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第十六話 主人公の聖女がいません

 とたんに、建物の中の惨状が目に入る。食堂は、強盗に入られたかのように荒らされていた。テーブルやイスが倒れている。キッチンの方に目をやると、ガラスコップや皿などの食器が割れていた。

「何よ、これ?」

 私は、ぼう然とする。サラはどこにいるのだ? リカルドは鋭く周囲を見回す。一階には、私たちのほかに人はいなかった。

「ここにいろ。二階も見てくる。万が一、何かあったら、すぐに逃げろ」

 彼は足音を立てず階段を上がって、二階に消えた。私は心を落ちつかせるために、深呼吸をする。わが身を守るように、魔法の杖を抱いた。

 この惨状は何だ? 主人公が家にいない。これではゲーム本編に、大いに差しさわりが出る。サラは来年の九月から、この食堂からコルティーナ魔法学校に通うのだ。

 食堂は毎日、大賑わいで、ゲームの中にもよく出てくる。食堂の中でのイベントも多い。おいしい食事をしながら、サラは攻略対象キャラとの親愛度を上げていくのだ。

 サラがいないことに比べれば、ミケーレが王子ではないとか、彼の性格がちがうとかはさまつなことだ。ミケーレは、単なる攻略対象キャラのうちのひとりだ。対してサラは主人公だ。替えなどいない。

 ジュリアは、このことを知っているのか? 彼女がゲーム本編を滞りなく進めたいのなら、ミケーレの記憶を改ざんするより、サラを探して食堂を再建すべきだ。

「二階の住居部分は荒らされていない。それから誰もいない。もぬけの殻だ」

 リカルドが二階から戻ってきた。

「テーブルや棚の上に、ほこりがたまっていた。トマトやリンゴもくさっていた。多分、一か月くらい、誰も住んでいない」

 私はうなずく。リカルドは痛ましそうに、食堂の中を見た。

「これも、ジュリアがやったのか」

 それはちがう。私は首を振ろうとして気づいた。ジュリアは、平然とうそをつく少女だ。よって「前世でプレイしたとおりにゲーム本編を進めて、サラにやみのドラゴンを倒してもらい、世界滅亡の危機を回避したい」というのは、うそだ。

 ジュリアは私に会いに、研究所まで来た。ミケーレの婚約者である私が研究所に勤めていることも、カッコントーに興味を持っていることも事前に調べてから来たのだ。

 そんな用意周到なジュリアが、サラの近況を調べないはずがない。今のこの状態を知らないわけがない。ジュリアは、サラの失踪を知った上で放置している。なぜならサラを消したのは、ジュリアだからだ。行き当たった真実に、私は震えた。

「ジュリアの目的は何なの? 彼女は最終的に、何がしたいの?」

 まさか彼女は、世界の滅亡をねらっているのか。サラがいなければ、やみのドラゴンは倒せない。世界はほろぶ。ジュリアはただの恋のライバルではなく、世界を終わらせる悪役だったのだ。私はぞっとした。こんなの、私の手に負えない。

「なぜこの食堂を攻撃し、住民たちを拉致したのか分からない。しかしジュリアはどんなことをしてでも、ミケーレと結婚したいのだろう」

 リカルドは、ため息をついた。

「あいつは性格もいいし、顔もいい。しかも金髪だ。女の子がのぼせあがるのも分かる。それにミケーレは、魔法学校の生徒だ。俺たちは、……自分で言うのも何だが、就職も結婚も引く手あまただ」

 私は目を丸くした。私のびっくり顔を見て、リカルドも驚く。

「ちがうのか? ジュリアはミケーレに横恋慕したから、ミケーレをお前から奪いたいのだろ?」

 彼はちょっと自信なさげに聞いてきた。私は考えてから、首を縦に振る。

「うん。リカルドの言うとおりだと思う」

 最初から、そういう単純な話だったのだ。ジュリアは私に、ずっと敵意を向けていた。ミケーレの婚約者である私に、嫉妬していたのだ。ジュリアは魔法学校に入学して、ミケーレに恋をした。ところが彼には婚約者がいる。

 さらにゲーム本編が始まれば、主人公のサラがやってくる。ルートによっては、ミケーレは婚約者を捨ててサラと結ばれる。

(ジュリアからすると、私もサラもじゃまだったんだ)

 ジュリアはまず、具体的に何をしたのか分からないが、サラを排除して食堂を壊した。その後、私に会いに行き、私に前世の知識があることを確認した。そして私がミケーレと別れないと、世界が滅亡するとおどしたのだ。

 その上で、ジュリアは記憶改ざん魔法を行った。私とリカルドは魔法にかからなかったが、ミケーレと彼の周囲の人たちはかかった。ジュリアはミケーレを婚約者にできたのだ。

 けれど私とリカルドが、ミケーレの魔法を解いた。だからジュリアは私たちを倒し、ミケーレを自分の家に連れ帰った。また魔法をかけて、彼を婚約者とするために。ミケーレを都合のいい人形にしたいジュリアに、私は腹を立てた。

 ジュリアは、悪役令嬢ジュリアがミケーレ王子と結婚するルートをねらっているのだ。その場合、やみのドラゴンをどうするつもりか分からないが。それともサラをどこかに幽閉していて、時期が来れば彼女に戦わせるつもりなのか。

「あぁ、そうか」

 私は思わず声に出した。リカルドが何? と問いかける。ジュリアの本当の目的が分かったのだ。

「彼女は、王妃になりたいんだ。ミケーレ君が国王で、ジュリアが王妃」

 リカルドはぎょっとする。

「何だって!?」

 実際にゲームのルートによっては、ミケーレはジュリアと結婚して国王になる。ミケーレ自身は母親が男爵家の人間で、王位継承順位は低い。だが侯爵家のジュリアと結婚することで、順位は上がる。王位に手が届くのだ。

「だからジュリアは城から、ミケーレ君の王位継承権破棄の書類を盗んだ。ミケーレ君が国王になるために」

 今までばらばらになっていたパズルのピースが、きれいにはまった。リカルドの顔色が悪くなる。

「すぐに城へ行って、国王陛下に報告しないといけない。いや、隊長に相談だ。王太子殿下の警護を厚くするべきだ」

 ミケーレが王となるのにじゃまなのは、彼の異母兄である王太子だ。ジュリアは、王太子に害をなすかもしれないのだ。

「ソフィア、急いで城に向かうぞ」

 リカルドはあせる。私はうなずいた。リカルドは玄関へ、足を進める。しかし急に立ち止まった。私は、彼の背中にぶつかりかけて驚く。リカルドの警戒の水位が上がっていく。

 玄関の向こうに、人の気配がある。しかも、ただものではない雰囲気だ。リカルドは静かに、剣を構えた。私も胸をどきどきさせながら、魔法の杖をにぎる。私たちが注視する中、扉がゆっくりと開いた。

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