87 虫とりをしていたら、セミになったでござるの巻
最近は、窓を開けていない。開けたくない。
吹き付けた雪が窓に張りつき、手を窓に寄せるだけで冷気を感じる。
二重窓にしておけば良かったかな?
屋内は相変わらず快適で、平穏そのもの。
ベッドから身体を起こして、少しの間ぼーっと。
自室を出ると、リビングには食器の下げ残しがあった。
しょうがないなあ、と思いつつ流しに移す。
なんとなく、料理する気分になれなかったので、作り置きのトーストセットを食べ始めた。
ベリージャムを、ぬりぬり。
横目で窓の外を見ると、バニーホースくんに乗ったスラ子が、外を跳ねまわっている。
積もった雪に残った足跡が大きく、まるでビッグフットのようだ。
この間、ミノさんが現れてから、スラ子は外で警戒・監視をするようになった。
それは建前で、実際は外に歌いに行っているみたいだけど。
基本的な生活をするだけで時間は過ぎていく。
その中で、色々な時間短縮をしていった。
例えば、食事に合わせて、いちいち調理に時間を取られていたのも昔の話。
大量に収穫した素材を使って、大鍋で料理をストックしている。
うまい飯を食べるのは好き。
でも、うまい飯を作るのは面倒。
なら作り置きもするよね、っていう。
「ただいま」
「お帰りなさい」
やおらスラ子が跳びあがった。
私の頭上まで放物線を描くと、逆立ちのような態勢になる。
目と目が合う。
「ド」
ゆっくりとした勢いのまま、私の両頬を、手の平で包み込む様に挟み。
「ク」
スラ子が私の背面に着地、その勢いで頭ごと私を投げる。
大胆な、首投げ。
隠語じゃあないよ。
「ター」
投げられた私は、矢のように壁に向かってドロップキック状態。
壁に着地して、そのまま地面に降り立つ。
調理台の目の前まで、投げ飛ばされた。
「おやつ、つくって!」
いや、おやつを作るのはやぶさかでない、けどさあ。
「今の人前でやったり、私以外にやるのは基本的に禁止だからね!?」
私じゃあ無かったら、頸椎を損傷してもおかしくないっての。
身体が柔らかく無かったら、投げられる直前のエビ反りでも背中が危ない。
基本的に、と条件を付けたのは、悪人にする分には構わないから。
「だいじょうぶ、わかってる」
「ほんとかなあ?」
工作クマの物真似をしながら、調理台に立つ。
さて、何を作って遊ぼうか。
「よーし、今日はバニラのソフトアイスだよー」
「わーい、ソフトアイス! スラ子、ソフトアイスだーいすき!」
最近、ほんの少しだけスラ子が甘えてくれるようになった気がする。
ここに来るまでは、個人よりも状況を優先して、構ってやれなかったからなあ。
そんな変化も、少し嬉しく感じる。
コーヒーを飲みながら資料を読む。
錬金ギルドで複写したレシピを流し見るが、あまり頭に入ってこない。
バニラソフトを食べたスラ子は、森に遊びに行ってしまった。
雪に埋もれた樹海に、薄いが深い霧。
見通しは悪いが、それが逆に狩りの効率を上げているらしい。
私が行ったら帰ってこれなくなりそうだから、ほとんど外の探索はしないけど。
外、か。
ここに永住するつもりも無いし、旅に出る用意も進めないとなー。
「何に手をつけたものか」
ああ、あれを作り直さないと。
資料を仕舞い、アレを取り出す。
取り出したソレを、わしわしさせて動作を確認する。
このままでも、問題無く動いてくれる。
だけど、このままでは使いにくい。
自動伸縮フック。
狙った場所まで伸び、引っかかって縮んでくれる。
バランス調整によって、下手な人でも使えるようにされたフックは、逆に上手い人の足枷になる。
元は、ただのフック付きロープだった。
そこに、変態あらわる。
魔法で空中に岩を出し、引っ掛けて上方へ移動。
繰り返す事で、単独で宇宙空間まで出てしまった。
リアルなゲーム世界だったとはいえ、所詮は世界単位。
宇宙までは作り込まれてなかったらしく、サーバーがエラーを吐いて、長期間の緊急メンテが入った。
そのため、空中機動には大きな制限が掛けられてしまった経緯がある。
同時に成層圏へ見えないシールドが張られたらしいが、それは未確認だった。
そんなシールドが、この世界にあるとは思えないが……。
ともかく、自動伸縮フックを改造しよう。
スラ子に首投げされた時、あれが屋外の高所だったら完全に無防備になってしまう。
緊急時に取れる手段は、なるべく増やしておきたい。
えっと、ドリルアームの射出機構を流用するため、バラして使いまわそうかな。
先端部のパーツが飛び出て、フックを打ち出すようにしようか。
衝撃で手を離さない様に、手首をまるごと覆う魔道具に設計して。
ああ、強度も劣化も気にする必要が出たのか。
だったら、ミスリルを使ったワイヤーで――
「さっむ」
結局、ほとんど作り直した。
屋内での実験は向かないので、外に出たところ。寒い。
薄く積もったパウダースノーを踏み抜き、スニーカーの履き口から雪が入り込む。
終わったら、すぐに帰ろっと。
早速、制作したフックストライクを左手にはめる。
手首から先をすっぽりと覆う魔道具を装着して、二輪車のハンドルのようなものを握る。
家の壁で試そうかな。
かまぼこ家に振り返り、フックストライクを壁に向ける。
ハンドルを強く握ると、フックが勢いよく打ち出された。
ミスリルカーボンが、一直線に延びていく。
魔力操作を掛けると減速。
先端は蕾のようになっており、減速と同時に四枚の花弁が開く。
壁に当たると、花弁にびっしりと敷き詰めた、タコのような吸盤が吸い付く。
巻き取りボタンを押すと、私の身体が浮き、吸い寄せられた。
このままでは、勢いよく壁にぶつかるだろう。
でも、大丈夫。
フックストライクの手元にはスラスターを取り付けてある。
これを押す事で、上空に打ち上げられるように軌道が変化して、屋根の上に降り立つことが出来るのだ。
ぽちっと。
フックストライクのスラスターが空気を噴きだす。
左手が上にあがり、そのまま――
手を挙げた状態で、ほとんど軌道が変わらない!?
あばばば
「っ~~~!」
べちゃっと、音が出そうな壁への激突。
予想外に思考が追い付かず、受け身もろくに取れなかった。
体重を軽くしていたから、痛い程度で済んだ。
練習じゃあ無ければ即死だったなあ。
「どうしたの? カエルみたいに、かべにはりついて」
スラ子、キサマ見ていたな!?
みーん、みーん。
セミの真似、と言っても通じないか。
「デ……デバッグ……」
痛みが落ち着いてきたので、壁から身体をベリっと剥がし、地面に着地。
フックも真空状態で吸着していたので、仕込んでいた空気発生魔法で外し、巻き取る。
「むしとり? むしなら、もういないよ? ゆきでいっぱいだもん」
「そうだね」
不具合があるかの確認、と言った方が丁寧だったか。
まあいい。
なんかよく分からなかったけど、スラスターはダメっぽいからオミットしよう。
オミっちゃんした機能の替わりに、何か他の有用な物を入れればいいや。
「くらえ、スラ子っ」
スラ子に向かって、フックストライク。
開いた花弁は、スラ子のお腹に吸い付く。
ゆっくり巻き取ると、私の方が軽いから地上を滑る様に寄っていった。
「はい、ぎゅーっと」
「よしよし」
胸元に抱き着いたら、頭を撫でられてしまった。
うん、無茶な使い方をしなければ、今のままでもある程度は使える。
「そのフックがひらいたすがた、みためすごいね」
「頑張ったからね。みてよ、この形」
フックの先端部を本体に戻した状態でパクパクと開いたり、閉じたり。
四枚に開いた花弁は、突起が並んでブラシ系の触手みたいになっている。
もちろん、あかぐろい色にした。そこは、こだわった。
ローションでも塗って大事な所に擦りつけると、すごい事になるだろう。
「理性を刈り取る、形をしてるだろ?」
「んー」
スラ子は、その手をうねうねと動かして変形させていく。
一体、何を?
終わる頃には、その意図を理解した。
「えへへー、おそろい」
その右手は、完全にブラシ触手と化している。
逆の手は、こぶつきの棒の表皮に突起が生えそろっていた。
この応用力、やはりできる!
このままでは、先の展開が読めてしまう。
何とか気をそらさなければ。
「ところで、何か良い物あった?」
森から戻って来たにしては、いつもより少し早い。
何か理由があったはず。
「うん。ドクター、タマゴがとれなくなったって、だからね」
そう言って、森に逆戻り。
多分、何か捕まえたのだと思う。
野鳥の繁殖期にタマゴは頂いていたけど、雪が降ってからは当然採れなくなった。
それを解決するかのような言い方だったが……?
え? この寒い時期に、森でニワトリみたいな動物が?
まさか、ね。




