同様に、真面目なものだった。
けれど、真面目な空気はすぐに霧散する。
「いやぁ、ギルドに来るのも、随分久々に思えるなぁ。」
深刻にならないように振舞おうとしているのだろう、おどけたような口調で、アレクさんはそのように言った。
こういう時、私に気を遣ってくれてるんだろうな、というのが分かる。
これまでの会話の中でも、気を遣われていると感じるタイミングが何度もあった。
ありがたいことなのかもしれないけど、私は少しだけ、モヤモヤしてしまう。
──……私に気を遣うのは……私が『半魔』だから、一定の距離を保つ為……?
考えるまでもなく、アレクさんは『良い人間』だ。黒い魔獣に襲われてた私を助けてくれたし、『半魔』のことにも言及しないでいてくれる。出会って間もないけど、アレクさんが『良い人間』であることだけは、自信を持って言える。
その『良い人間』にすら、『半魔』は『異分子』扱いをされるんだな、って思って、悲しくなった……ということ、なのだろうか……。
モヤモヤする理由が、自分の感情が、よく分からなかった……。
そんな私の内心を見透かす術は、きっと誰にも存在しないだろう。
「フィリア。悪いけど、ちょっと頼まれてくれるかな?」
努めて明るく振舞うアレクさんの様子を目にすると、胸が少しだけ、チクリと痛んだ。




