88 錬金術を使わない原子転換
スラ子は森から連れてきた。
嫌がり、逃げようとしているそいつを引きずって。
「おおー、おお?」
白い羽毛に包まれて鳥の足を持つ、ずんぐりとしたボディ。
きょろきょろとした首の動きと、つぶらな瞳。
ニワトリだ。
ここまでは。
「でかくね?」
「えへー、すごいでしょ」
すごい、すごいけど。
霧も雪も白いから、遠近感を見失っていたわ。
目線を下げなくても、私と目が合うほどの大きさ。
尻尾が蛇になっていて、さきっぽの蛇頭が威嚇している。
毒に光る牙をこちらに向けて、敵意はむき出しだ。
頭に、小さなトサカが乗っていてアゴのしたに付いてるアレが無い。
何がすごいって、きちんとメスを連れて来た所だよね。
「コカトリスじゃん。えっ、こんなのが森にいたの?」
蛇の威嚇音が、うっさい。
スラ子は、背中をクチバシで突っつかれながらも嬉しそうにしている。
すげー、秒間16連射で突っついてる。
「おっきなたまご、うんでくれるとおもったから、つれてきたんだよ」
あー、うんまあ。
これだけ体格が良ければ、そりゃあ良いタマゴも産むだろうねえ。
「その前に、ちょっと失礼」
蛇の、頭周りを障壁で固定。
口をつっかえさせて、毒腺からヤバイ色の液体を採取する。
耐石化ポーションを飲んでっと。
一応、念の為に解石ポーションも用意。
コカトリスの毒を、ぐいっと一気。
「のんでも、だいじょうぶなの」
「……うん。これで大丈夫、かな? 試してみよう」
耐性中和薬を飲んで、蛇に腕を噛んでもらう。
毒が流し込まれて、皮膚が突っ張る感覚が出た。
しかし、そこまで。
石化の侵食はされなかった。
突っ張ってる感覚が不快だから、腕をなでなでして揉み解す。
「もしも、変異型の石化毒だったとしても、これで耐性が出来たから安心だね」
コカトリスの石化が怖い理由は、対策の取れない旅先での初見殺しだから。
こうやって、きちんと耐性を獲得出来れば、ちょっと強い蛇付きのニワトリでしかない。
あ、一応感染症対策に耐病ポーションも飲んでおこうっと。
私なら大丈夫だと思うけど、病気を甘く見るのは良くないからね。
「そういうことだったんだ、いつものわるいくせ、でたのかと」
悪い癖って何だよ。
性的な事には積極的だけど、肉体的な痛みを求めた事なんて無いっての。
それに、石化モノは範囲外なんだ。
固まっても、私が気持ちよくなれるわけじゃあ無いんでね。
「それで、この子はタマゴ産めるの?」
よく考えたら、ニワトリとコカトリスは別の生き物だ。
見た目はニワトリだから産めそうに見えるけど、コカトリスのタマゴなんて見たことないよ。
コカトリスが、卵生かどうかすら知らないのだけど。
「かってみよ? またケーキたべたい」
「まあ、そうだね。飼ってみないと分からないか」
卵を使うお菓子を最近は全く作って無かった。
乳製品を使ってヨーグルトやチーズも出していたけど、スラ子は甘い物が好きだからなあ。
知っているレシピも少ないから、マンネリは避けられなかったか。
コカトリスの鳥小屋を建てた。
木を適当に切りだして、窮屈に感じない程度の大きさにしてある。
暴れても倒壊しないとは思うけど、穴を開けられて脱走される可能性がある。
念の為に、スラ子の催眠術でおとなしく飼われてもらう事にした。
建屋を作ったら後は藁を敷き詰め、餌箱を作って完成。
「餌は何を与えればいいんだろう、確かニワトリはタマゴの為にカルシウムが必要って聞いたような」
草食かと思ったけど、コカトリスが草食かどうかは知らない。
一応、野菜の他に生肉もあげるつもりだけど。
「……いし。せきかした、いきもの、だとおもう」
「なるほど」
石化能力はそのためか。
コカトリスはタマゴの殻を頑丈にするため、石化させたものを食べていると。
「じゃあ、餌の調達はスラ子がお願いね」
「てつだってくれないの?」
「寝床や温度管理が必要なら手伝うから、やってみて」
まあ、食育みたいなものって事で。
良い経験になるんじゃあないかな。
「ところで、この子に名前はつけるの?」
名前をつけると愛着は湧く。
でも、いざという時に食べられなくなりそうで。
「ケルブラン!」
もう決まっていたようだ。
なら仕方ないか。
翌朝。
――クックドゥードゥルドゥー!
――キケリキー! キッキリキー! トッピロキー!
「っ! うるせぇ!?」
窓を貫通して、耳をつんざくような鳴き声。
まだ外は真っ暗。
昨日の今日で、こんなうるさくなる原因なんて一羽しかいない。
スラ子に頼んで――ベッドに半分溶けながら、良い表情で寝てやがる。
しょうがねえなあ。
……え、スラ子って寝る必要あったの?
まあいいや。
起きようとして、布団が擦れる……まさか。
念のため触って。
はあ、まじか。
「女の子でも、朝立ちするんだね」
がっちがち……気にしても仕方ないか。
経験上すぐに収まるはず。
ケルブランがうるさい。
見に行こう。
「うへえ、夜明け前だから、すっげーさびぃ」
寝間着一枚で外に出る。
子供の身体だから体温が高くて平気だと思っていたが、そうでも無かった。
胸の下を抱きしめて内腿を擦り、身体を震わせながら鳥小屋に向かう。
風は無く、雪がゆっくりと降り積もる。
月に照らされる明るい雲を中心に、曇天が空一面を覆い隠す。
つまり、めっちゃ寒い。
「うぉーい、ケルブラン。うっさいぞー」
あとお前、コケコッコーって鳴けよなー。
鳴き声が珍妙すぎるわ。
鳥小屋に入り、餌と水の確認。
食べてくれたようで、量は減っている。
まさか凍っているかも、と思ったが大丈夫だった。
試しにエアコンの排気を鳥小屋に通してみたが、きちんと室温を上げられていたようだ。
コカトリスは雑食だったようで。
「コッコー! キロキロー!」
縄張りを荒らしに来たと思われたのか、私を威嚇し始める。
すまねえ、ニワトリ語はさっぱりなんだ。
「ケー!」
ケルブランの、頭を振りかぶった一撃!
距離もあってか、のけぞっただけで避けることができた。
こいつ……。
「私は寝起きで苛立っているんだ、その意味が分かるか?」
手羽を狙ってチョップ、もちろん怪我をさせるのが目的じゃあ無い。
しかし、私自身の筋力だけで思いっきり打ち込み、怒りを伝える。
もふんっ。
ギロリとケルブランの目の色が変わる。
「ほう、どちらが上か決める必要があるようだな」
なぜか、わかるか? おしえてやる!
この家で、私がいちばん! えらいってことなんだよ!
クチバシと蛇の波状攻撃を腕で防ぎながら、ローキックで反撃する。
こっちは手加減してるのに、そっちは二対一かよ、そりゃないぜ!
「ふたりとも、たのしそうだね」
いつの間にか、スラ子が鳥小屋に入って来ていた。
その手には、白いタマゴが抱えられている。
おやまあ、タマゴを産んでいたのか。
白いって事は、殻は石で出来て無いって事だよね?
石をカルシウムに変えたのか……?
「ケルブランに、立場の差を分からせてやったんだよ」
いだだだっ!
よそ見をしたら後頭部を突かれた。
「そこまでにして、いえにもどろう? ドクター、そのふくボロボロだよ」
あー?
顔を下に向けると、寝間着がびりびりに破られていた。
いろんな所が覗き見えて、地味に恥ずかしい。
ケルブランは無傷で、スラ子に見られると大人しくなった。
そして視界から外れると、私を見下してくる。むかつく。
肌も血は出ていないものの、赤くなっている。
うん、引き分けでいいや!
「ふーんだ、命拾いしたようだな!」
中指を立てたが、もう私には興味がなくなっていた。
自身の身体を突っついて、毛づくろいを始めている。
はあ、あほらし。
外はもう、明るくなっていた。
今日は一日中、雪が降るだろう。
「いやあ、スラ子のタマゴ料理、楽しみだなー」
「えっ。りょうり、したことないよ」
「教えるから大丈夫。手順と材料を間違えなければ、そうそうマズくならないよ」
生焼けや、少し焦げた程度なら普通に食べられる。
ただし、オリジナルアレンジ、テメーは駄目だ。




