スライムライダー・プロローグ B‐part【短編】スライムライダーなアイツ~伝説へ至る道、切り拓くは今この時
『【短編】スライムライダーな俺~いつか伝説の戦士になる所存』の続編。
あの日の探索の結末は如何に。
ゴブリンが森に出た。狼は珍しくないが、ゴブリンは珍しい。ここ最近、国が乱れたことも影響しているのだろう。王国の王様が戦場で捕虜になったという話も流れている。
戦争が終わった後、傭兵たちは支払われる対価の有無にかかわらず、戦場から離れると、その近隣の街や村を襲い理不尽な強奪を行うことは珍しくない。大きな街には『街壁』が存在するし、守備隊もいるので危険は少ないが、国王が捕らえられるような大敗であれば、王国の諸侯の軍も大いに毀損しており、傭兵の暴虐を妨げる戦力は残されていないと足元をみられた。
おかげで、街道沿いの街壁を持たない小さな『街』や村が襲撃を受け、大した財産もない農民や街の住人が面白半分に虐殺され、また、財貨を奪われ家屋を破壊され、家畜を持ち去られるに至る。
その恨みを持った『悪霊』が、無念を晴らすために地の精霊と交わり、生れ出るのが『緑小鬼』……ゴブリンであるとされる。
人間に対する強い害意、そして、悪知恵が働くのも、元が人間であればそう不思議でもない。傭兵や兵隊も襲わないではないが、その被害の多くは自らと同じ農民や力のない行商人、女子供なのだがら、何をか況やである。
森を迂回し、街へと戻るジャンとジャンヌ。森歩きにはなれているが体力の乏しいジャンヌ、森は慣れないが体力のあるジャン、結果として同じように疲れていた。スライムライダーとして従魔としたキュアスライムの『ペーテル』が周囲の魔物や動物を察知し、ジャンに伝えてくれるものの、だからといって安心できるわけではない。体力と共に不安が、恐怖が、二人の精神を削り落としていく。
「休憩……しよう……」
「でも、急がなきゃ」
「無理すれば動けなくなる」
「追いかけてきているんでしょ?」
街へ向かう森の出口付近で二人の逃走を待ち伏せていた三体の魔物は、仲間の断末魔の声を聴き、こちらに向かってくるようであった。森の奥から迂回して街に向かうはずが、鬼に追われる展開になってしまったのは予想外であった。
ペーテル曰く、まだ何体か、同じような小鬼がこちらに向かってくる気配が感じられるという。『ホブ』と思われる群を率いる個体が指示を出しているのかもしれない。
「ペースを乱せば力尽きるのも早い。逃げるだけじゃなく、街まで戻らなきゃ意味が無いからな」
「それはそうだけど」
「大丈夫だ。三匹くらいなら、なんとでもなる。さっき見ただろ?」
ペーテルの介助があったとはいえ、ショートソードでゴブリン三体を瞬殺したのだから、なんなら追いかけて来るゴブリンを迎え撃ってもいいくらいだとジャンは考えていた。
「何言ってるの! ゴブリンが一匹いたら、三十匹は潜んでいると思えって言われてるじゃない。それに……」
「判ってる。ゴブリンが増えてもおかしくない出来事ばかりだって父さんも言ってた」
二人とも、ゴブリンが群れている可能性を大人から聞き知っていた。故に、森に入るのはジャンヌ一人では駄目だと言われていたのだし、ジャンも相応の覚悟をして森へと同行したつもりだ。
しかし、実際にゴブリンと対峙してみると、冒険者としての「パーティー」の大切さを実感することになる。弓遣いや盾遣い、魔術師がいればより安全に討伐も出来るに違いない。
弓を使うには相応の鍛錬が必要であるし、狩人のようにつねに弓を使い森の中で活動するような人間でなければ身に付かない。盾遣いも重たい盾を常に持ち歩き探索できるほどの体力を持たねばならない。魔術師にいたっては、加護や祝福を得るために、精霊との関わりを得なければならないので、森の中で草庵を建て研究を進めなければならないとも言う。
魔術師が冒険者となるのは、研究に必要な知識や素材を自ら探す必要に迫られてであり、不用意に冒険者として参加しているわけではないとも言われる。真実の探求者として、なにやら色々制約があるとも言う。
「やっぱ、ボッチ冒険者は辛いな」
「私がいるじゃない」
「そうじゃないよな」
「わかってる」
ジャンヌは依頼主であって、護るべき対象だ。同じ冒険者としてジャンと一緒に戦ってくれるわけではない。
革袋の水で喉を潤し、息を整え、干したベリーを口に含む。酸味と若干の甘味。ブーツのひもを締め直し、再び歩き出す。森の出口まで小一時間、無事に逃げ切れるかどうか、ジャンは五分五分だと考えていた。
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『主、前にいる』
森を動き回った結果、追いかけて来るゴブリン以外の群れとも遭遇してしまったようだ。もしかすると、街を半包囲するようにゴブリンが展開しているのかもしれないとジャンは想像する。
「ペーテル……長いからテル!」
「テルちゃん! 可愛いかも」
『……テル……』
安直な綽名だ。
「どのくらいの距離まで近づけばゴブリンがいると分かるんだ?」
人間なら、かなり近づかなければ相手の存在に気が付く事は出来ない。慣れた狩人や冒険者の斥候などは、その位置を数百m手前から察知できるともいう。何かしらの魔術を使って、情報を収集しているのかもしれない。風の魔術なら、遠くの音や臭いを感じることができるのだろう。
『人間の街くらいの大きさの範囲』
「俺達の住んでいる街ってことか」
ジャンの住んでいる町は、凡そ一周が300mくらいの小さな範囲だ。その周りを土塁と木柵で囲んであり、その外側に水路を掘り代わりに巡らせている。水路は近くの川と繋がっているので、魚も棲んでいたりする。
「だいたい、3.40mくらいの距離かな」
弓の有効射程がそのくらいであるから、悪くない索敵範囲。とはいえ、走れば十秒も掛からず目の前に到着する距離だ。さっきの大きなゴブリンの気配というのを察したのは、二人のいた場所から森の出口近くと500m程離れていただろうか。
ペーテルの示す『人間の街』というのは、かなり大きな都市を意味しているのかもしれないとジャンは思う。
思いを巡らせていると、50m程先の林間に三体のゴブリンが現れた。先ほどのそれと変わらない、普通のゴブリンだ。ジャンはジャンヌに隠れているように伝え、向かってくるゴブリンに対して右の林間から迂回して側面をつくように移動し始めた。
「足音、消せるか?」
『消せる』
ペーテルは体の一部を足の裏に廻すと、ぐにっと不思議な足の感触に変わるのをジャンは感じた。柔らかな落ち葉の上を歩き乍ら、うっかり踏んだ折れた枝もパキリと音を立てることなく踏みしめることができる。パン生地ほど固くなく、しかししっかりとした靴底の感触がわかる。
ジャンは手製のモカシンブーツを履いているのだが、その柔らかな靴底がしっかり地面を踏みしめてい乍ら、いささかも音を立てていないのが不思議に思われる。
ペーテル曰く、この魔術は保護。本来は、傷口をスライムの体で覆い、治癒を高めるためのものだという。足の裏や掌につけることで衝撃を受止め音を消す効果がある。勿論、鎧の下に入り込む事で、打撃を抑えることができる。但し、斬撃・刺突には効果が薄い。スライムは柔らかいからだ。
足音もなく忍び寄ったジャンは、自身の身体強化の魔術と剣技を用いて一瞬で三体のゴブリンの首を刎ね飛ばした。今回は、声を出す間もなくである。
「すごい!!」
「しぃー! 声出すな」
興奮したジャンヌが大声を出してこちらに走り寄って来るのを見て、両手を挙げて声を出さないように伝える。討伐証明の右耳を斬りおとし、先を急ぐ。休憩をし、いまは迂回して討伐しているのだから、追跡してくるゴブリンとの距離もかなり近づいているはずだ。
『主、追いつかれた』
まだ視界には入っていない。しかし、ペーテルの索敵範囲に強いゴブリンが入ってきた。強い=魔力量が多いとも言い換えられるゆえ、魔力量の大小で索敵距離が変化するとも考えられる。ペーテルの能力はライダーとしてこれから確認していかなければとジャンは思う。生き残ることができればだが。
「追いつかれた」
「……そう」
ジャンはジャンヌを先に逃がすことにする。「俺を置いて先に行け」というやつである。
「駄目よ」
「大丈夫だ、時間を稼いだら俺も後を追う」
「この先、他のゴブリンがいないとは限らないでしょ!!」
ジャンヌの言う通りだ。一先ず、近くにある大きな木の上にジャンヌを載せる事にする。枝葉に隠れてしまえば、頭上と言うのは意外と見えないものだ。
「でも」
「いいから。話し合ってる時間はねぇぞ」
「……わかった」
身体強化をしたジャンは、ジャンヌを抱きかかえて木の幹を駆け上がる。そして、15m程の高さのところにある太い枝にジャンヌを下ろす。
「ここで見守っていてくれ」
「うん。わかった」
降ろされたジャンヌは、自分の体を幹に縄で固定する。
「これで落ちないで済むわ」
「静かにしてじっとしていろよ。声出すなよ」
「わかってる……」
ジャンは再び幹を駆け降りると、木々の向こうに大きな『鬼』が見て取れた。
「なんだありゃ」
ゴブリンの中でも、闘争を生き残った個体が魔力を多く取りこみ上位の存在となることがある。これは『ホブ』もしくは『ホブゴブリン』と呼ばれ、一人前の冒険者であれば一対一で勝利することは難しくない。ゴブリンが強化された個体にすぎないからだ。
ところが、さらに上位の個体が存在する。それは、人間の魔力持ちを殺した、具体的に言えば、殺して脳を喰ったゴブリンがなる個体。例えば、騎士の脳を喰えば『ゴブリン・ナイト』と呼ばれ、魔術師なら『ゴブリン・メイジ』と呼ばれる存在。魔力持ちの傭兵ならば……『ゴブリン・ウォーリア』。
グレイブと呼ばれる長柄の先端に曲剣を誂えたような武器。時には騎士の乗馬の足を斬りおとし落馬させ、時には乱戦に飛び入り、そのリーチと斬撃性能で辺りを斬り伏せることもできる。少々古風な装備であるが、その強い斬撃は鎖帷子も容易に破断すると言われている。
つまり、スライムの保護ごと斬り伏せられてもおかしくはない。
連れているゴブリンは恐らくホブ見習と言ったところか。先ほどまでのゴブリンが使い捨ての徴用兵であるとすれば、こちらは訓練された傭兵とでも言えるだろう。それぞれが、程度は悪そうだがジャンの持つものと同じ程度のショートソードを持っている。拾ったか、あるいは殺して奪い取ったのか。
「テル、力を貸してくれ」
『了解』
「人魔一体!!」
自らの魔力で身体強化を施し、一直線にショートソード持ちのゴブリンへ吶喊するジャン。
何かしら接近する気配を感じ、目標のゴブリンはこちらに視線を向ける。
深く沈み込み、斬り上げる姿勢で剣を振り上げる。下から振り上がる剣先は受けにくく躱しにくい。
「ゴブ!!」
一瞬にして後方に跳び去ったゴブリン。先ほどまでの個体とは違い戦い慣れしている。が、その次の突きには対応できなかった。
「刺突!!」
斬り上げた切っ先を肩の高さで寝かせ、首を刎ねるよう突き入れる。
身体強化と本来のショートソードの遣い方に最も適した剣技が重なり合い、大人ほどもあるゴブリンの首を瞬時に刎ね飛ばした。
その瞬間、刎ね飛ばしたゴブリンの体を蹴り飛ばして躱す。
GOWW!!
恐ろしいほどの風切音が転がり逃げる頭上を突き抜けていく。
後方に転がり、一気に飛び去ると、その元居た場所に、グレイブの切っ先が突き刺さっている。
「良いグレイブだな」
安いグレイブは、曲剣の柄の部分をばらして長柄に付けただけなものが少なくないが、目の前のグレイブは剣の峰の部分に鈎がつけられている専用に作られた刃がついている。引っ掛けることができるので、ビルやヴォージェのように斬撃以外の技も組み合わせることができる。
引っ掛けられて地面に叩きつけられれば、身体強化をしてもなお、相当のダメージを喰らうだろう。
長柄の怖さはリーチの長さだけではない。実際、柄の半ばを持つのであれば、片手半剣の片手突きと大差はない。むしろ、切っ先と石突を双剣のように駆使した絶え間ない攻撃や、持ち手の位置を変えて、間合いを変化させた攻撃。そして、重心の中心近くを持つことで、軽々と振り回す事も梃子を用いて剣を弾き飛ばす事も容易なのである。
突き薙ぎ切り降ろし、反す斬り上げ。剣を絡め捕ろうと切っ先を撓らせ剣を重ねる。槍とことなり刃に相応の厚みのあるグレイブには、剣に似た操法もある。
東方には『長巻』という、柄の長い曲剣があるそうだが、グレイブはそれに似た曲剣のついた長柄なのだ。剣のようにも、槍のようにも使える難敵。
躱すタイミングが読まれ始めている。
『ヤルナ餓鬼』
「てめぇこそな! 糞ゴブリン!!」
身長は大人の騎士ほどもあるゴブリン、その膂力、纏う魔力の質、ともにジャンを大きく上回っている。身の軽さと速度はジャンが今のところ上回っているものの、それは慣れればどうと言う事はない差に過ぎない。
躱すのがギリギリになりつつあるのは、ジャンも判っている。だが、ショートソードでは決定的な差を作り出す事は出来ない。
こんなことなら、ジャンヌだけ逃がせばよかったと後悔し始める。
動きに慣れてきた『ウォーリア』、そして、背後に回り隙を突こうとする『ハイゴブリン』。二体同時に戦えるほど、ジャンは慣れていはいない。
ギャアギャアと背後で煩いハイゴブリンを先に始末しようと考えたジャンは、ワザと『ウォーリア』の斬撃を受け、自分からハイゴブリンの方向に飛ぶことにした。
GYAGUA!!
はしゃぐハイゴブリン。剣を掲げて「止めだ」とばかりに転がるジャンに近寄り剣で突き刺そうとするその時。
「死ね!!」
バネ仕掛けの人形のように跳ね上がるジャンの体。剣を下に向けたハイゴブリンがその勢いに思わず固まる。
「シッ!」
自身の剣技、魔力による身体操作、無理な姿勢からでも刺突を決める。
BUTU!!
強引に首の骨に剣を当てたため、首が千切れると同時に、剣が半ばから折れてしまう。
『ハッ、ココマデダ餓鬼』
ハイゴブリンの持つ鈍剣を持つために一瞬の隙を突かれ、『ゴブリン・ウォーリア』の石突による刺突をうけ、勢いのまま背後に突き飛ばされ地面を二転三転するジャン。
「ジャン!!」
木々の枝の隙間からジャンが吹き飛ばされる姿を見たジャンヌは、思わず声を上げてしまったのである。
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ジャンが倒されれば、自分の命もない。街も危ない。しかし、それはどうでも良かった。ジャンヌは自分を固定している縄を手持ちのナイフで斬り解くと、転げ落ちるように隠れていた木から飛び降りた。
体のあちらこちらに打ち身や切り傷擦り傷ができたが、そんな痛みはどうでも良かった。
「ジャン!! 起きて!!」
転がり、半ば土と落ち葉まみれで蹲るジャンに駆け寄るジャンヌ。その背後には、グレイブを肩に担いだ『ウォーリア』がゆっくりと迫って来る。
『オオ、雌ジャネェカ。コンヤハゴチソウダ』
ゴブリンは人を捉えて甚振り抜いてから食べるという。巣穴で見つかるのは、食べられた人の骨や、壁に括りつけられ拷問され死んだ人間の死体とジャンヌはお師匠様から聞いたことがある。「くれぐれもゴブリンに捕まるんじゃないよ」と。
「ジャンの仇」
ジャンヌは腰帯をほどき、石をつがえる。10mは離れていない『ゴブリン・ウォーリア』に向け腰帯につがえた石を振り回し狙いを定める。
『ハハ、可愛イモンジャネェカ』
『ウォーリア』にとって、石を振り回す少女は、ささやかな抵抗の姿勢をしているに過ぎないと考えていた。石とグレイブ、勝負になるはずがない。そう思うのもなまじ知能があるのだから無理はない。
「喰らえ!!」
勢いをつけた石は、カタパルトから放たれたような勢いで『ウォーリア』の右目の上あたりに命中する。
GANN!!
大きな音がし、目の上がはれ上がり緑色の血が滲む。
『糞餓鬼ガぁ!!!』
痛みと思いもよらぬ反撃に激怒した『ゴブリンウォーリア』は、グレイブの石突で思い切りジャンヌを叩き伏せようとした。
「!!!」
頭を腕で護り、丸くなりゴブリンの打擲に耐える姿勢を作るジャンヌ。しかし、その打擲がジャンヌを打ちのめすことはなかった。
『防御』
壊れた操り人形の如く、ジャンヌを庇うようにジャンが立ちふさがり、その鈍剣を掲げ、『ゴブリン・ウォーリア』の叩き伏せるような打撃を受け流していく。
PAINN!!
PAINN!!
PAINN!!
頭は力なくかしげているが、力いっぱい叩きつけられる『ウォーリア』のグレイブの打擲を、右に左に逸らすジャン。
「ジャン!! ジャン!!」
ジャンヌはジャンのおかしな様子に声を背後からかけつづけるが、ジャンは無心の如く剣で跳ねのけ続けている。無心……いや、恐らく意識はないのではないかとジャンヌは思い至る。
平素のジャンよりも、数段上の剣裁き。いや、恐らく、練習ではできていたのだろう。ジャンの剣の才は、街でも噂になるほどであったからだ。ジャンヌを護る為、初めての魔物との戦い、色々なプレッシャーから、ジャンの潜在的な能力は抑え込まれていたのだろう。
なら、今闘っているのは誰の力だろうか。『ペーテル』の剣術の才能とでもいうのだろうか。
『主、起きて』
「……うぅ……ジャンヌぅ……」
『主』
意識が覚醒するまで至らない。
覚醒したならば、今のペーテル由来の『防御』が解けてしまうかもしれない。
「でも、お師匠様も言っていた。身に付いた技は、体が覚えているって。教わるだけじゃ、頭で知った気になっても実際は出来ないんだって」
無意識でできるジャンならば、覚醒してもできるはずだとジャンヌは確信する。どの道、ペーテルでは受け流す事は出来ても、仕留める事は出来ない。魔力が切れるのが先か、ジャンが覚醒して切り伏せるのが先かの勝負になる。
「ダメもとだけど」
ジャンヌもただ師匠の言いつけを守って街でじっとしていたわけではない。自分の身を護る為、村の羊飼いから狼を追い払う術として、投石の技を習って密かに練習していたのだ。
その昔、聖典にも大男を投石で倒した英雄のお話が書かれているという。その話を聞いて、自分も身に付けたいと思って練習していたのだ。時にウサギを倒し、時に、飛ぶ鳥を落とす事も出来るようになった。ジャンヌの投石術は、それなりの成果を上げつつあった。
「だから、ジャン!! 起きて!!」
ジャンヌが狙ったのはジャンの尻。背中はどこに当たっても急所になりかねない。故に、ジャンヌは尻を狙った。
PASHINN!!
「いってえぇぇぇぇ!!!」
大きな平手でたたいたかのような音がして、ジャンの尻に丸い石が叩きつけられた。往なし損ねたのか、ジャンが吹き飛ばされゴロゴロと転がっていく。
「ジャン!! 起きて、戦って!!」
「痛ってェンだけど俺の尻。ほれみろ、真っ二つに割れてるじゃねぇか」
「前からよ!! いいから、テルと一緒に戦いなさい!!」
ジャンが目覚めると、ペーテルが体に薄っすら張り付き、体を動かしてくれていたようだ。目の前の『ウォーリア』は魔力を使い尽くしつつあるのか、肩で息をしている。
『シネ餓鬼!!』
「うをォォォ!!!」
『主、防御』
先ほどまでの失神していた時より、ジャンの動きが一拍遅れる。
「がっ!!」
痛みに耐えているのか、ジャンの動きが一瞬止まる。
『回復』
ペーテルの魔術で痛みが和らぐ。傷が癒されたわけではないが、痛みに耐えられるようになった。
ジャンは、くたびれた『ゴブリン・ウォーリア』をさらに疲弊させる為、細かく動きながら円を描くように回り始める。
「刺突!!」
『コナクソ!!』
死角へと回り込むじゃん。投石の傷、右目の上が腫れあがり、『ウォーリア』は右側の死角が大きくなっていく。右に構えたグレイブの外側に向けて、ジャンは逃げるように回転し刺突を繰り返していく。
捌き損ね、『ウォーリア』の左前腕や右わき腹に傷がみるみる増えていく。
『クソガキ!!』
「糞ゴブリン!!」
喧嘩は同じレベルでしか成立しない!
『ゴブリン・ウォーリア』は焦っていた。今までは、何体かのゴブリンを配下に従え、そのゴブリンたちが猟犬のように追い詰めた獲物を自分が刈り取るだけの簡単な『人間狩』であったのだ。
それが、手下のゴブリンがあっという間に倒されるだけでなく、側近とも考えていた『ハイゴブリン』までもが一撃で倒されてしまった。オスとメスの二匹の餓鬼を甚振り殺すだけの簡単なお仕事であったはずが、今では甚振られているのが自分のような状態になっている。
現状認識ができず困惑している、そんな状態なのだ。
「シッ!!」
鋭い刺突を躱す。グレイブを振る腕が鈍くなり、動きも緩慢になって来る。魔力切れが近い兆候だ。『ウォーリア』の身体強化の可能な時間は凡そ十五分。今まで、魔力が切れたことはない。一撃かせいぜい二撃でどんな人間も倒してきた。
だが、目の前のクソガキは、魔力の切れる兆候すら見て取れない。故に、『ウォーリア』は大いに焦っていた。
「ジャン! もうちょっとよ!!」
「おう!!」
ジャンはこのまま倒しきれそうだと確信し始めていた。
動きが鈍ってきた目の前のゴブリンは、恐らく魔力切れ寸前なのだ。自分がその状態を経験したことのあるジャンにとって、その兆候は見てとれるのだ。
今までと比べ雑に思える振り下ろし、剣で往なすジャン。ところが……
『ガアッ』
目の前で往なされたグレイブを『ウォーリア』が取り落とした。
「や、やったあぁ!!」
ジャンヌが勝利を確認し嬌声を上げる。
しかし、これは『ウォーリア』の脳に記憶されている傭兵の持つ『技』の一つであった。拮抗した相手を時間をかけずに倒したいとき、その傭兵はワザと自分の主武器を取り落とし相手がそれに気を取られている間に、サブの武器で懐に飛び込んで致命傷を与える技を好んで使ったのだ。
自身の記憶として取り込んだ『ゴブリン・ウォーリア』は、初めてその技を人間相手に用いたのである。
餓鬼が武器に気を取られている瞬間、踏み込んで組み付き喰い殺す。そう考えていた『ウォーリア』の目の前には、ジャンの顔があった。
「それ、知ってる」
BUSHU!!
剣を体を中心にして大きく旋回させ斬撃力を最大に高めた『回転斬』。鈍剣とはいえ、強引に叩きつけられ引きちぎるように首を切断する。
ジャンは、父親の店に顔を出す傭兵たちから戦場での技を幾つか教えてもらっていた。その中でも、武器をワザと取り落とし相手の隙を突くという技が気に入っていて、自分自身でも練習していた。
だから、「これはキマシタワ!!」と即座に判断し、先手を打ったのである。
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身体強化を切ったジャンはたちまち全身が筋肉痛となる。
「いってえぇぇ!!!」
『主、回復……かけ続ける』
「悪いなテル」
大の字に寝転がるジャンの元に、ジャンヌが駆け寄る。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃねぇけど、命は助かった」
あちらこちらの筋肉が悲鳴を上げ、筋も延びかかっている。打撲に裂傷、致命的な内臓の損傷や骨折などはないが、見た目も中身もボロボロであることは言うまでもない。
「帰るか」
「討伐証明と、あの長柄も持って帰るわよね」
未だ成長しきらないジャンには分不相応の武器だが、成人するころには十分使いこなせるだろう。鎖帷子に板金の胸当、そして兜に脛当てをつけ、金属の籠手を持ってグレイブを握れば、冒険者の前衛職としてかなりの戦力になるだろう。
「頑張ったわねスライムライダー」
「まあな。けど、テルがいなきゃマジでヤバかった。戦うにしても逃げるにしても」
「テルちゃん、ありがとうね」
『主の為。問題ない』
その後、気絶している時の方が強かったとジャンヌに揶揄われるジャンは、そんな事はないとペーテルを味方に引き入れ強く抵抗するのであった。
たった一人で『ゴブリンウォーリア』率いる九体のゴブリンを倒したジャンは、ギルド長と受付嬢の説教と引き換えに、見習から星一つの冒険者となるに至った。今の年齢では、これ以上の昇格は出来ないと釘を刺され、無茶をしたなら死ぬか資格停止にすると告げられた。
とはいえ、ジャンヌを守り高位のゴブリンを単独で討伐しらジャンは街の若き英雄に祀り上げられ、子供たちのヒーローとなり面倒なことになった。
また、護られたジャンヌといえば、自分の身は自分で護れる程度になろうと、薬師の修行の傍ら、杖術を街の守備隊員に倣う事にした。師匠である老薬師が若いころ譲り受けたという『羊飼いの斧』と呼ばれる杖代わりになる1mほどの柄を持つ小振りの斧である。
羊飼いはその斧で小枝を払い、反対側のハンマーで簡単な大工仕事をこなす。また、狐や狼から羊を守るのだという。その元となったのは、東の大草原を行き来する遊牧民の馬上での道具であると伝えられている。
やがて成人を迎えた二人は、冒険者として街を出て暫く旅することになる。ジャンは、実際に剣を扱う人間がどのようなものを求めているかを知り、自身の剣の腕を磨き、剣の解る鍛冶師となる為であり、ジャンヌは各地にあるこの地では手に入らない素材を元に、未だ作れない薬を調合する修行をする為でもあった。
そこに、何人かが加わりとある名の知れた下級騎士の従卒として各地を転戦するようになるのはまた別のお話。
《了》
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