95 精霊の罠!?
お菓子の材料を補充した。
ついでに、アンが相当な量のミルクを飲んでいた。
陽は落ち、窓の外は暗くなっている。
事の後、ベッドの上。
アンは私の胸を絞る様に抱き着き、吸い付いたまま寝ている。
ある程度大きければ人間の赤ちゃんに見えるだろうけど、小さくてそうは見えない。
吸精ヒルかな? もしくはバストハガーという新種の生き物かも、ありえん。
身体をつまんで引っ張っても剥がれそうに無い。
これで寝ているのだから、大したものだ。
髪がまるで水のようだと思っていたけど、触ってみたら水そのものなんだよね。
しかし、精霊は生き物としては異質だなあ。
サイズ比を考えたら、どう考えても死ぬのに受け入れられた。
今まで非貫通は使った事が無かったけど、これはハマるわ。
このアイデアを捨ておくのは勿体ない。
コストは高くなるけど、魔道具にしてしまおう。
膨張率を感知して圧搾率を変化させるとか。
声を入れたり、粘液を発生させる機能も付けよう。
好感度によって動きを変えるか?
時間を掛けてあげれば、甘い声でおねだりするように。
いきなり使えばキツく、悲鳴と絶望が感じられるように。
服を着るのも後回しに、メモ帳に仕様を記していく。
ゴーレムとして作った方が自然な出来になるな。
素材は家の外壁に使ったシリコンゴムを調整しよう。
人肌の柔らかさに近づけるのは、また今度。
問題は、ボイスサンプリングの量は相当な数を用意しないと飽きてしまう点か。
これは今後、ゆっくりと集めて行こう。
一応、魔法で作った音声でも出来なくは無い。
でもそれだと、感情が乗らないから無しで。
……? あと何か忘れてるような。
そうそう、吸精ヒル。
これなら習作として丁度いい。
三点責めが出来るように吸着力をつけて、後はヒルらしさか。
蠕動運動させて、私がいつも吸い出されてる時の感覚を再現したらいいね。
「くひひっ、うぃっひっひ」
「うわっ、はだか。きもちわるい」
いつの間にか、スラ子が部屋に入って来ていた。
本当に、あっさりとオークを撃退したようだ。
笑い声が気持ち悪いならともかく、裸が気持ち悪いとは。
言い間違いだろうけど。
「おかえり、スラ子」
「ただいま。ずっとみてたけど、アンはだいじょうぶ? こわれてない?」
物みたいに言うね。
そりゃあ、見た目にはボッコリとすごい事になっていたけど。
「生きてるから大丈夫だよ、それより身体洗ったらご飯食べるけど、何が良い?」
「なんでもいい」
でたわね。
何でもいいって言われるの、悩むんだよなあ。
「えー、それじゃあどうしようかなー。ジャガイモを皮ごと半分に割って、くり抜いて。ペンネ、エビ、キノコとホワイトソースを詰めたグラタンを作ろうか」
「ざいりょうだして、まってる」
「りょーかい、すぐ行くよ」
「中々いい出来になったね」
「おいふぃ」
食べながら喋るんじゃあないよ。
いや、口を開けずに話が出来てるからセーフなのか?
美味しいけど、グラタン一個あたりの満足感がちょっと薄いかも。
これならドリアみたいにしても良かったかなー。
「これが中々ですって? あんた達、貴族のお忍びで暮らしてるの?」
アンが、コンソメスープを口にしながら聞いてきた。
小さな体格に見合った食器も用意しておいた。
日用品くらい錬金術で作れるけど、ここで暮らすなら出来るだけ私に頼らないでほしい。
それに貴族って、そんなわけが。
あ、つい食生活レベルを維持してしまった。
一度美味しい物を出したら期待されてしまう、これは良くない。
「私は一般人ですよ、調理もそれほど難しいものは無かったでしょう」
材料は品種改良してあるけど。
そんなところまでアピールするつもりは無いが。
「アンさんも今後、同じ食事を共にするなら何か仕事してもらいますよ?」
人手は多い方が良い。
人件費が掛からないなら猶更。
うまかろう、安かろうっていう精神で。
「仕事、ね。シャガは仕事しないのかしら」
「……人間、生きる事が仕事でしょう」
詭弁である。
絶対に働きたくないでござる。
実際、好きな事しながら美味い飯食べて過ごして、何の不満が有ろうか。いや、ない。
「まだ子供なのに、年寄りみたいな事を言ってるんじゃないわよ」
「スラ子さんや、わしのグラタンはどこに行ったかいのう」
「おばあちゃん、いまたべてるでしょ」
ほえほえ~。
焦げ目の付いた粉チーズが、良いアクセントになってるわ。
「決まった仕事が無いのなら、精霊アンダインとして、お仕事を依頼するわね」
あっ。
アンが残った理由はギルドでは無く、精霊としての依頼か。
これはこれで面倒な臭いがする。
「嫌です!」
「精霊からの頼みよ? 誇りに思いなさい」
「いーやーでーすー!」
「急に子供っぽくならないでよ、どういうつもり?」
だって、何故精霊が上位存在を気取っているのか説明が無いじゃん。
座敷童みたいに、いるだけでプラスになるなら兎も角。
「ギルドの依頼なら通す、個人の依頼も通す、アンの依頼は通さない」
「おかねない、せいれい! いじきたない、せいれい!」
「とまあ、冗談はともかく。受けるメリットが無いから受けたくないだけです」
ここまで言えば、ぽろっと良い物くれるはず。
水の精霊石とかくれないかな。
「ふん、お金ならあるわよ。それよりも良い物を用意してあるわ」
おっ、やるじゃん。
ちょっとワクワクしてきたかも。
「あたしと召喚契約を結んであげるわ! すごいでしょ!」
それを理解した私は、手で顔を覆いテーブルに突っ伏す。
本気で言ってるのかな? 言ってるんだろうなあ。
「何よその態度! 嬉しいでしょう? 精霊との召喚契約なんて、ほとんど実例は無いんだからね。皆が羨むわよ」
嬉しくない。
別に社会的称賛とか、いらないです。
ちやほやされて、うれぴーと思えるほど心が若くないんだよね。
いや、若さは関係ないか。
そうか、子供だと思われてるのか。
うーん、辺境へ爪弾きにされた可哀相な子供に見えたとか?
こういう時は欲しい物を直接言うべきだな。
「えっと、ですね。報酬は、アンさんが生成した精霊石でお願いします。召喚契約なんていりません」
一体契約したら、雪崩式に他の精霊が寄って来そうだし。
全属性と契約した後、世界を破壊する闇の何かに対抗するため、光の試練を受けろとか言われそう。
そんな永遠と絆の冒険譚に耐えられるメンタリティは持ってない。
「あら、その程度でいいの? まあいいわ、それでやってもらう仕事だけどね」
仕事を断る選択肢は無い。
というか、この手のタイプは断ってもしつこく迫ってくる。
それに、精霊に恩を売るのは悪くない。
悪い事の片棒を担がされることも無いだろうし。
アンの仕事を渋っていたのは、ギルドを隠れみのにして近づいてきた胡散臭さのせいだよ。
「ちょっと、精霊界を救ってほしいのよ」
「お断りします」
「さっきまで受けてくれるって言ったじゃない! 嘘つき!」
「嘘つきでも、私は一向に構わんッ!」
なんだよ、ちょっと精霊界を救えって。
コンビニ行って酒買って来いみたいに言うなよ。
「そんなに難しくないのよ、シャガは魔力が見えるでしょ? 浄化しきれてない魔力を、錬金術でちょちょーいってしてくれるだけでいいから」
「えー? すぐに終わるの?」
「大丈夫よ、うん。大丈夫よ」
二回も言うな。
ちゃんと言い訳しろ。
「それに、もう手遅れだから」
はっ!?
こいつまさか。
「スラ子、状況は」
「ほかのスライムと、リンクがきれた」
晩御飯を食べた後。
窓の外が暗かったから外の景色は分からなかった。
さっきまでは。
今は窓から岩肌と光る水晶が見えて、洞窟内にいるように感じさせる。
家ごと転移ですか、たいしたものですね。
それにしても交渉の途中だと言うのにこんな無茶をするとは、図々しいと言うほかはない。
「あかりも、きれたね」
魔力変換装置の原料である霧が補充されなくなって、インフラが止まった。
窓から、発光水晶の明かりが差しこむのみ。
魔力切れが早すぎる。
転移のエネルギーに利用されたか?
「やってくれたなー。仕方ない、切り替えていこう」
「やってくれる気になってくれたかしら?」
「報酬、上乗せして貰いますからね」
まずやる事は、出発前に家の解体からかな。
これから何が必要になるか、分かったものでは無い。
もしかして、身体を使わせてもらった事で根に持ったのだろうか。
ミルク飲みたいからって許可したのはアンの方なのにね、おかしいね。
まあその、無理とか許してとか聞こえた気がしたけど。
話の強引さから察すると、やっぱり怒ってるのかもなー。




