93 信じてもらうのは、とても難しいこと
「はひぃ、あふぅ……はーっ、ありがとう、ございましたあ」
疲れた。
体力面は全然だけど精神的に、すっごい疲れた。
「大分慣れてきたようだな」
殺されそうになっても、身体がビビらないようになってきた。
これで、何かあっても足手まといにはならないだろう。
だからといって、進んで危険に首は突っ込みたくないが。
「お前、冒険者にならないのか? その反骨心があれば、すぐに成長出来るはずだが」
「いいえ。私、これでも錬金術士が楽しくてやってますから」
「そうか、それは残念だ」
すみません、私これ以上成長出来ないんですよ。
精神面はともかく、肉体的成長が見込めないのに冒険者なんてやってられない。
そもそも、あまり強くなりたくない。
平和に生きていた人間が、この世界に来てから、短期間でこれだけ面倒が舞い込めば流石に分かる。
恐らく、私が強くなればなるほど、立ちふさがる壁も高くなるはず。
もし越えられないなら、その時考えれば良いだけの話だ。
「汗を流した後、どんな剣を作るか伺いますね。一緒にシャワー浴びますか?」
「いや……先に浴びて来ると良い」
あらら、残念。
洗って貰おうと思ったのに。
ぼそっと、スラ子からの突っ込みが入る。
「ほんとうは、メスおちしてるよね?」
「……してない、冗談に決まってるじゃあナイデスカ」
ごつごつした指で触られるのが気持ちいいだけだから。
他意は無いから。
「さてと、それじゃあどんな剣を作りましょうか」
重り付きの棒をヴォートに渡し、武器の重心をどこに取るか確認中。
ついでに素振りを始めたヴォートは、質問の意味を図りかねて手を止めた。
「どんな、と言われてもな。剣など、どれも同じような物だろう」
「まっさかーり担いだ金五郎でしょ、一流の錬金術士を舐めないでください」
舐めるのは気持ちいい所で十分。
あ、今日のおやつはイチゴソースのソフトクリームにしよう。
「きん……? 折られたブロードソードの繋ぎになる剣で良い。最悪、短剣でも構わん」
満足な出来でない場合は、外で木の棒を拾うとまで言われてしまった。
ハードルが低い。
「それに、お前は鍛冶師では無いだろう。鍛造品でない剣は頼りにならない」
まあ、鍛冶屋の仕事が錬金術士に務まらないのは事実。
錬成品でも品質は上げられるけど、説明する必要は無いかな。
「柄を押したら刃が飛ぶようにしますか? 喋る剣でもいいですよ」
「ははっ、そりゃあいい。では伝説のドラゴンも切れる剣を作ってもらおうか」
おや、ドラゴンキラーをお望みで。
ドラゴンが伝説とされてるこの世界でも、竜殺しの武器は需要があった。
ワイバーンを始めとする亜竜、翼竜に特効があるので上級冒険者は一本は欲しい品、らしい。
剣が届かない? 剣圧を飛ばしたり、ジャンプして翼竜と同じ高さまで跳べるレベルの話ですよ。
ヴォートが強いのは直感的に分かったが、果たしてそのレベルに到達しているのかどうか。
どっちでもいいか。
しかし、このエルフ随分と血の気が多いね。
個人差があるのは分かるけど、人里に降りてるエルフは変わり者しかいないの?
「それじゃあ作りますので、何かあったら呼んでください」
「ああ」
さて、ところ変わって研究室。
竜特効武器の条件は二つ。
硬い鱗に負けない火力、それと竜種の魔力が持つ硬化能力を無効化できること。
今回、属性に関しては無視する。
今から作る剣に、必要な能力は分かりやすい。
折れない硬さ、竜魔力の中和能力。
後は自由。
自由に作れるって素晴らしい。
必要魔力を踏み倒せて素材も使い放題なんて、こんな機会そうそうないからなあ。
「どんな機能を付けようかなー。血を吸う妖剣もいいし、金貨を消費する大富豪アタックもいい」
「ふつうに、つくったら?」
「普通かあ」
つまらない、つまらないけど。
基本は大事だよね。
いっちょやってみっか!
破竜石を鋼に添加することで、魔力を中和・拡散する心金に。
心金を覆う、刃となる部分としてオレイカルコスにクロムとモリブデンを加えて合金に。
出来た剣はメタリックレッドの光沢を放ち、余計な装飾は一切ない。
そんな、普通のブロードソードを作ったはずだったのだが。
「うん、これは普通だな!」
幅広の片手直剣は私には重くて、片手では振るうことが出来ない。
少々不格好だけど、短い柄を両手で握る。
うん。少女の私が使う分には、手が小さくて両手剣の様に扱えるから丁度いい。
適当に作った、鉄のプレートメイルを袈裟切り。
すると、まるで豆腐のようにスッパリと両断されてしまった。
ブロードソードは幅が広いが、用途としてはレイピアの延長になる。
刺突も試したら、まるで豆腐のように刺し貫いていく。
どんだけ豆腐なんだよ!
鉄は豆腐、証明終了。
「ふつうっていみ、しらべたほうがいい」
失礼な、普通の意味くらい知ってるよ。
普通とは。広く一般に通じること、または通じさせること。
一般的な辞書より引用。
「つまり、どんな相手も切れるって事でしょう」
「ちがう、そうじゃない」
「いやいや、そうじゃあ無いと汎用的な使い方が出来ないでしょう」
「それは、そうだけど……?」
よし、誤魔化せたぞ。私の勝ちだ。
実際問題、竜種にしか使えない剣なんて馬鹿げてる。
せっかくだから、私は赤の剣を作ったぜ!
切れ味の肝は、魔力の拡散。
鞘は、魔力干渉が極めて低いアダマンタイトを使えば裂けたりしないだろう。
さて。
ヴォートの肩の上に居たソレ。
途中から見えない所で、家の中を勝手に物色して周っていたソレ。
そして、近くで剣を錬成していたところを見ているソレ。
「これで満足でしょうか、水精さん」
剣の切っ先を水精に向けて、呼びかける。
ハエの様に飛び回っていた水精は驚き、一瞬止まった後、机に降り立った。
ゆったりと、それでいて威厳のある立ち振る舞い。
手のひらサイズの水の精霊。
髪は水そのもので出来ているけど、身体は人と同じように見える。
裸で飛んで見せつけるのはやめてほしい、ボコォしたくなるから。
「気付いていたの?」
えー、その質問はつまり、認識阻害か何かをしていたって事か。
見えていた理由は、魔力感知能力かな?
放置していたから、気が付いて無いと思われたみたいだね。
「バッチリ見えてましたよ」
大事な所が。
「スラ子も、みえてた」
ねっ、見えてたよね。
スラ子に目をやると、うんうんと頷いてくれた。
「それで、ヴォートに付いてきた理由は錬金ギルドの使いだから、ですよね?」
「そこまで分かっているなら話が早いわ。あたしはアンダイン、特別にアンと呼ばせてあげる」
こちら二人も自己紹介。
偉そうなのは、精霊が人よりも上位であると自負しているからだろうか。
そんな彼女が何故、錬金術ギルドの使いをしているのか。
錬金術ギルドの使いだと思ったのは単純で。
スラ子が監視していた範囲ではあるものの、私の錬成品だけを見て回っていたから。
もし泥棒なら、もっと金目の物を狙うだろう。
「それで、私がシャガ本人である事は確認が取れましたか?」
ギルドに出頭してくれと言われたのも、私の本人確認の為。
アンがギルドに証明してくれるなら、わざわざ私が行くまでも無いだろう。
「えーと、そうね。ギルド証である腕輪も、魔力も本人。ヴォートも帰らせるわ……だけど」
「だけど?」
「ギルドに来ないなら、念の為に使い魔を監視に残すけど。それでもいいのならってところかしらね」
へえ、その場の判断で決められるほどの権限がある方なのか。
ギルド内の立場も偉い水精さんなのかな?
「構いませんよ、怪しい物を取り扱っている訳では無いですから」
「そう、出発するときに出すわね。ギルドとの打ち合わせもしなきゃならないの」
「どーぞどーぞ」
多分、携帯用通信機でも持ってきているのだろう。
それじゃあ、ヴォートに剣を渡しに行こうか。
鞘に収めて踵を返すと、声を掛けられた。
「ねえ、シャガ」
「何でしょう」
「さっき食べた、おいしいあれ。また頂戴?」
お菓子かあ。
やっぱり魔力に近しい存在だと、とても美味しく感じるのだろうか。
「リビングに出しておくので、無くなったらおかわりを出しますよ」
「ありがとう! ずっと気になってたのよね!」
と言った、やり取りがあり。
ミルククリームサンドビスケットを、大皿一杯に盛っておいた。
大量に作れて楽だし、すぐに無くなる事も無いはず。
さあ、今度こそ行こうか。
「ドクターは、あまい」
「どっちの意味で?」
「あのていどのビスケット、すぐになくなる」
「いやいや。はははっ、ありえないって」
そんな卑しい真似を、水精がするわけがない。
盛られたお菓子を食べすぎて気まずくなるなんて、私でも子供の頃以来やったことが無い。
ましてや立場のある、偉そうにしていた水精がですよ、ないない。
「ヴォートさーん、出来たので試し切りして、くーださい」
「随分早いな」
鞘ごと渡し、腰に下げてもらう。
剣を引き抜くと片足を前に出し、片手で正眼に構える。
その姿は、とても様になっていた。
メタリックレッドのブロードソードは、まるで牙。
「美しい、重さも問題無い。しかし、こんな物で切れるのか?」
どう見ても鉄では無い。
いやまあ、鉄じゃあ無いんだけど。
脆い工芸品のように見えても、おかしくは無いか。
「まあまあ、だから試し切りをお願いしてるじゃあないですか」
そこで私が手に持っていた、割る前の薪をヴォートに放り投げる。
放物線を描いて向かっていった木材。
ヴォートの手元が動いた、ように見えた。
一瞬だけ動き、正面に構えなおしたのだろう。
ハヤワザ!
薪は何事も無かったように、ヴォートの目の前に落ちる。
地面に着いた時、木材が切られた事を思い出したように切断面を滑り、よっつに分かれていく。
「おい、切れすぎだ。これでは直ぐに欠けるだろ」
「大丈夫ですよ、竜も切れる剣を注文したじゃあないですか」
「……冗談だよな?」
首を少し傾げ、笑顔で返す。
やっぱり冗談だったのね、分かってはいたけど。
「不安なら、生えてる樹木を切って感想を聞かせてください」
普段使いする剣なら、それくらいの頑強さがあれば十分。
それを彼自身で証明してくれたら、文句も無いだろう。
ヴォートは少し戸惑いつつも、太い樹木の前に立つ。
先程と、同じ構え。
今度は、樹木の脇を抜けるように前にステップ。
同時に剣を振り、木の奥側に着地した。
まだ、木に変化は見られない。
ヴォートは振り返りながら剣を収めると、木に向かってまわし蹴り。
すると、だるま落としの様に輪切りにされた木材が横に吹き飛ぶ。
バランスを崩した木は支えを失い、大きな音を立てて横倒しになった。
「なあ、お前。馬鹿だろ? 切れすぎてスライムを切ったのかと思ったぞ」
「まあ酷い! 注文通りの仕事をしただけなのに! スラ子さん、酷いと思いません?」
「ひどいひどい。とくに、ドクターのあたまがひどい」
何てこと。
味方はおらんのか!
髪は味方してくれるよね?
くいっと引っ張るが、無視されてしまった。
「はあ、ともかく。これなら文句は無いですよね」
「そうだな、十分だ。しかし、これほどの物に見合うだけの代金を持ち合わせてないが」
そっか、そりゃあそうだ。
まあいいや、それなら。
「それじゃあ、私の言う事を一つだけ。信じて行動してくれませんか」
「内容による」
「準備が終わったら出来るだけ急いですぐに戻り、ロニアさんに会って下さい」
「……? なんだ、話がつかめないな。何故、ロニアの名前が出る?」
「夢で見ただけなので、信じるかはヴォートさん次第ですよ?」
ヴォートが不在の時にロニアに危険が迫る。
それを夢で見て、もしかしたらその未来が本当に訪れてしまうかもしれない。
話の概要を聞いたヴォートは、少し焦りだす。
声に緊張感が混じりだした。
「その話、本当だろうな」
「いや、ですから夢で見ただけなので。損をする訳でも無し、お代としてこの話を信じるって事で」
ヴォートは空を仰ぎ、しばし硬直する。
考えが纏まったのか、かまぼこ家に歩き出した。
「帰りの準備をする。お前も、ギルドに向かう準備をしておけ」
「あ、私はアンさんに話を通したので残ります」
一瞬、足を止める。
「アンは何て言ってた?」
「本人確認できたし、使い魔を残すから、良いよって」
「そうか」
その後は一言も交わすことは無く。
家に戻り、それぞれの準備を進めていった。
「いやあ、スラ子。助かったよ、信じてもらえるとは思ってなかったから」
「あれだけじかんあれば、さいみんゆうどう、よゆうだよ」
後は杞憂である事を祈るだけだね。
しかし夢だから虚構だ、なんて日和った考えをするつもりは無い。
「ちょっと! ちょっと!」
「どうしたんですか、アンさん」
アンが焦って飛んできた。
何かあったのか?
「おやつのおかわり、頂戴!」
「……冗談ですよね?」
「だから、なくなるっていったのに」
それにしても早すぎるだろう。
その身体の、どこに大量のビスケットが消化されたのか。




