94 卑しさの代償
「世話になったな」
「道中、お気をつけて」
ヴォートが準備を終えて、これから帰る所。
後はアンを待つだけ、なのだけど。
「それにしてもアンさん遅いですねー、呼びに行って来ましょうか?」
「いい加減な所もあるが、仕事は真面目な奴だ。定刻通りに来る」
「ありゃ、付き合いは長いので?」
「よく“死体漁り”に付き合わされているからな、森の捜索はエルフと精霊の仕事だ」
死体漁り。
恐らくは亡くなられた方の、ギルド証の回収の事だろう。
まあ、五年もこの場所から動かなければ死んだと思われても仕方ないか。
それにしてもエルフの仕事、ねえ。
「偏見になりますけど、エルフの方々って森に引きこもっているものだと思っていました」
エルフのプレイヤーが多くいた光景を知っている私には、特に違和感は無い。
しかし、エルフは基本的に自然と暮らし、あまり人とは接触しないとか。
森の中の魔力がエルフに馴染みやすいとか、そんな理由なのだろう。
「引きこもりとは面白い言い回しだな、その認識で間違いない。だが――」
懐からロケットペンダントを取り出して中を眺める。
ロニアさんの絵姿が入っているのかな。
「ロニアの為なら、森にこだわる必要は無い」
「おお、格好いい」
ロニア一筋! って感じですねー。
いやあ、そんな人を寝取るなんて申し訳ない。
寝ただけで、取っては無いか。
「そうだ、この剣に名はあるのか?」
ヴォートが腰の剣に手を当てる。
名前かあ、決めてなかったなー。
「クリティアス、でどうでしょう」
「覚えておこう」
もっと、別の名前にすれば良かったかな。
エルフの剣士に持たせるなら、もっとこうバーサーカー何とか、いや違うな。
まあいいか、それほど悪い名前でも無いだろう。
「剣を貰っておいて何だが、ここで鉱石の調達なんて出来ないだろう。こんなに使って良かったのか?」
剣には結構な量の高級金属を使ってある。
鉱脈がある訳でも無く、消費するだけのようにも見えるだろう。
「土と植物と魔力があれば、錬金術で作れるからいいんですよ」
「そういう物か」
本当は、そういう物では無い。
魔力を湯水のように使って、何段階も手順を踏んで原子転換していくのは時間がかかる。
あくまでも出来なくは無い、程度。
それも、今の環境下だけの特別なものだ。
「それと、だな。夜は声を抑えた方がいい」
ヴォートはエルフの耳から、何かを追い出すように擦っている。
夜?
まさか聞こえてたのか、昨日の催眠オ――
「きた」
スラ子の通知システム。
その後、すぐにアンさんが玄関から。
ではなく、窓から出てきた。
「ちょっと! 精霊用の扉を付けときなさいよね!」
ああ、玄関を開けられなかったのか。
精霊なんだから、壁を抜けたらいいのに。
「ごめんなさい、気がつきませんでした」
「まあいいわ、この子があたしの使い魔よ」
にゃーん。
窓から出てきたのはアンだけでは無い。
猫が何故? と思ったけど、使い魔さんでしたか。
「ケット・シーの……名前はまた今度で良いかニャ、アン殿に呼ばれて飛び出たニャ」
取りあえず、自己紹介。
この猫の妖精が私の所に残るのか。
ただの猫にしか見えないけど。
「それじゃ、出発するぞ」
地面に置いていた荷物を担ぎ、ヴォートは返事も待たずに歩き出す。
アンさんはそれに続き――
「行ってらっしゃい!」
「ばいばーい」
「行ってくるニャ!」
ケット・シーがヴォートを追いかけた。
彼に追いつくと肩に飛び乗り、速度を上げて去って行く。
アンは私の横で、ふわふわと浮きつつヴォート達を見送っている。
スラ子も、大きく手を振っていた。
はあ!?
「あの、アンさん?」
「さて、家に戻りましょうか」
お前の家じゃねーよ。
猫を残すんじゃあないのか。
にゃんにゃんしたかったのに!
「説明してくれないので?」
「何か説明する事があったかしら?」
「ケット・シーを残してくれる予定でしたよね」
「ああ、その事。あたしが残る事にしたわ、ギルドにも許可は取ったから安心なさい」
はあ。
安心とは?
「スラ子は聞いてたの?」
「しらない」
じゃあ、急に決めた事か。
これ、ギルドの要請なのか、独断で決めたかで対応が変わるな。
その辺りのお話は、お菓子でもつまみながら聞こう。
「思っていたけど、シャガって紅茶淹れるのヘタよね」
ガラスポットに注いだ茶葉が開き、紅色に染めていく。
紅茶の淹れ方かあ。
「熱湯のお湯を入れたら同じでは?」
アンは冷めた目で見て来る。
えー、そんなに今の答えは駄目だったの?
いやまあ、少しは知ってはいるよ。
水に含まれた空気が抜けない様に、沸騰させてないお湯を使うとか。
カップを温めてから淹れるとか、そういう事でしょう?
「今度から、あたしが淹れようかしら」
「お願いします」
こだわりたくなる程、美味しい紅茶を飲んだことが無いからなあ。
しかし、文句があるから自分でやるって、中々に人が出来てらっしゃる。
「ドクター、きょうのおやつは?」
「ホワイトチョコのプレッツェルを、一口サイズのハート型にしたものだよ」
「おいしそう! それでは頂くわね!」
文字通り、飛びついてきそうなアンを手で止める。
弾かれてお預けをされ、不機嫌そうな表情を隠さない。
「その前に、先ほどのお話を進めましょうか。あ、スラ子は食べていいよ」
「わーい」
「ちょっと! あたしの分は残しなさいよ!」
食べきってしまうのは、貴方だけです。
さて。
話を始めようとした隣で、スラ子が良い音をパリパリ鳴らしている。
食べながらにすれば良かった……。
こら、精霊が血走った目でスラ子を睨むんじゃあないよ。
「私も、お菓子食べたいのでさっさと話を終わらせましょう。ずばり! アンさんが残った理由とは?」
「ここを開拓地に出来るかの選定よ」
「よし終わり! それじゃあ食べましょうか」
その後は誰も喋ることなく、山盛りのお菓子を減らしていく。
開拓地かあ、本当に出来るのだろうか?
疑問に思う理由はいくつかあるけど、これだけは言える。
この精霊、お菓子を食べたかったから残っただろ!
お菓子の山も、後半分と言った所。
(ドクター。まだとおいけど、オークがいっぱいくる)
わざわざ魔力通話とか、アンに聞かれたくない内容なのだろうか?
私も合わせる。
(数と方向は)
(さんけた、ぜんほうい)
(話は通じそう?)
(むりだった、まるであやつられてるみたい)
多分、定点狩りペナルティ。
狩場の独占を防ぐため、通常湧きが消えて断続的に魔物が襲ってくる。
最初は警告、始まったら回数を重ねる度、徐々に難しくなっていく。
防衛ゲームとして遊べる仕様とか言われてたな。
素材と経験値が露骨にマズくなる補正をかけていたから、効率プレイヤ―には不評だったけど。
最初の警告にあたるのは……ミノタウロスだろうか?
どうにも場違いな魔物だと思っていた。
(これ、今まで合計して何回目?)
(10かいめ……だったとおもう)
五年で10ウェーブ? 少ないな。
元は二時間に1ウェーブだったものが、一年で2ウェーブくらいか。
ミノタウロスが来たのが半年くらい経ってからだったかな?
実際は、もっと遅いペースかも。
この時間間隔の比率は、全てに当てはまらないとは思う。
だけど、魔物のフィールド湧きが少ない理由の一つとして考えても良いだろう。
何故少ないか、までは分からないけど。
狩りの効率が悪いから、戦闘職は強くなるまでに相当な時間が掛かるね。
(殲滅できる?)
(よゆう)
(十匹ほど。いや、すぐに倒せる数を家の周りに寄越して)
(いいの?)
(アンさんに、ここが安全じゃあ無いと伝えるには、それくらいしないと納得しないでしょう)
開拓村が出来たとして、防衛力がつくまで付き合い続ける理由が無い。
ここはひとつ、危険で開拓には向かない事を教えておこう。
更に人が増えたら敵戦力が増えて守り切れず、家を捨てる必要があると伝えれば納得できるように。
「アンさん、開拓地の選定理由をそろそろ教えてもらっても良いでしょうか」
「そんなのどうでもいいじゃない」
「え?」
「もうすぐオークが来るんでしょ? 今後も来るなら開拓は無理ね」
スラ子と顔を見合わせる。
声には出して、いないよね?
「意外だった? 暗号化もしてない魔力なんて、あたしには筒抜けよ」
あらら。
暗号化かあ、気にした事も無かった。
なーんて、どうせ暗号化しても分かるから教えてくれたのだろう。
まいったねー、よっぽどな相手でも無い限りバレないから良いんだけど。
アンが錬金術ギルドの関係者だから、色々な事を隠す必要があるんだよね。
何もかも、包み隠さず話したら無茶な要求が飛んでくるだろう。
それだけは避けたい。
「それなら、それこそアンさんが残る必要が無いのでは」
正直に言ってしまえば、邪魔。
帰って欲しい。
「いやよ、こーんな美味しい物、他じゃ味わえないもの! 絶対帰らないわ!」
……。
いいよね?
「スラ子、オークは全部倒しちゃっていいよ」
「わかった」
「アンさん、お菓子の材料を補充するの、手伝って貰ってもいいですか?」
「仕方ないわね、手伝ってあげるわ」
向かう先は寝室。
そんなに欲しいなら、代価を頂かないとね。




