96 抜けたような空
「一応聞いておきますけど、家を元の場所に戻すのは無理ですよね?」
「家なんて、いくらでも建てられるでしょ? 気にする必要なんて無いじゃない」
これだよ。
家を建てるのは面倒なんだぞ!
「ドクター、こっちおわったよ」
「ありがと、これで全部終わりだね」
家の解体が終わり、ほとんどストレージに放り込んだ。
予定外だったのは、地下の植物工場が転移されてなかったくらい。
一仕事終えて、お茶を飲んで一服。
建てるのは時間が掛かったけど、壊すのは一瞬だなあ。
手元のメモを確認。
解体の際、いつの間にか家の中に隠ぺいされた術式が彫られていた。
六ケ所あり、頂点を線で結ぶと六芒星になる。
見たことも無い文字で綴られているが、多分これを解析出来れば転移術式が使えるはず。
しかし、これだけでは無理だろう。
せめて帰りの術式を組めるように応用できないと、一方通行の物にしかならない。
問題は、アンのミスで残った術式なのか、それともわざと残してくれたのか判断に困る事か。
徹底的にバレない様にする事も出来たはず。
もし、わざと残してくれていた場合聞くわけにもいかない。
直接言えない理由があるはずで……考えすぎかなー。
「それで、今いる場所って世界のどの辺りでしょうか」
「言ったじゃない、精霊界だって。そうね、強いて言うなら魔界の一部とも言えるかしら」
へえ、なるほど。
取りあえず、そういう物として覚えておこうか。
「魔界には生身で来れないって聞いたことが有るんですけど」
「事実、来てるでしょ。境界の間違いじゃないの?」
「ああ、聞き間違いだったかも知れないですね」
「境界なんて危ない場所、通る意味が無いんだから直接精霊界へ跳ぶに決まってるわ」
そんな、地上から月までが遠いからワープしたみたいに言われても。
あと、危ないのは境界だけだったのか。
「精霊って世界間を軽く移動する事ができるんですね」
境界空間を無傷で突破するには、静的な状態になる事で変化を止める。
そこから、放射物として魔界へシュートすると良いと書いてあったが。
せいてき放射物……いや、何も言うまい。
「大きな魔力が必要だけどね。すごいでしょ」
「ええ、とても」
転移術式の言及は無しか。
それはそれとして、この場所が境界では無いというのは間違いないだろう。
ストレージが開く事が出来たから。
ストレージは亜空間である境界を開いて、アイテムのやりとりを行う。
もしも境界内にいたなら、空間の連続性があるから開くことが出来ない。
逆に、他の世界にアイテムを放り込む事は出来るだろうけど、それはまた別の技術になるだろう。
まあ、そんな事はどうでもいい。
洞窟に来たらやる事は一つ。
「さて、それじゃあ水晶を掘ろうか」
「おー!」
「出発するんじゃなかったの?」
「目の前に良い物が掘れそうな鉱石があって、放っておくとかあり得ないでしょう」
腰を上げて、出発すると思った?
残念、素材集めの時間でした!
「うへへ、光る水晶につるはし当てたらビリビリきちゃう」
「びりびりクリスタルね、他の人も使うからあまり採らないように!」
「はーい」
つまり、大量の電鉱石だー。
メートル級の帯電水晶が、そこらの壁から顔を突き出している。
武器の属性付与の為には小石程度で十分な事を考えると、どれだけ美味しい鉱脈なのやら。
「どれくらい、ほるの?」
「うーん、全部かな」
「ちょっと! 今、掘ってる物で終わりにしなさい!」
ちっ、もうちょっとサービスしてくれても良いのに。
まあいいだろう、これなら他の場所も期待が出来る。
洞窟には他の影も無く、短い時間で出てこれた。
それはいい。
「地面、無いんですけど」
出口を境に地面が無く、下も上も空色が広がっていた。
遠くには空中に浮いている島が見えるが、下方に向かって山が伸びていたりと重力も怪しい。
「地面が無ければ、飛べばいいじゃない」
常に浮いてる精霊なら、気にする必要は無いのだろうなあ。
試しに小石を投げ落とす。
もしかしたら空気のある宇宙空間かもしれない。
今居る場所に引力があれば、石が引き戻されると思ったが。
「あの小石、どこまで落ちていくんだろう」
「スラ子、とべないよ?」
そのまま下に落ちて行った。
島が浮く原理がさっぱり分からない。
これが魔界か。
普通に呼吸が出来てるだけでも奇跡みたいなものだな。
もしかすると、遙か下には魔界の地面があるかも知れない。
「ほら、さっさと行くわよ!」
アンが飛んで行く。
すごいな、一切の配慮が無い。
「スラ子は私に張り付いてもらうしかないね、空は飛んで行くしかないか」
スラ子の分、重くなっているから方法は限られる。
海で使った揚力グライダーを元にした、ジェットグライダーで行こう。
見た目はランドセル。
そこに翼を生やして、風を噴射させたグライダーで空を飛ぶ。
魔力は適宜、ポーションを飲んで捻出するしかない。
洞窟周りを飛んで、念入りに確認中。
「不具合は起きてない?」
「だいじょうぶ、きちんとうごいてる」
空を飛ぶ気持ちよさを、感じ取る余裕は無い。
これが壊れてしまえば、行き先の分からない青空に落ちる。
最悪、スラ子を見捨てれば私ひとりで浮く事も出来るけど、そんな事はしたくない。
「それじゃあ、アンを追いかけようか」
空を飛んですぐ、違和感に気が付く。
太陽が無い、雲も無い、精霊ぜんぜん飛んでない。
月も無い、風も無い、お腹の音がぐーるぐる。
生ぬるい風呂に浸かっている感じ。
空間中の魔力が濃いから、そのせいだろうか。
だが魔法の霧の中にいた時とは違って、空気からねっとりとした肌触りが感じ取れる。
神秘的な雰囲気があまり感じられず、本能的な恐怖感に心がすくむ。
浮いてる島それぞれに精霊が居るのだろうけど、目に映る範囲からは気配が感じ取れない。
いつの間にか、隣にアンが飛んでいた。
「そんなに早く飛ばなくてもいいわよ、精霊界の空に速さはいらないから」
言われた通り、グライダーの出力を落とす。
しかし周りの景色の流れる速度は変わらない。
今までの知識が、まるで役に立たないね。
――私バカよね~、私バカよね~。
珍妙な音が、どこからともなく聞こえる。
それを聞いたアンが、少し焦った。
「私バカよねの二回だわ、急ぎましょ!」
お前は一体、何を言っているんだ?
いやまあ、多分時間を告げる何かだろうと推測は出来る。
出来るけど……意味不明すぎでは?
「ほら、掴まりなさい!」
その、ちっこい手に掴まっていいのか?
深く考えずに、言われた通り手をつまむ。
直後、景色の流れる速度が増した。
どうもペースを握られて、流されてる気持ちの悪さがある。
わざと考えさせない様にしている気がする。
「もうすぐ着くわ」
一直線に進む先、空に浮いたサイコロが目に入る。
近づくごとに大きくなり、一つの面が町ひとつ入る程の広さ。
見える面全てに、建造物が広がっていて見た目には活気がありそうなもの。
しかし、動く影が見られない。
道路の上を飛ぶ精霊がいても、おかしくないはずだけど。
そのまま一つの建物の前に降り立つ。
住宅街の中の一軒といった装いだが、それ以外変わったところが無い。
付近の家の壁や屋根は、カラフルで綺麗に塗られている。
アンに案内されるまま、建物に入る際にドアノブを握り、気が付く。
色々な寸法が人間サイズだ。
「ライト様、連れてきました!」
書斎で座り、本を読んでいた精霊がこちらを見る。
性別不明な人に見えるが、違う。
白い光を固めたような人、光の精霊だとすぐに分かった。
少し眩しいかも、だけど直視できないことも無い。
「どうも、シャガです」
「スラ子だよ」
挨拶は大事。
スラ子も私の横に立ち、礼をする。
光の精霊は立ち上がり、口を開かずにこちらに近づく。
そして、私の胸に手を当てて何やら考え事をしていた。
私を見て一言。
「精霊の魂を返せ」
はい。いや、はいじゃないが。
文章を短くすればいいって訳じゃあ無いんだぞ。
「アン、通訳してくれない? 何が言いたいのか、さっぱりなんだけど」
直接聞かなかったのは、怒ってる気がしたから。
こういう時は、こじれないように第三者を挟みたい。
「あんたの胸の中、特別な魔力がこもった物体、あるでしょ」
「ええ、まあ」
魔力の欠片と一応名付けていた物。
便利に使わせてもらっていたけど。
「それ、精霊界から盗まれた精霊の魂なのよ。どうやったのか、圧縮されて塊になってるけどね」
なるほど、だから「精霊の魂を返せ」なわけね。
まあ、返しても良いとは思うけど。
「それって、私に死んで欲しいという発言だと受け取っていいのでしょうか」
私の身体を維持する核にもなっている、が。
人体を作る練度が低い時の名残で、今は十分な材料もあって、核無しで身体を作れる。
だから精霊の魂は返せる。
しかし、返そうと思えるかどうかは答え次第かな。
「殺してでも。だが、選択肢がある」
ふむん。
殺すと発言したのは、選択先に誘導するための脅しか?
アンも、私の胸に精霊の魂が入っていた事をどこかで知っていたような説明の仕方だったね。
「アン、説明を」
おい、そこで説明を投げるな。
こういう時は責任者っぽく出てきたライトが言う事で重みが出るのに。
「そこで、前にあたしが言ってた、錬金術で精霊界を救って欲しいって話に繋がるのよ」
んー? この話、アン側から見たら善意の提案だったのか?
私からすれば、面倒なタダ働きにしか聞こえなかったけど。
「それで、その内容って?」
「精霊たちの秘密にかかわる事だから、引き受けてくれるなら教えてあげるわ」
それ、説明になって無いですよね?
あえて内容を告げないで、やるかどうか聞いて来るの、引っかかるんだよなあ。
交渉と言うにはズレてるんだよね。
「すみません、三日考えさせてください」
「許可する」
「ありがとうございます」
即答だった。
いいのかそれで。
とりあえず家から出てすぐ、アンが不思議な顔で聞いてきた。
「ちょっと、どういうつもりかしら。時間を引き延ばしても条件は変わらないわよ!」
おいこら、微妙に本性を現すんじゃあないよ。
それでも引き延ばしに応えてくれるのは優しさを感じる。
「つまり、精霊の魂を返せば良いんでしょう?」




