98 不思議が当然、精霊ダンジョンってね
精霊文字の習得は困難を極めた。
まあ、言語とか論理とか、まともに成立していない。
もしかしたら、翻訳スキルがバグっているのかもしれない。
そんなのが、ずーっと続いて頭が痛くなってくる。
とにかく、通常の考え方や法則にそぐわない。
なので、長期間の洗脳教育を強いられた。
まともな人にはオススメ出来ない、それに――
「ドクター、だいじょうぶ?」
「だいじょばない。なぜ私は、あんな無駄な時間を……」
結局、私は覚える事が出来なかった。
VRの人格隔離システムを引用して、該当知識を引き出す魔道具を作らざるを得なかった。
一般知識に変換してくれるから、とっても精神的にヘルシーである。
知識の答え合わせとして、文献もいくつか借りたが、一つだけ目を引くものがあった。
浄化された魔力は、精霊の餌となる。
そして、清浄化された魔力が排出されて異界に送られるというもの。
複数の世界と繋がってると取れる内容で、繋がった世界のバランサーでもあるのだろう。
その途中で何者かに悪意を持って集められた精霊が、精霊の魂となっていたわけだね。
しかし、言語スキルがあるから精霊と会話出来ているけど、他の人にはどう聞こえているのだろう。
第三者から見たら、珍妙な言葉が私から聞こえている事になるのだろうか。
「よーし。アン、現地に連れてってくれよなー」
「わかったわ、着いてきなさい」
そして、空に飛んで行く。
変化した身体でジェットグライダーが使えるか不安だったが、問題無く飛べるようだった。
しばらく行くと、小型の惑星に着く。
まるで鉱山の入口のような、ぽっかりと開いた侵入口が目立つ。
それ以外は、岩でゴツゴツとした表面が覆っている。
「ここなの?」
「ここよ」
「ほかに、なにもないね」
「ここの最深部にあるのよ」
入って見ても、岩肌のトンネル。
高さも、横幅も5メートルくらいか。
まるで巨大なワームが、くり抜いたような大きな穴。
奥は真っ暗で、ただの洞窟にしか見えない。
「どう見ても、そんな重要そうな場所には見えないんですけど」
「そう言われても困るわ、あたしが作った場所じゃないもの」
そりゃそうか。
洞窟を進んで、一歩、二歩。
真っ暗でも問題ない、魔力濃度の差から壁が感知できている。
これなら、歩くのに支障が無い。
「あれ、アンは来ないの?」
「あたしは足手まといになるから、行かないわ」
足手まとい?
もしかして、動力魔法陣があるだけでは無いのか。
「それと忠告して置くけど、その洞窟は入るたびに構造が変わってるから地図が無いのよ」
「へー、すごいなー。どう思います、スラ子さん」
「きけんなかおり」
ですよね。
千回遊べそうな忠告をされても、こちらとしては困る。
前情報なし、新規で初回クリアが最低条件。
挑戦のチップは自分の命とか、やんなるね。
「それじゃ、頑張ってね。あたしは応援してるわ」
「行ってきます」
「またね」
ある程度進み、外の光が届かなくなるほど進んだころ。
私達は足を止めて、これからどうするかの相談中。
「さて、どうしようか」
「さきに、すすまないの」
「歩きながらでもいいか。スラ子、アンが見せてくれた魔法陣を投影出来る?」
「ほいっとにー」
ひゅーすとん。
器用にもスラ子の身体の一部を浮かせて、魔法陣を再現してくれた。
どこを修復するべきか、分かったうえで来ているから問題は無い、ように見える。
表面上は。
「精霊文字で書かれた魔法陣だけど、おかしな部分があるんだよね」
「よみとれたところ、なおすだけでしょ?」
最初は、その予定だった。
気付いたのは出発前。
「この部分の記述、に限った事でも無いか。組み合わせ次第で、いくつもの意味が読み取れる――」
「なにかくる」
説明を遮り、スラ子が前に出た。
奥から飛んであらわれたのは、石の、ガーゴイル?
そいつが一体だけ、空を飛んでこちらに向かってくる。
「えっ、何で?」
シャチホコだ!
シャチホコのゴーレムが飛んでくる。
「ドクター、さがってて」
はーい。
スラ子が前に歩いて行く。
構えも無く、ただ淡々と何事も無いように歩く姿は、圧倒的な強者感がある。
シャチホコは空気を食べながら、スラ子に襲い掛かる。
スラ子は焦らず、腕を前に出した。
ガツッと。
出された腕を思いっきり噛みつき、ちぎるために振り回そうとする直前。
「はあっ!」
爆発。
シャチホコは、元の形を残さず弾けた。
スラ子の腕も噛まれてはいるが、スライムに純粋な物理攻撃はほとんど通用しない。
「おわったよ!」
「お疲れさま。いやー、楽勝だったねー」
レベルが1からスタートでもなく、持ち込み厳禁な訳でも無い。
そういう意味ではヌルい条件かな。
「また、なにかつくったの?」
スラ子の戦いは、見るまでも無かった。
いや、横目では見ていたけど、負けるとは微塵も思わなかったし。
そこで、あぐらをかきながら錬成をしていたのである。
「ある程度の自衛手段を、ね? 簡易的に作ったにしては良く出来たよ」
バニーホークやフックストライクは、また調整する必要がある。
ツクモハンドガンの銃剣程度では近距離戦が不安だ。
そもそも、精霊の魂が無くなった私は今、戦闘面が弱い。
「名前はどうしようかなー、グロースバトンでいいか」
材料はトレントの枝と、電鉱石。
バトンの両端に加工した電鉱石を取り付けて、魔法の発動体に使える杖でもある。
「それじゃあ、ちょっとトワリングするよ」
長さは私の腕の長さ程。
前方でバトンを、壁を作るようにクルクル回す。
「コンタクト!」
呼びかけに応じ、バトンに魔力が通される。
回した前方空間に力場が発生して、円型シールドが展開された。
「スラ子、小石ぶつけてみて」
「どうぞ」
ひょいって投げられた石は力場にぶつかり、そのまま反射されて飛んで行く。
よし、安定してる。
これなら、破られたりする事も無いな。
次に一端を片手持ち。
裏拳を放つように壁に叩き付ける。
バヂィ!
ぶつけた壁を中心に、電気による火花が走る。
自傷なし、火力もそこそこで悪くない。
「次は、ちょっとおもしろいよ」
シャフトを持つ。
一歩、大きく踏み込んで上から降り下ろす、と同時に。
「グロース!」
シャフトが伸びて、地面を叩いた。
大体、三メートルくらいだろうか。
「シュリンク」
長さが元に戻った。
誤作動なし、素晴らしい。
空いた手で火の魔法を発動させてみる。
手の平から、握りこぶし程の火の玉が躍り出た。
流石エルフの身体、結構火力出るなあ。
同じ魔法を、バトンを通して発動。
魔力を多く吸わせ、魔法を凝縮させる。
電鉱石のボールを前方に向け、ショットするように。
「行け!」
私の頭くらいの大きさの火球が打ち出された。
洞窟の壁に当たった火球は物理的な破壊は出すことなく、そのまま消えていく。
「悪くないでしょう」
ぱちぱちぱち。
スラ子から拍手をもらった、ちょっと嬉しい。
「すごい! でも、たたかおうと、おもわないでね!」
「はい」
自衛は出来る、電流を走らせてスタンさせることも出来る。
でも、殺す気で戦うなら、一般人相手が精々だろうなあ。
そもそも、即席なだけあって常識的な性能なのが何とも。
大人しく、下がってツクモハンドを撃つしかないね。
「ところで、まほうじんが、どうのって?」
そうそう、説明途中だった。
どこまで説明したかな、結論だけでいいか。
「直して、魔法陣の再起動を掛ける。すると、私が犠牲になる記述が含まれてるって話」
「うん、あのせいれい、ころしにいこう」
「いやいや、まてまて」
話は最後まで聞いてくれないと。
本当に殺してほしいなら、その場で言うよ。
「正確には肉体が失われて、精霊に生まれ変わってしまう、かな。これも多分、アンの善意からの発言かなと」
「しんじゃうのに?」
「基本的な考えとして、精霊こそがあらゆるものの頂点という認識が文献から読み取れたかな。まあ、世界を維持するために動いているから間違いでは無いんだけど」
だから、その精霊に成りうるこのプロジェクトは私にとってプラスになる、と。
そういう意味で送り出したのだと思う。
「きけんなどうくつ、しんだらどうするつもりなの」
「多分、死んだら魔力をこの場所に食わせて動力源にでもするつもりだったんじゃあないかな。どっちでも良かったとか?」
「やっぱり、ころしにいこう」
「いやいや、まてまて」
そんな事をする必要は無いのだ。
ハンドジェスチャーを送って、これ以降は筆記で会話をする。
最初に魔力通話を聞かれていた以上、どこで聞き耳を立てているか分からないからね。
「そういえばスラ子、留守を任せていた間に他のミノタウロスは出なかったの?」
精霊文字を解読できたから、それを利用しようかと。
りよう? なにか、つかいみち、あったかな。
「うしさん、いたよ。でもスキルチップ、でなかった」
転移の反転術式で、元の世界に戻るのさ。
なるほど、ここで?
「あー、あれも相当なレアだからねー。インベントリにかなりの魔石が入っていたけど一つも出なかったかー」
いや、邪魔が入らないように、もう少し進んでからの方が良いかも。
安全に転移しようと思ったら、時間が掛かりそうだからね。
あれ……? ひつようまりょく、たりるの?
「つよくなるために、ませきたべたけど、よかったんだよね」
霧の魔力を使えないから足りない、そう思っていませんか。
じゃーん、精霊の魂を使います。
かえしたはずじゃ?
「いくつか残してもらえれば、全部食べても良かったんだけどね」
アンをオモチャにした時に体液を採取して錬成したのだよ、正確には水精の結晶体になるかな。
魔力蓄積量は精霊の魂ほどでは無いけど、これだけでも十分な魔力は捻出できる。
まあ、その魔力は今から充填する必要があるんだけどね。
「あんまりおいしくない、それにこうりつもわるかった」
そう、それじゃいこう。
そうだねー、その前に。
「そっかあ、おいしい物食べたくなって来たな。お菓子は、何かたべようか?」
「アップルパイ!」
スラ子をなだめるために、アンの事は悪く言わないようにしていたけど、言って無い事もある。
足手まといだから来ないと言っていたが、半分嘘だろう。
正常時の魔法陣を展開したのは分かる。
しかし、故障個所を示した魔法陣を見せてきたのだ。
どうにかして最深部に到達出来ていなければ、ありえない訳で。
本当に、ただ直してほしいなら。
その直通の裏道を教えたら良いだけの話。
そう考えると、このダンジョンに潜らせたことに何か理由があるのかもしれない。




