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番外編 愛に包まれて

 魔法学校の二年生はいそがしい。いや、二年生が大変というより、一年生が緩かったのだ。ミケーレたち一年生は、学校でしっかりと魔法を習っているつもりだった。だがそれは、ただのかんちがいだった。

 まず進級試験が、一年生の学年末である六月に行われた。そこで、クラスメイトの半数近くが落とされた。落とされたら、すぐに学校から追い出される。

「せっかく魔法学校に入学できたのに……」

「もう一度、試験を受けさせてください!」

 涙ながらに学校を去る級友たちを、ミケーレは青い顔で見送った。二年生に上がるための試験が難しいと、ミケーレは話に聞いて知っていた。しかし実際に目のあたりにすると、学校の厳しさに恐怖を感じる。

 無事に進級できたミケーレたちも、安心できるわけではない。九月になると新年度が始まり、二年生の授業が開始された。授業数は増えて、授業のレベルも格段に上がった。

 ミケーレは必死になって、授業についていった。なぜならミケーレは、六月まで王子として城で暮らしていた。王子のミケーレには、家庭教師の先生たちがいた。

 彼らの指導のおかげで、ミケーレは魔法学校に入学し、一年生の授業についていけていたのだ。ところが今のミケーレには、家庭教師はいない。自力でがんばるしかないのだ。

「元王子様というのは、大変なんだな」

 編入生として二年生のクラスにやってきたエドアルドが、興味深そうに言う。じゃっかんの同情も含まれた声だった。放課後の二年生の教室で、ミケーレは机にしがみつくようにして勉強していた。

「俺は今まで、自分の実力で魔法学校にいたわけじゃない」

 家庭教師がいなくなったとたんに、落ちこぼれるなんて情けない。絶対に嫌だ。ちなみにミケーレの婚約者であるソフィアには、一度も家庭教師がいたことがないそうだ。

 なのに彼女は魔法学校に入学し、二年生に進級し、難しい授業についていった。主席卒業こそ逃したが、主席と言っていい成績で卒業した。

 今は、王立魔法薬研究所に勤めている。この研究所も、すごいところだ。魔法学校の主席卒業か、それと同じレベルでないと入所できない。ソフィアは才媛で、しかも元生徒会長だ。

「勉強しないと、もっと努力しないと……」

 今のミケーレは、ソフィアにつり合わない。九月はなんとか授業についていけたが、十月になり、また授業が難しくなった。三年生や四年生になれば、さらに難しくなるだろう。不安だけが募る。エドアルドはあきれている。

「そんなに、がりがり勉強しなくても。……なぁ、ミケーレ。『学校一お似合いだったカップルを破局させて、女を奪った』とうわさされているけれど、本当?」

 彼は遠慮がちに聞いてきた。

「半分くらい本当だよ。そんなことより、さっきから勉強の邪魔をするな!」

 ミケーレはちょっと怒った。でもこんな風にぷんぷんできるのは、エドアルドが気安い友だちだからだ。半分とは言え不名誉なうわさを肯定したミケーレに、エドアルドはびっくりする。

「うっそだろ? 無害でまじめそうな顔をしているのに。いや、さすがはあの国王陛下の息子」

 彼は、あさっての方向からミケーレをほめた。ミケーレは、ぶすっとする。国王には、妻がひとり、愛人が五人くらいいる。ミケーレには、母親のちがう兄弟姉妹が大勢いるのだ。

「国王陛下は関係ないだろ。それに俺は、もう王子ではないし」

「好きな女性と結婚するために、王位継承権を捨てたとも聞いた。これも本当?」

 エドアルドはお構いなしに問うてくる。彼はとにかく、うわさの真偽を確かめたいようだ。ミケーレはいったん、勉強をあきらめることにした。

「本当だよ」

 エドアルドは口笛を吹く。

「情熱的だ。かっこいいじゃないか」

 手放しで称賛されて、ミケーレはほおを赤くした。しかしその後で落ちこむ。実は今月、嫌な話をクラスメイトのマルティナから聞いたのだ。彼女は六月の卒業・進級パーティー以来、リカルドと付き合っていた。でも別れたのだ。

「九月になってから、リカルド先輩は仕事がいそがしくて、あまり会ってくれなかったの」

 マルティナは嘆いた。彼女は、黒色の巻き毛の美少女だ。容姿にも学力にも、自信があるタイプだった。

「それは仕方がないだろ。リカルド先輩は騎士になったんだから」

 ミケーレは彼女をなだめる。ミケーレは城で暮らしていた。よって、騎士たちが勤勉なことを知っている。

 騎士ではないが、ソフィアも就職してからずっといそがしい。覚えなくてはならないことや、勉強しなくてはならないことがたくさんあるらしいのだ。ミケーレも、ソフィアに会えなくなっていた。

「そのくせ、ソフィア先輩とは会っているみたいで……」

 マルティナは、くやしそうに唇をかむ。彼女の気持ちは分かる。ソフィアとリカルドは仲がいい。加えて、ソフィアの家族とリカルドの家族も親密だ。ソフィアの両親は、初めてソフィアからミケーレを紹介されたとき、とまどっていた。彼らの顔には、

「なぜ? リカルドは? 彼と結婚するのではなかったの?」

 と書かれているような気がした。ミケーレの思いこみかもしれないが。多分、ミケーレは一生、リカルドに嫉妬する。リカルドにあこがれて、うちのめされて、リカルドが大好きで、彼に手が届かなくてくやしい。

 ミケーレはため息をついた。大きな音を立ててしまったらしく、エドアルドが心配してたずねる。

「何? 恋人とケンカ中?」

「ちがう。……嫉妬している。彼女のそばに、男がいて」

 苦い気持ちが、ミケーレの小さな胸いっぱいに広がる。するとエドアルドは、満面の笑みになった。ミケーレは彼の反応が理解できなくて、まゆをひそめる。

「君、今のせりふは恋人の前で言えよ! 今みたいな憂い顔で、ため息をついて」

 エドアルドは興奮している。

「は?」

 ミケーレは顔をしかめた。

「金髪の美少年は、何をやっても絵になるな。いいか、今すぐ恋人に会いに行け。君に会いたくて、たまらない。勉強が手につかない。ほかの男に君を奪われそうで! 俺は、君のまわりにいる男全員に嫉妬している」

 身ぶり手ぶりを使いながら、エドアルドは話す。むしろミュージカルの舞台に立っているかのように、大声で歌っている。ミケーレはあきれた。だが「嫉妬している」というのは、確かに口説き文句の一種だ。

 そうである以上、エドアルドではなくソフィアに言うべきだろう。君のそばにいる男に嫉妬している。君に会えなくてさびしい。なぜなら、君を愛しているから! そこまで考えて、ミケーレはひとりで顔を真っ赤にした。けれど、

「俺はやれる! 俺は、歌劇オペレッタの主役になる」

 ミケーレは立ちあがって宣言した。甘い口説き文句に、自分自身が浮ついている。

「そうだ、ミケーレ! 勉強なんか二の次だ。愛をささやきに、恋人のもとへ」

 エドアルドは完全に歌い踊っている。しかしミケーレは彼をにらんだ。自分より成績のいいやつに、「勉強なんか二の次だ」と言われたらむかつくのだ。

 ミケーレはきりのいいところで勉強を終わらせて、学校から直接、ソフィアの家に向かった。制服を着たまま、何の連絡もなしで、彼女の家に突撃するのだ。

 迷惑がられるだろうか。嫌がられるだろうか。ミケーレは不安になってきた。まさか彼女の家には、リカルドがいたりして……。

 家にたどり着くと、ソフィアは在宅していなかった。まだ研究所で働いているそうだ。代わりにソフィアの両親が、ミケーレに応対する。彼らは、いきなり家にやってきたミケーレに驚き、心配しているようだった。

「いつも礼儀正しい君が突然、家に来るなんて、何かあったのかい?」

「いえ、特に……。その、急におじゃまして申し訳ありません」

 玄関口で、ミケーレは顔を赤くしてうつむく。おのれのふるまいが子どもじみていて、はずかしかった。

「ソフィアと何かあった? あの子は今、仕事で手いっぱいで、君をあまり思いやれていない。そのくせ、魔法学校のほかの女の子に君を取られるのではないかと不安がっている」

 母親は苦笑する。ミケーレは驚いて、顔を上げた。嫉妬で苦しむソフィアが想像できない。彼女は常に寛大だ。ソフィアの両親は優しくほほ笑む。

「君が不安なように、ソフィアもよく不安な顔をしている。君たちは、若い恋人同士らしい、すれちがいをしているのかもしれない」

「俺は、……リカルド先輩に嫉妬しています」

 ミケーレは消えいりそうな声で、かっこ悪い本音を話した。するとソフィアの母は、遠慮がちにミケーレを抱きしめてきた。父も、ミケーレを抱きしめる。家族の暖かさに、ミケーレの目頭は熱くなった。

「そのうちソフィアも帰ってくるだろう。夕食を一緒に取るかい?」

「ありがとうございます。ですが、家で母が待っていますので」

 ミケーレは残念に思ったが、断った。ミケーレが帰宅しなければ、母はひとりでさびしく食事することになる。ソフィアの父母は、ミケーレの体を離す。彼らは穏やかにほほ笑んでいた。

「私たちは、君が大好きだよ」

 彼らは、ひとり娘であるソフィアに似ていた。話し方も、まなざしも。

「俺も、あなたたちが大好きです」

 ミケーレは照れながら答えた。あぁ、大丈夫だと思えてくる。彼らから、確かな愛が伝わってくるから。ミケーレはほほ笑んだ。

「ソフィアが帰ってきたら、『何も不安に思うな。俺は君に夢中だ』と伝えてください」

 かっこよく言いたかったが、せりふの途中で照れてしまった。今、ミケーレのほおは赤くなっているだろう。ソフィアの両親は、楽しそうに笑っている。

「ありがとう。必ず伝えるよ」

「はい」

 ミケーレは、おやすみなさいのあいさつをして立ち去る。足取りは軽く、スキップをしたい気分だった。歌劇の主役のように歌う。ただし心の中だけで。

 勉強もがんばるけれど、君に会いたい。仕事をがんばる君を応援したいけれど、やっぱり君に会いたい。君に会えなかったけれど、俺は大丈夫だ。愛に包まれているから。

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