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千年遊楽の終焉

作者: 水瀬タケル

桜の花びらが舞い散る庭を眺めながら、一人の二十歳になったばかりのような青年が酒を飲んでいた。青年の額には角があり、右側の角は根元から切断されたような跡がある。そして青年の右目は錦の布で覆い隠されていた。


彼の視線の先には一人の少女――十代後半ぐらい女の子――がおり、彼女は華やかな着物で身を包み、舞を披露していた。


その場所には青年と少女の二人しかおらず、異様とも思えるが、少女の舞が終わるまで終始、楽しそうな表情であった。


「呵々ッ! 愉快よのぉ。それでこそ拾い甲斐があったというものだ」

「ありがとうございます」


 少女はただ、嬉しそうに頭を垂れ、青年に感謝する。


「良い。大江山の騙し討ちから約千年。世も大きく変わったが女や酒、肴の質は驚くほど上がった」


 本当に楽しそうに言う有角の青年は酒をあおる。


「まぁ、一人で勝手に飲む酒はつまらん……こっちにこい」

「はい」


 テトテトと急ぎ足で青年のもとにきて徳利をもって酒を注ごうとするが、青年はそれを取り上げ、大盃に添えられている桃を少女の口に近づけ、食べさせようとする。


 少女はそれを嬉しそうに食す。はたから見れば手でペットに餌を与えているようにも見えてしまう。だが、青年はそうは思っておらず、少女が自分の手を使って食べるところを見て悦に浸っているだけ。


 少女もそれをわかっているが数年前に拾われて以来、食事は彼の手で食べさせてもらわなければ生活ができぬほど、彼の趣味嗜好に侵されていた。


「愛い奴よ。愚息の酒吞も欲張らなければ死なずに済んだものを……まぁ、よい。片角で生成できる生なりよ。替えはいくらでも利く」


 千年前に討たれた我が子に抱くのは失望。欲望に正直に生き、横道を行かぬ潔さはまだ許せる。だが、奴らには節操がなかった。それではただの犬畜生と変わらぬ。ゆえに討たれた同族を蔑み、軽蔑する。


 その苛立ちを感じとったのか、少女はじっと青年の顔を見る。


「うん? どうした」

「首魁様は、私のことも替えの聞くものと思っているのですか?」

「いや、我はそう思わなんだ」


 青年は右角の断面を触りながら、この千年間を振り返っていた。どの記憶も決していいものではない。だが、後悔もなかった。むしろ清々しいほどほかの鬼たちとは別の道を歩んでいたと自負できる。


「人は醜い。同族を騙し、争い、犯し、貪り食う。お前のように純粋な者の方が少ない。ゆえに我は人を嫌う。決して一人の命が軽いなど思ってはおらぬよ。それは汝もわかっていることであろう?」

「はい。要らぬ心配でした」

「呵々、良い。しかし――」


 その言葉の先を言おうとして、青年はふと、黙る。それを少女は察し、青年のそばに一層近寄る。

「誰だ――我の酒肴を邪魔する不届き者は……出てこい」


 怒気をまとった言霊は空間に亀裂を生み、そこから一人の少年が姿を現す。


「流石、西南護法を任された鬼、羅刹童子さん」

「貴様……何者だ?」


 青年――羅刹童子は目の前の少年に一種の恐怖を感じた。


 目の前にいるのは人間ではなくその形をした『ナニカ』であると。一体、何をすればこのような形になるのか。目の前の少年はそれほど異質な存在だった。


「俺? 審神者童子と名乗っておくよ」

「審神者? あぁ……お前が例の」


 数か月前にこの屋敷に届いた文にそのようなものが届いていたことは羅刹も知っているが、まさか、ここまで末恐ろしいものを宿しているとは思わなかった。


「あぁ、そろそろ答えを聞かないとまずいと思ってね」

「ああ。お前に従えば……」

「もちろん、今以上の生活を保障するし、あんたが抱いてるその女に憑いてる奴もどうにかできるよ」


 それを聞き、羅刹童子は懐から一つの枡を取り出して、少年に投げ渡す。それを確認した少年は嬉々とした表情で枡を懐にしまう。


「よし、契約は成立だ。幽世へようこそ。羅刹童子、そしてそれに付き従う遊女さん」


 少年は一拍手の元、羅刹の屋敷を飲み込むほどの球体を作り出し、飲み込む。


 そこにはすでに屋敷どころか山そのものが消え、そこに山があったことも人々の記憶から消えていたという。



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