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第九話 VS悪役令嬢戦です

「研究所にわざわざ来るなんて、また新薬を開発したのかな?」

 アリーチェがうきうきとした様子で、私に聞いてくる。彼女は、私の先輩で友人でもある。私たちは研究所の食堂で、昼食を食べていた。

「わざわざ来るとは言っても、研究所は魔法学校の隣にあるけれど」

 アリーチェはイカのフリットを口に運びながら、機嫌よく話し続ける。

「ジュリアに関しては、学校卒業を待たず、今すぐここで働いてほしい」

 私はあいまいにうなずいて、ペコリーノチーズたっぷりのパスタを食べる。ジュリアの開発した薬であるカッコントーとユケツは、すでに世に出回り、人々の役に立っている。

 ジュリアは、私と同じ日本からの転生者だ。同じとは言っても、あちらの方が断然、優秀だが。しかもジュリアは、侯爵家のご令嬢でもある。卑屈になってはいけないとは思うものの、心のどこかが委縮する。

 ジュリアが二年生に上がるとすぐに、研究所の所長はジュリアと彼女の両親を口説き落としたらしい。学校を卒業したら、ぜひ研究所で働いてほしいと。青田刈りにもほどがあるが、ジュリアの才能を考えると、所長の行動もうなずける。

(研究所では、みんなジュリアの入所を楽しみにしている。でも私はうれしくない)

 今日、彼女が研究所に来ていることもそうだ。妙な胸騒ぎがして落ちつかない。私は憂うつな気分を押し隠して、食後のコーヒーをアリーチェと飲んだ。この前、屋台で食べたゆでたタコがおいしかったとか、たわいのない話をしながら。

 食堂はほどほどに混んでいる。長テーブルには私とアリーチェのほかに、三人の若い女性所員がいる。話題は恋愛についてらしく、会話が弾んでいる。いきなり、女性のうちのひとりが、あら? と声を上げた。

 私はふしぎに思って、彼女の視線を追いかける。魔法学校の制服を着たひとりの少女が、食堂に入ってくるのが見えた。私を含め所員たちは全員、驚く。

「誰?」

「あぁ、あの子は多分……」

 ささやき声が聞こえる。腰まで伸ばした、ウェーブのかかったこげ茶色の髪。同じ色の瞳。ゲームの中で見た美少女とほぼ同じ姿をしている。年は今、十五才だろう。

 彼女は食堂内をきょろきょろと見回してから、私の方に近づいてきた。私は警戒する。だが私の周囲の女性たちは、色めき立った。

「あなたがジュリアね。初めまして! あなたに会えるなんてうれしいわ」

 アリーチェは大喜びで声をかける。ジュリアはほほ笑んだ。

「初めまして。ジュリア・エスポージトと申します。魔法学校の二年生に所属しています。こちらにソフィアさんという女性がいると、所長さんからうかがったのですが」

 自分の名前が出てきて、私はどきりとした。ジュリアは、私とアリーチェと、同じテーブルにいる三人の女性たちの顔を見くらべる。

 おそらく私の名前は知っていても、顔は知らないのだろう。ただの偶然だが、同じテーブルに二十歳前後の女性が五人もいる。私は、――気が進まなかったが、笑顔を作ってジュリアに話しかけた。

「私がソフィアです。何かご用でしょうか?」

 私の顔を見て、ジュリアは驚いたようだった。一瞬だが、彼女の瞳に、私をばかにするような光が宿る。華やかな顔だちのジュリアに対して、私は地味な容姿をしている。私は、かちんときた。しかしジュリアはすぐに光を消して、私に笑いかけてきた。

「魔法学校の先生方から、ソフィアさんはとても優秀な方と聞いています。開発中の薬について相談したいのです。お時間を取っていただけますか?」

 私は困った。これは断れない。ジュリアはみんなが期待する入所予定者で、魔法学校の私の後輩でもある。この頼みを拒絶すれば、何のために研究所で働いているのだ? と周囲から問われかねない。

「もちろんです。ただ私はまだ若輩者です。私のほかにも、誰か頼りになる先輩に同席してもらいましょう」

 せめて、ふたりきりは避けたい。なので私は親切を装って、こう提案した。実際に私は、入所してから二年目の新人だ。相談相手としては頼りがない。

「ありがとうございます。ですが、薬はまだ開発中でして、あまり多くの方に打ち明けるのは……」

 ジュリアは弱ったように言葉をにごした。正論だった。こう言われては、彼女とふたりきりで話さざるをえない。

「承知しました。場所は、ここでいいですか? ここは食堂ですが、所員以外はいません。外部に情報は漏れません」

 私は笑顔を保つ。ストレスで胃が痛い。できるならば、密室は避けたいのだ。ジュリアは困惑したように、まゆじりを下げた。

「ソフィア、遠慮せずに小会議室を利用してもいいわよ」

 アリーチェが、私に笑いかける。

「世紀の天才ジュリアからの相談なんだから、所長室を使ってもいいくらい」

「ありがとうございます。でも小会議室の方でお願いします」

 アリーチェの冗談に、ジュリアは笑う。私も表面上は楽しそうに笑った。これは逃げられない。ジュリアは私より上手だ。私は腹をくくって、小会議室までジュリアを案内した。彼女は薬の開発について私に相談したいと言ったが、それは本当か?

 私は魔法学校では優等生だったが、研究所の所員としては普通のレベルだ。この研究所には、魔法学校の首席卒業がごろごろいる。私程度は埋没する。しかもまだ、二年目の新人だ。

 したがって私を名指しして、薬について相談したいというのはおかしい。ジュリアはきっと別の用事があるのだろう。何の用事か分からないが。小会議室に入りふたりきりになると、ジュリアは好戦的な笑みを浮かべた。少女が羊の皮をぬいだように見えた。

「改めて、初めまして。ソフィア先輩。あなたのお名前は、ミケーレ先輩から聞いています。彼の婚約者なのですね?」

「はい」

 私は警戒しつつ答える。ジュリアからの敵意が強くなったように感じられた。おそらくミケーレは、何の悪意もなく私の名前を教えたのだろう。それに彼が教えなくても、魔法学校の三、四年生なら私の名前もミケーレと婚約したことも知っている。

 私は主要キャラではないので、ゲームに名前は出てこない。立ち絵もない。前世の知識では、私の名前と顔は知ることができない。ふいにジュリアは、にっこりとほほ笑んだ。

「ミケーレ先輩は、あこがれの人です。誰にでも優しくて、……でもソフィア先輩のおかげで、私には特に親しくしてくれています」

 顔とはうらはらに、言葉はとげとげしい。私はミケーレから、ジュリアについてほとんど聞いたことがなかった。多分、普通にある程度、仲よくしているのだと思うが。

 ジュリアは、嫌な感じの女の子だ。そもそも新薬について相談したいとうそをついて、私とふたりきりになっているのだ。好感が持てるはずがなかった。

「去年、入学したてのとき、ミケーレ先輩が声をかけてきたのです。『学校は楽しいか? 何か困っていることはないか?』と。ソフィア先輩が彼に、私を助けるように言ったのですよね」

 ジュリアは嫌らしく笑っている。私は、心がひやりとした。しかし、にこりとほほ笑み返す。

「それは、ミケーレ君はかんちがいしていると思います。私は彼に、あなたを助けるように頼んでいません」

 うそを話す必要はない。本当のことを言えばいいのだ。

「けれどジュリアさんについて、ミケーレ君と話したのはだいぶ前のことです。だから彼がまちがえても、仕方がありません。ただその彼のかんちがいが、入学したばかりのあなたの助けになったならば、私はうれしいです」

 私はあのとき、「私はジュリア推しだから」みたいなことを言った。ミケーレは私の話を理解できなかったのだろう。よって私の願いをかんちがいして、ジュリアにおせっかいをやいた。

 私は、過去の軽率な発言をかえすがえす後悔する。あのときは、自分がミケーレと恋人同士になるとは想像していなかった。

「ソフィア先輩は、私が魔法学校に入学してくるとなぜ知っていたのですか?」

 ジュリアは笑みを保ったまま聞いてくる。だが知らないふりをしているだけだと、すぐに分かった。彼女の瞳には、狡猾さが感じられる。

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