因縁の怨念
魔王城の入り口でお化けに別れを告げた。
「ありがとうございました。デュラハン様」
「ああ、また暇になれば来るがいい。だが、お化けだからといってこっそり魔王城に入っては駄目だぞ」
魔王様が一人で寝られないとか言い出して面倒臭いから。
一緒に寝るとか言っていても、どうせ私は床の上で寝るのだ。大理石の床は硬い。絨毯ぐらい敷いて欲しい。枕がないと眠れない。首から上は無いのだが。
「これで心置きなく成仏出来ます」
……んん?
「成仏だと、何を言う。魔王様のために働くことこそ魔族の定めではないか」
それに成仏するにはまだまだ若そうだ。いや、成仏って年齢で決めるのだろうか。魔王様が決めるはずだ。……前にチラッとそんなことを言っていた。
だが……初対面のレディーに安易に年齢を聞くのは失礼だ。アンデットだから桁違いな年齢かもしれないし……。
「あはは。実はわたし、人間のお化けなのよ」
「――なんだと!」
人間のお化けだと――!
……すなわち、魔族の……敵になるの? いや、それとも味方? いや、人間が死んでお化けになると魔族になり人間の敵になるのって……どうだろう。「この裏切り者~」ってなりそうだ。
――ややこしいぞ、剣と魔法の世界の「お化け」の位置付け……。
「わたしは……魔族との戦いで敗れた勇者のお化けなの」
「勇者のお化けだと――!」
なるほどなるほど。だったら魔王様が怖がるのも理にかなっている。――ガチの敵同士だ。天敵だ。
「だが、いったい誰にやられたというのだ」
私も数多くの人間と戦ってきた。
――勇者や戦士を数多く葬り去ってきた――。魔王軍四天王の一人、宵闇のデュラハンとして。
ひょっとすると、その仕返し? 怨念? ジュゴン……? 呪怨? やっぱり……やばくない?
恥ずかしそうにモジモジしながら答えた。
「わたしは……魔王城を目指す途中で……底なし沼にハマってしまったの」
「――底なし沼だと!」
どこかで聞いた事があるぞ、そのドジっ子エピソード。底なし沼だって底があるぞ! じゃないと世界の裏側とツーツーだぞ!
底なし沼の罠……怖すぎる。近年、魔王城周辺の底なし沼はすべて埋められている。スライムたちが遊んでいてハマると危ないからだ。
ダメージを受ける毒沼も浄化され安全化されているのだ。石灰とかを巻いて浄化したのだ……。
「だが、仲間はどうしたのだ。その時に誰も助けてくれなかったのか」
罠にかかる勇者に呆れ果てたのか。それとも集団ドボンか。
「一人パーティーだったから……」
「……」
勇者一人なのを勇者パーティーと呼んでいいのだろうか。一人パーティーってなに。お一人様?
「大声で助けを求めたら近くのモンスターが助けてくれたかもしれないのに」
「嫌よ。敵に助けを乞うなんて勇者失格でしょ」
「う……うん」
失格なんだ……。勇者ってそれほどまで研ぎ澄まされた存在なんだ……。
勇者人気が下がる訳だ。そのうち勇者は3Kの職業になるかもしれない。キツイ、キタナイ、キケン。その代わりに魔王様の人気が上昇する。ラクチン、ウツクシイ、アンゼン。
魔王討伐を目指したのに底なし沼にハマって息絶えたのであれば……成仏できないのも頷けてしまう……。
「でも、今の魔王様のお陰で人と魔族との戦いも無くなり……安心しました」
――!
「ひょっとして……お前は」
スーっと浮かびあがっていくお化けの表情は月の優しい光に照らされ微笑んでいた。
「これからも……戦いの無い……平和な世の中を……守って下さいね」
「待て! 消えるな! 待って!」
「さようなら……」
消えていくその姿を銀色のガントレットで掴まえることが……できなかった。
「昨日は酷いじゃないですか。私だけ置いて瞬間移動で逃げるなんて」
何事もなかったかのように朝になり、玉座の間で魔王様にそうぼやいた。寝不足で大きなあくびが出てしまいそうだ。今日は早く寝よう。それか、倉庫にでも隠れてこっそり昼寝しよう。
「予は……逃げてなどおらぬ」
ふいっと顔を逸らす魔王様。嘘こけと言いたい。
だったら瞬間移動でどこへ行く用事があったというのだ。……違う階のトイレと言い出しそうで怖い。それほどまでに切羽詰まっていたのなら……仕方がないか。漏らすよりマシ……的な。厚手のローブは乾きにくいから毎日洗濯するのは大変なのだ。
だが無限の魔力をお持ちの魔王様がお化けの存在に気付かなかったりお化けを本当に怖がっていたりするのだろうか……。
「ひょっとして、魔王様はお化けの正体を知っていたのでございますか……」
魔王様は何も言わずに玉座から立ち上がられ窓際へとお歩みになった。
「予は言ったであろう。お化けって怖いと」
「はい」
魔王軍最強の騎士であっても……怖かった。ちょびっとだけ怖かった。ほんのちょっとだけ。
「この世は怖いものだらけなのだ。怖いものとは『知らないこと』なのだ」
「知らないこと……でございますか」
たしかにお化けの正体を知るまでは怖くてたまらなかった。
「ですが、他にも知らないことなど山のようにあります……」
女心とか……男心とか。
「過去も未来も現在をも全て知っているのであれば何も怖いものなど無くなるであろう。すなわち全知全能」
「全知全能って……神様ですか」
それとも……仏様?
「無限の魔力を持ってしても辿り着けぬ未知の領域ぞよ。怖いものも楽しみもない存在ぞよ」
「……」
私には無限の魔力どころか一握りの魔力すらない。騎士だから仕方ない。魔力が羨ましい。
「オーマイゴッドぞよ」
「……」
なんか悔しくて腹立たしいぞ。
「さらには、この世に信じられるものなど何一つないのだ。自分の目と耳で見聞きしたことですら、過去となれば確証は取れぬのだ」
――剣と魔法の世界であればなおさらなのだ。
「自分の目と耳で見聞きしたものですら過去になれば確証が取れないだなんて……」
――冷や汗が出ます。
「卿には、目も耳もないやん」
「――!」
それ言わないで~。私はアンデットでもお化けでもないのです。全身金属製鎧の……精霊なのです。たぶん。
「半分アンデットやん」
「や~め~て~!」
魔王様、お化けを怖がったら駄目です。……嫌われそうで怖いのです。シクシク。
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