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第七話 私のほかにも転生者がいます

 王立魔法薬研究所ではいろいろな魔法薬を開発し、そのレシピを一般に公開している。また研究所の裏手には広大な薬草園があり、これも一部が一般に開放されている。

 さらに研究所では、魔法薬の販売もしている。商売が目的ではないので、価格は安い。熱が出たときに飲む熱さまし、けがをしたときに使う消毒薬、そして肌をきれいにする化粧水まである。

 この九月に入所した私の初めての仕事は、かぜのひき始めのときに飲む薬の製造だ。冬によく必要とされる薬なので、今のうちにたくさん作っておかなくてはならない。この薬は、所内では「カッコントー」と呼ばれている。私は、研究所の先輩にたずねた。

「この薬、おもしろい名前ですよね」

 名前ではなく、通称もしくは俗称と言った方がいいかもしれない。白衣に身を包んでいる私は、透明のびんの中に入った透き通った黄色の液体を見つめた。風邪薬で葛根湯かっこんとう。日本では普通だけど、この異世界ではおかしい。

 この国は、イタリアに似ている。しかし魔法が存在するので、イタリアではありえない。ここでは、たいていの人は魔法が使える。現代日本で、自転車に乗れる人が多いように。ただ職業としての魔法使いになれるのは、ごく少数の人だけだが。

 私たちが話している言葉は、イタリア語に似ている。よって日本語のカッコントーは異質な感じがする。

「そうね。ちょっと変わった響きよね。でも薬の呼び名は、開発者が適当につけるものだし」

 先輩、――アリーチェは答えた。彼女は魔法学校での、私の一学年上の先輩でもある。だからある程度、気心の知れた人だ。私は彼女から、研究所での仕事を教わっていた。アリーチェは右手をあごにつける。

「あと、『ユケツ』というおもしろい俗称の薬もあって、これも同じ開発者ね」

 私は驚いた。ユケツ、……輸血かもしれない。これも日本語だ。

「大けがなどで血が足りないときに注射する薬ですか?」

 私は聞いた。アリーチェはびっくりする。

「そのとおりよ。よく分かったわね。簡単に言えば、体の中に血が増えるの」

 私は、ぞっとした。薬の開発者は、私と同じ日本から転生してきた人間だ。私以外にも、前世の記憶を持つ者がいるのだ。それは、いいことなのか悪いことなのか分からない。私は今まで、自分のように前世を覚えている人に会ったことがなかった。

 けれど、その転生者は葛根湯と輸血の薬を開発した。それらの薬で助かる人も多いだろう。その転生者は、世のため人のためとなることをしている。とてもいい人かもしれない。

「開発者は誰でしょうか?」

 私はどきどきしながら問いかける。薬の開発者はたいていの場合、この研究所の所員だ。もしくは、城に勤める魔法使いか魔法学校の教師か。まれに魔法学校の生徒であることもある。すなわち、私にとって身近な人の可能性が高い。アリーチェは一泊置いてから話す。

「カッコントーとユケツに関しては、開発者の名前は一般には非公開なの」

「分かりました。聞くのはやめます」

 私は引き下がった。開発者について知りたいが、仕方がない。だがアリーチェは苦笑して首を振る。

「あなたはここの所員だから、聞いていいわよ。それに口もかたくて信用できるし。要は、研究所の外部に漏らしてはいけない情報なの」

 つまり社外秘だ。私は納得した。

「承知しました。けれどなぜ、外部に漏らしてはいけないのですか?」

 内緒にするメリットなどないだろう。それどころか通常は、自分が開発したとアピールするものだ。薬に自分の名前をつける人さえいる。「偉大なる俺、――フラヴィオの作ったげり止め」みたいな笑える俗称もあるのに。アリーチェはほほ笑んだ。

「カッコントーとユケツを作ったとき、その子はまだ十一才だった」

 私は目を丸くする。十一才なんて、ここが日本ならば小学生だ。アリーチェはうれしそうに言う。

「いわゆる天才児よね。将来はほぼ確実に、この国の宝となる女の子よ」

 私は彼女にうなずいてから、ひとりで考えた。天才というより、前世の知識があるせいで、ほかの子どもたちより早熟なのだろう。

 十六、十七才程度で新薬の開発なら、たまにある話だ。もちろん、よくあることではないし、その子は相当、優秀だと思うが。

「ただその子は、まだ子ども。だからご両親は、周囲から変に騒がれたくないと考えている。よって開発者の名前は非公開。いずれその女の子が大人になれば、彼女の判断で名前を公表すると思う」

 両親の考えは理解できた。わが子を世間から守りたいのだろう。

「彼女は、とある侯爵家のご令嬢。まさに銀のスプーンをくわえて産まれてきた子ね」

 私は目を見張った。彼女の正体が分かった気がした。アリーチェは少し興奮した様子で話す。

「名前は、ジュリア。この九月にコルティーナ魔法学校に入学したばかり。当然、主席合格だったらしいわ。学校卒業後は、ぜひともこの研究所に来てほしい」

 ずどんと重いものが、私の体に落ちてきた。ジュリアは前世の知識を持っている。そしてゲームのとおり、魔法学校にやってきた。ジュリアはゲームの中では、王子のミケーレと婚約していた。俗に、悪役令嬢と呼ばれる存在だ。

 しかし今、ミケーレは王子ではない。下位貴族の男爵だ。さらに私と婚約している。ミケーレには、つらい失恋の経験もない。ゲームは本来の軌道から大いに外れているのだ。

 したがってジュリアが学校でミケーレと出会っても、ふたりが婚約することはない。何も起こらない。ミケーレは、誠実な私の恋人だ。なのに私は、妙な胸騒ぎがした。ジュリアは、私と同じ転生者なのだ。私は不安でたまらなかった。

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