第9話 帰還
魔力の残量を気にしつつ歩き通して、山岳都市ルミオラの正門まで無事に辿り着いたけど、その間にも、魔力が減ってる感じは全然しなかった。
あの帽子、本当は魔力を吸われる効果なんて、付いてないんじゃないのかな?……と、疑問に思う程だ。
道中でアレクさんは何度も、「大丈夫かい?」と確認をしてくれたけど、むしろ問題がなさ過ぎて、途中から申し訳なくなってたくらいだ。
さて、正門前には、街への入場待ちで並ぶ人間達の姿があった。
大半は冒険者や商人なので、冒険者証や商業ギルドの身分証を見せるだけで済む為、あまり時間もかからない。
商人の人達は荷車の中身を軽く検められたりするので、身軽な冒険者達よりは時間もかかるけど、誤差の範囲で済む程度の短い時間だ。
私とアレクさんも到着早々、列に並んで順番待ちをしたけど、五分と経たずに私達の番がやってくる。
アレクさんよりも前に並んでいた私は、飾り気のない甲冑を着込んだ門衛の人に、ベルトポーチから取り出した冒険者証を見せた。
その際、「外に出た時と装備が違う」と言われて止められる……なんてこともなく、普通に「通って良いぞ。」と言われたことに少しホッとする。
──……まぁそもそも門衛の人って、全身鎧で顔も隠れてるし……朝と同じ人かどうかの区別も、付かないんだけど……。
そんなことを考えつつ門を通り抜けて、道の端に寄ってアレクさんを待っていると、私の時よりも長い時間、引き止められているのが、遠目に見えた。
──……冒険者証を見せるだけで済むはずなのに、時間かかるものなのかな……?
気にはなったけど、引き返す訳にはいかないので、待つことしか出来なかった。
けどそこまで長い時間もかからずに、アレクさんもこっちに歩き始めたので、特に問題はなかったんだろう、と思っておくことにした。
「待たせしてしまって申し訳なかったね。」
「……いえ。」
本人も気にしてる感じではないので、やっぱり問題はなかったんだろう、うん。
……そんな感じで納得していると、続いてアレクさんは、少々改まった様子で話を切り出した。
「さて、フィリア……おじさんは冒険者ギルドに用があるんだが、一緒に来て貰えるかい?」
冒険者が冒険者ギルドに行くのは普通のことだし、別に拒否する理由は…………うん?
──……あー……もしかして、アレクさんって、この街の冒険者じゃない……?
門の所で止められてたのも、他の街から来たばかりの冒険者だった……ということなら、納得がいく。
私も、数週間前に初めてルミオラに来た時は、まだ冒険者登録はしていなかったし……最初は色々な質問をされて、街に入るのに時間がかかった記憶がある。
だからちょっと門衛の人に苦手意識があるんだけど……と、そんなことは今はどうでもいいか……。
アレクさんの言葉を要約すると、「ギルドの場所が分からないから案内して欲しい」……ということなのだろう。
断る理由もないので、私は頷いておいた。
それを受けてアレクさんは、「助かるよ。」と、微笑を返してくれた。
「でもその前に、君の装備をどうにかしようか……。」
とは、その直後に続けられた言葉だ。
──……そういえばそうだった。
私は全然気にならなくなってしまっていたけど、アレクさんからすれば、私がいつ倒れるか知れないので、気が気ではなかったのだろう。
なので私は「はい」と即答しようとして、しかし、ある重大なことに気付いて、言葉を止めた。
──……ローブ買い替えるお金、あるかな…………。
毎日依頼を受けてると言っても、所詮は9級の身だ。
依頼一つ当たりの稼ぎは少なく、大半は食事代や宿代で消えていくのが常である。つまり財布の中身が心許ない。
──……あーいや、別にローブじゃなくても。……頭を隠せれば良いんだし、帽子で良いんだ。
ローブ自体は、フードの部分が消失しただけだから、まだ使える訳で……。ローブを買い替えるより、帽子を買う方が、安く済むはずである。
買い物の方向性が見えたので、
「……はい。」
と、改めて返事と一緒に頷きを返した。
ただ、返事をするまでに若干の間があったからだろう、アレクさんはちょっと困ったような表情をしていた。……はい、ごめんなさい。
それから、気を取り直して、といった感じで、
「それじゃあ、先に買い物に行こうか。」
と言ってくれたアレクさんに頷いてから、私は道案内する為に一歩前に出て、商店通りの方向へと歩き始めた。
商店通りに並ぶ店舗や露店は、どの店も準備を終えていて、客の呼び込みなどを行う店もあり、今朝方とは打って変わって、大いに賑わいを見せていた。
お昼時を過ぎて、まだまだ日の高い時間帯であるし、ここからが集客の本番なのであった。
私のお気に入りの串焼き屋台からも、美味しそうな匂いが漂ってきて、ふらふらと向かってしまいそうになる足を、懸命に押し留めなければならなかったくらいだ。
──……今は買ってる暇もないし、また後で買いに来よう……!
思えば、毎日依頼に忙殺されていたので、こんなに陽の高い時間帯に商店通りを歩いたのは、この街にやって来た日以来な気がする。
次の日の朝には冒険者登録をして、そのまま依頼を受けて……それ以降は毎日依頼をこなしていた訳だから、多分。
そんな私は、装備の店には詳しくない。
今朝方、商店通りにある店舗を一通り見て回ったとはいえ、店の外から眺めただけなのだから、それで良し悪しが分かるはずもない。
周りを見回しながら、どうしようか悩んでいると、
「そこの防具屋にでも入ってみようか?」
少し後ろから、アレクさんの声が聞こえた。
その提案に乗って、近くにあった防具屋さんに入店する。
どうやら店内はそれほど広くはないけど、全身鎧や盾、魔導士用の防具一式なども飾られている、尋常なお店のようだった。
戦士向けと魔導士向けで売り場が分かれているみたいだったので、魔導士向けの売り場へと足を向ける。
棚にはローブが数種類、置かれていたけど…………うん、値段を見たら諦めが付いた。
目当ての帽子も、同じ棚の別の段に並んでいた。
でも、思っていたより値段が高い。
流石にローブよりは安いけど、それでも、一番安い物で銅貨二十枚くらいはする。
二十枚って言ったら、屋台の串焼きが十本買えてしまう。一度の食事を串焼き二本分と考えると、五回分の食事代に相当するのだ……!
買えないことはない値段、とはいえ、買ったら後悔しそうな値段でもある。
正直、頭さえ隠せれば何でも良いんだから、冒険者用の物をわざわざ買わなくても良いんじゃないかな……って気がしてきた。
中古服を売ってるお店で買った方が、絶対に安いから。
そう思った私は、少し声を落としてアレクさんに話しかける。
「……別のお店に行っても、いいですか……?」
「ん?……ああ、大丈夫だよ。」
了承を得られたので、この防具屋では何も買わずに、店を出て行くことになった。
防具屋を出てから通りを歩き、何軒かのお店を素通りした後、私は中古服を扱うお店の前で足を止めた。
「うん?冒険者向けの防具店ではないみたいだけど……?」
疑問を口にするアレクさんに、「……ここで大丈夫です。」とだけ答えて、私は店内へと続く扉に向かう。
この中古服のお店は、実は何度か利用したことがある。
主に女性向けの中古服を置いているお店で、下着やなんかも置いて…………って!
──……ここ、アレクさんが中に入ったら、すごく気まずいんじゃ……!
「……アレクさんは、外で待ってて下さい……!」
振り向き様、力強く言ってから、私は一人で店内への扉を潜る。
アレクさんの、ちょっとポカンとした表情が印象的だった。
申し訳なく思いつつも、でも、中に入ってから気まずい思いをするよりはマシだろうし……と。
さて、アレクさんを置いて店内に足を踏み入れた私は、帽子の置いてある場所を探して、早速店内を巡っていく。
先程の防具店と比べると明らかに安っぽい棚だけど、服は見栄え良く綺麗に畳まれて並べられている。
安い物は銅貨三枚くらい、という良心価格なので、手に取りやすいのが良い。
……けど今は服を見ている場合じゃないので、その辺の棚はスルーしておく。
あちこち見回しながら歩いていると、帽子が置いてあるエリアは、そんなに時間もかからずに見付けられた。
種類はそんなに多くないけど、幾つかの帽子が、棚に並べて置かれている。
値段は…………良かった、銅貨5枚とかの物がある。これなら全然買える金額だ。
──……それにしても、冒険者向けの物と比べて、何で値段がここまで違うんだろう?
……などと思ったりはしたけど…………あんまりアレクさんを待たせても悪いし、すぐ選んじゃおう、と頭を切り替えた。
それからすぐに、帽子を選び始める。
派手な色は避けたいので、白か灰か黒か、あとは紺色なんかも候補になる。
防具屋にあった魔導士向けの帽子は、今被っているのと同じでトンガリ帽子ばかりだったけど、この店に置いてある帽子は、頭の部分が平らだったり丸かったりする物ばかりだ。
つばの付いていない物もあるし、前側だけに付いてる物もある。
けど、魔導士の被る帽子はトンガリ帽子が基本なので、全体につばのある帽子の方が、イメージに近いな、と思う。
そうやって条件を付けて絞り込んでいくと……あまり選ぶ余地はなくなった。
というか、元々置いてある数も多くはなかったし、この条件で残ったのは二つだけだった。
全体につばの付いた、頭の部分が平らな帽子。というのは共通している。
色はそれぞれ、白と黒。白い方はシンプルな白一色の帽子で、黒い方は藍色のリボンが巻かれている。
どちらも見た目は悪くはない。
でも敢えて言うなら……私の髪が銀色なので、白い帽子にすると、印象が明るすぎるかもしれない。
あるいは、暗い色の方が落ち着く、と思うのも多少あるのかもしれない。……まぁその辺りは人それぞれだとは思うけど。
そんな感じで、全部が消去法ではあったけれど、最終的に買うと決めたのは、黒くて藍色のリボンが付いた帽子だ。
手に取って確かめてみれば、大きさも少し大きめで、頭の耳を隠すのに丁度良さそうだった。
早速、店員の人が居るカウンターに帽子を持っていって、お金を払ったけど……ここで誤算が一つ。
「そちら、銅貨十枚です。」
値札を、見ていなかった……。
全体の値段は、買える範囲なのは最初に確認していたけど、よりによって一番高かったやつだ。
でも、今更買うのを止める訳にもいかず、私は泣く泣く、串焼き五本分の銅貨を支払った。
それから店を出る前に、試着する為の、カーテンで区切られた小スペースをお借りして、買ったばかりの帽子を《洗浄》してから、今被っている物と取り替える。
売り物にする前に綺麗にはしてくれてるだろうけど、一応、念の為だ。
試着スペース内で、アレクさんから借りていたトンガリ帽子にも《洗浄》の魔法をかけて綺麗にしてから、私は店を出ることにした。
店の外へ出ると、道を挟んで向かい側にある店の壁にもたれて、腕を組む格好で私に視線を向けるアレクさんの姿があった。
赤い髪で大きな剣を背負ってると、遠目でも目立つんだなぁ……という感慨を抱いたのは、もしかすると、現実逃避が含まれていたから、かもしれない。
自分では手早く買い物を終えたつもりだったけど、お待たせし過ぎてしまっただろうか……と、ちょっと不安になった。




