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第二話 王子様は、ほれ薬がほしいそうです

 廊下から一年生の教室をのぞくと、ミケーレが複数の女子生徒たちに囲まれて、楽しく談笑していた。女の子たちは、ミケーレの身分を知っているのか知らないのか、分からない。

 しかし王子という身分はなくても、ミケーレはとてもかわいい容姿をしている。髪の色も金で、いい意味で目立っている。さらに性格も穏やかで優しい。よって、女の子たちにもてるのは当然だった。ミケーレが入学してから、すでに一か月ほどがたっている。

 私は彼から視線を外して、ある人物を探した。けれど見つからない。授業が終わったし、彼はもう下校したのかもしれない。ミケーレが私に気づいて、うれしそうにほほ笑む。

「ソフィア先輩」

 彼は女の子たちに、さよならのあいさつをすると、足取り軽くやってくる。置き去りにされた少女たちはむっとして、私をにらんだ。嫉妬している女子たちと何にも気づいていないミケーレに、私は苦笑を返す。

 ここ、――コルティーナ魔法学校では、制服は男女で変わらない。ともに白いシャツにネクタイをしめて、ズボンをはいている。秋冬はジャケットもはおる。ただネクタイの色だけが学年で異なる。私は四年生なので青色だ。

 一年生の女の子たちは私をにらんだ後で、何かをささやきあった。

「あの人、四年っぽいよ。にらむのは危ないんじゃない?」

 みたいなことを話したのだろう。それとも、「彼女は生徒会長だよ」だろうか。少女たちは私から、さっと視線を外した。こそこそと背中を向ける。一方、ミケーレは、わくわくとした目で私にたずねる。

「こんにちは。何か、ご用ですか?」

 私はちょっと困った。別に彼に用事はない。だが、わざわざ私のところまでやってきたこの無垢な天使に、そんなことは言えない。私はにこっとほほ笑んだ。

「こんにちは、ミケーレ君。今年の一年生に、エドアルド君という少年がいるかなと思って探しに来たの」

 ここが乙女ゲーム「マジカルスクール―光のスペランツァ―」の世界ならば、ミケーレの同級生にエドアルドがいるはずなのだ。

 エドアルドは、ゲームの中ではミケーレと同じく四年生だった。ミケーレが生徒会長で、エドアルドが副会長だったのだ。ふたりとも美形で、攻略対象キャラだ。私は好奇心から、そのエドアルドを探していたのだ。

「エドアルド、ですか?」

 ミケーレは少しの間、考える。

「僕は一年生の名前を全員、覚えましたが、エドアルドという生徒はいません」

「え? 覚えたの? すごいね!」

 私は感心した。毎年、一年生は五十人ほどいる。それを覚えるなんて、すごい。さすが王子様、未来の生徒会長。ただ、この五十人がみんな、二年生に進級できるわけではない。毎年、試験でどっさりと落とされて、二年生に上がれるのは三十人ほどだ。

 その三十人になってからが本番だ。授業が難しくなり、扱う魔法のレベルも上がる。そしてたいていの場合、二年生になってから、クラスメイト同士は親しくなる。付き合いが濃くなり、卒業してからもそのきずなは続く。

「いえ、別に……」

 ミケーレは、はにかんで笑った。昼下がりの日の光が廊下の窓からさしこんで、一年生の天使を照らしている。廊下には適度に人通りがあり、ちらちらとこちらを見てくる生徒もいる。

「ということは、エドアルド君は編入してくるのかな?」

 私は小首をかしげた。魔法学校では、毎年というわけではないが、二年生に編入してくる生徒がひとりかふたりいる。この編入生たちは、すさまじく優秀だ。かなりの実力がないと、編入はできないのだ。

「エドアルドは、ソフィア先輩の知り合いですか?」

 ミケーレは純粋な瞳で、ふしぎそうに聞いてくる。何だろう、この守ってあげたい雰囲気は。手伝ってあげたいし、教えてあげたいし、幸せになってもらいたい。

「知り合いではないけれど、もしエドアルド君が編入してきたら仲よくしてあげて」

 私は、にっこりとほほ笑んだ。ゲーム内で、エドアルドはミケーレの親友だった。きっとこの現実でも、彼らは気が合い友人同士になるだろう。

「はい」

 ミケーレは素直な返事をした。

「それはそうと、今日はリカルド先輩はいないのですか? ソフィア先輩とリカルド先輩はいつも一緒にいますよね」

 彼は落ちつきなく、周囲を見回した。一年生はもう下校時間だが、四年生にはまだ授業が残っている。私は魔法薬の授業を受ける予定だったが、先生が急病のため急きょ授業がなくなったのだ。

「いつも一緒に行動しているわけではないよ。今年度は生徒会長と副会長だから、そばにいることが多いけれど」

 私は笑った。ミケーレは、「やっぱり、いつも一緒じゃないですか」とでも言いたげな微妙な顔つきをしている。確かに私とリカルドは、ともにいることが多い。

 彼は私にとって、よき相棒だ。今は私の方が上司みたいな雰囲気だが、一年生のときはリカルドは私のボディガードだった。彼以上に頼れる人はいない。

「リカルドは今、魔法剣の授業を受けている」

 私はミケーレに教えた。彼は、茶色の両目を丸くした。それもそのはず、魔法剣を扱える魔法使いは希少なのだ。この学校でも、先生がひとり、生徒がひとりいるだけだ。つまりリカルドと、彼の師匠しかいない。魔法剣の授業は、いつもマンツーマン指導だ。

 しかもリカルドは魔法剣だけではなく、普通の剣の腕も立つ。彼は学校卒業後は、城に勤務する近衛兵このえへいになることが決まっていた。国王の親衛隊の一員になるのだ。

 魔法学校を卒業して、騎士になるパターンはめずらしい。魔法使いとして城に勤めるのは、よくあることだが。私がそう話すと、ミケーレは感心したように息を吐いた。

「やっぱり、リカルド先輩ってすごいんですね」

 国王の親衛隊は、エリート中のエリートだ。リカルドの場合、ただの脳筋とも言うが。だがミケーレは何か引け目に感じたのか、落ちこんでいる。

「ミケーレ君だってすごいと思うよ。今はまだ無理でも、数年後には何でもできるようになる」

 私は彼を元気づけようとする。ミケーレはゲームのルートによっては、立派な国王となる。さらにどのルートを選んでも、彼は常にクールな生徒会長だ。難しい魔法をたやすく発動させる、パーフェクトな人物だ。そして学校中の生徒から、かっこいいと思われている。

「ありがとうございます」

 ミケーレは情けなさそうに笑った。気を取り直してから、私に質問をした。

「ソフィア先輩は卒業後の進路は決まっているのですか? その、結婚とか……」

「私は、王立魔法薬研究所から内定をいただいているの」

 ミケーレは驚いてから、私をほめてくれた。

「さすがソフィア先輩です。優秀なのですね」

「ありがとう。でも卒業後に研究所に勤めるのは、よくあることだよ。ほぼ毎年、誰かが研究所に就職するし」

 私は笑った。そんなわけで研究所には、魔法学校の卒業生が多いのだ。

「王家から依頼を受けて新薬を開発することもあるから、ミケーレ君も何かほしい薬があったら私に言ってね」

 ミケーレは片手をあごに当てて悩む。それから口を開いた。

「かっこいい恋人のいる女性を振り向かせることのできる薬はどうでしょうか?」

 私はあきれて、顔をしかめる。

「略奪愛はよくないと思うよ。それに人の心を操る魔法は原則、禁止」

「そうですよね」

 ミケーレはしょんぼりしてうつむいた。ただゲーム内では、実はミケーレは略奪される方なのだ。ゲームは、主人公でヒロインのサラが魔法学校に入学するところから始まる。魔法学校にはミケーレがいて、四年生で生徒会長をやっている。

 それだけではなく、彼には婚約者がいるのだ。婚約者の名前はジュリア。侯爵家のご令嬢だ。魔法学校の三年生でもある。彼女は完璧な淑女で、サラに対しても親切だ。

 だからルートによっては、ミケーレはジュリアと幸せな結婚をする。ジュリアの力を借りて、国王になることもある。

 もちろん、ミケーレがサラとくっつくエンドもある。その場合は略奪愛だ。婚約者を奪われたジュリアは悲しみをこらえて、笑顔でミケーレとサラの結婚を祝福する。

(どんだけいい女なんだ、ジュリア! ミケーレ王子はジュリアと結ばれるべき)

 と、前世の私は思った。なので私は、下を向くミケーレの肩をたたいた。

「私は、サラではなくジュリア推しだから。ジュリアが好きなの」

 調子よく笑いかける。ミケーレは本気でわけが分からなかったらしく、両目をぱちぱちさせた。困惑しながら問いかける。

「ジュリアという生徒も編入してくるのですか?」

「気にしないで! それじゃあね」

 まじめに追及されるとまずい。まだ何かを聞こうとするミケーレのもとから、私は手をひらひらと振って立ち去った。

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