魔王様、魔王様がお化けを怖がったらダメでしょう
「なぜだ!」
いつものように魔王様のお声が広い玉座の間に響き渡る。
……説明する必要はあるのだろうか。絢爛豪華な玉座の前で跪き答える。
「なぜだもなにも、魔王様がお化けを怖がってはいけません」
「シャーラップ! つまり、黙れデュラハン!」
「……」
つまり黙れデュラハンって……酷いぞ。和訳おかしいぞ。
「お化けって、滅茶苦茶怖いのだぞ! 成仏していない魂や怨念が可視化した状態ぞよ! 『お化けなんてないさ、お化けなんて嘘さ♪』なんて……本当のお化けの怖さを必死に誤魔化そうとしているのが見え見えぞよ――!」
玉座に座り熱弁される魔王様。両手が開いてワニワニしているところに事の重大さを感じる。
「……御意。お化け全否定でアップテンポな曲調が逆に怖いです」
歌の存在がお化けの存在を助長しています。
「ですが、魔王様がお化けを怖がってはいけません」
「なんで! デュラハンは鬼! つまり、デュラハン」
「……」
私は鬼ではない。首から上が無い全身金属製鎧のモンスターだ。穏便で心優しい紳士だ。怖そうなイメージなど微塵もないと自負している。
「絵的には怖い。危ない」
「御冗談を」
絵的にはってなんだ。それに、危ないは……酷いだろう。涙出そうになる。
「怖いものを怖いと言って何が悪いのだ。魔王とて怖いものの一つや二つはあってもよくない?」
玉座に座り自分の正当性を強く主張なさる魔王様は、まさに魔王様でいらっしゃる。
「よくありませぬ。なぜなら魔王軍全体の士気に関わります」
生活指導の強面の先生が、ゴキブリを見た瞬間にキャーキャー言っていたら、誰もその先生の言う事を聞かなくなるでしょう。
調理実習の授業中、まな板の上を走るゴキブリを素手で叩き潰すような先生がいたら、誰もが羨望の眼差しで見るだろう。
「魔王様がたかがお化けを怖がるなんて……魔王軍の笑い者です。あはは」
「あははと言うでない! 笑えもせずに笑い声を言うでない!」
「申し訳ございません」
玉座から立ち上がって怒り心頭の魔王様。どうやら本気でお化けがお怖いようだ。
「しかし魔王様、魔王軍にはたくさんのゾンビやグールなどのアンデットがおります。さらにはお化けのモンスターも大勢いるではございませぬか。魔王様ともあられるお方が配下であるお化けを怖がってどうするのですか」
お化けが魔王様より強い存在になってしまう。
魔王様の座は他の者には譲れない。絶対に――。お化けになんて、もってのほかだ。
「予は魔王軍のお化けが怖いと言っておるのではない」
「おっしゃっている意味が分かりません」
お化けはお化けだろう。
「昨日……出たのだ。魔王城にお化けが」
冷たい汗が背中を流れヒヤッとする。
「ですから……魔王軍のお化けでしょ」
「違うと言っておるだろっ!」
口から唾が飛び散る。勘弁してほしいぞ。飛んできそうだぞ。
「昨夜、夜中に尿意を催し、布団の中でじっと我慢しておったが……朝までもつかもたないかを考えると眠れなくなってしまい……。仕方なくトイレへと行ったのだ」
「……」
急に玉座の間が暗くなる。
怖い話を怖いシチュエーションで演出しないで欲しい。さらには前置きが長過ぎる。夜中にトイレへ行っただけでしょ。
「ヒュ~ポンポンポン」
「ドロドロドロドロ……って、声に出して言わないでください。怖い演出をしてもキャラ設定でぜんぜんホラーにはなりませんから……」
冷や汗が出る。玉座の間に青い人魂のような炎まで現れるのが……魔力の無駄遣いだ。触ると熱そうだ。ぬるいのかもしれない。青いから。
「トイレで用を足していると……急に後ろの大便器の扉がキーっと不気味な音を立てて少しだけ開き、中から……」
「中から……」
ごくりと唾を飲む。首から上は無いのだが喉がカラカラだ。
「手がにゅっと伸びて、女のお化けが出てきたのキャー!」
「キャー!」
魔王様のけたたましい悲鳴に驚いてしまったではないか~! 語尾キャーに!
さらには自分の声にまでビックリしてしまったではないか――。こういう時は両手で耳を塞いで叫びたいぞ。耳はないのだが。
「ビックリするじゃないですか! 急に大声出さないでください」
「それくらい怖かったのだ」
周りが明るくなり青い炎も姿を消す。回想シーン終わりのようだが……。
普通過ぎて鳥肌が立ちます。なんの捻りもございません――。
「いま魔王城内にお化けはいないはずなのだ。しかも四階の男子トイレ」
「……男子トイレに女のお化けが出るのはマズいですね」
間違えていますね。
だが……男子トイレと女子トイレのマークって……人型のモンスター以外には伝わりにくいからなあ……。スライムとかドラゴンとかの雄雌をイラストで書き表せと言われれば不可能だからなあ……。スライムやドラゴンは野ションでいいのだろうが……魔王城内ではそうはいかない。廊下がションベン臭くなる。
「でも、本当にそれお化けだったんですか」
どうせ寝ぼけて見間違えただけでしょう。それか、飲み過ぎて酔っ払ったサッキュバスが男子トイレで吐いていたってオチじゃないんですか。
「お化けだった! 卿は魔王である予が寝ぼけて魔族とお化けを見間違えたとでも申すのか!」
「……どうだろうなあ」
首を斜め四五度に傾ける。魔族とお化けって見間違えるうんぬんの問題なのかなあ。
「首をかしげるでない! そもそも卿には首ないやん」
テヘペロ。
「……申し訳ございません」
今度は頭を下げる。フッ、首から上は無いだが。
「ですが、ではいったいなぜ故に魔王様はその一瞬でその女がお化けだと分かったのですか」
「足がなかった。フワフワ浮いていた」
……。
「他には」
「白いスケスケの服を着ていた。髪は長めで美しい白い顔をしていた」
……。
スケスケの白い服で美しい顔って……駄目だぞ。人気を持っていかれてしまうぞ。
「怖いから……今晩だけ一緒に寝てくれ」
「よろこんで」
頬が緩んでしまう。首から上は無いのだが。
「ボーイズラブのフラグを立てておくべきだったでしょうか」
「そういう意味ではないぞよ。予の部屋で待機し、夜中にお化けの正体を確かめるだけだぞよ」
「はっ!」
つまらない仕事だが喜んでお受けいたしましょう。
見間違いだったという名のオチを私めが掴んで差し上げましょう。
読んでいただきありがとうございます!
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