81 この私の目をもってしても見通せなかった
採取し、肉を狩り、森の恩恵を得ながら数日。
とにかく前に進みながら、色々な物を採って歩いた。
特に危険な事も起きていない。
夜はスラ子に包まれて寝るだけで、野生の生き物は寄ってこなくなる。
野宿でも安眠出来るのは、スラ子さまさまやでー。
しかし、もう少しツタ系の植物達には頑張ってほしい所。
もういっそのこと、品種改良で作ってしまおうか?
そんな事を考えていた矢先。
「霧が出てきたなあ」
さらさらして肌に貼りつかず、水っぽさは感じられない。
一寸先は、というほどでも無い。
薄っすらと霞み、数メートル先くらいの植物が掠れて見え始める程度。
「誰かがサンマでも焼いているのかな?」
「そんなことするの、ドクターだけ」
うむ、昨日焼いたサンマは美味しかった。
こんな森の奥で海産物を焼く人は、確かにあまりいないと言える。
「すすむ? やすむ?」
「どうしよっか」
視界不良のまま行動するのは自殺行為。
足元は見えるけど、遠距離の気配が掴めないのは危険だよね。
念のため、現状が安全かを確かめよう。
「取りあえず、魔力レーダーで探査ぁあ?」
「おきづきに、なられましたか」
「いやいや、気付いたなら言ってよ」
目の前、全方位が壁と認識。
レーダーは魔力の反応から結果を出している。
何が遮っているかと言われたら、そりゃあ霧しかない。
「魔力で構成された霧、かな?」
それも、視覚化する程の濃度。
いや、早合点してはいけない。
採取したら、これが水蒸気と魔力の混合という可能性もある。
「100%まりょくジュース」
スラ子の言う通り。
やっぱり純粋な魔力の霧だった。
「身体への影響はありそう?」
「スラ子と、ドクターはへいき。ふつうのひとなら、わからない」
何が問題って、魔力の中毒症状、重篤になると変異して魔物化する事だ。
スラ子調べぇでは、私が活動する分には問題無いようだけど。
どこか違和感がある。
呼吸しても、身体に取り入れている感じがしない。
まるで他人の、魔力の中に包み込まれてるような不快感だ。
「ちょっと、空から周りの地形を見て来る」
「いってらー」
霧の発生源はあるのか?
周辺地形の変化から異常が見られないか?
ソナーなら遮られることも無いだろうと、空から把握する。
体重を減らし、ジャンプ。
風を吹かせ、微速上昇しながら丁度いい高さまで昇る。
「樹海が広がるばかり、何もないなあ」
何も無さすぎる。
逆に不自然な光景に考え込む。
樹木それぞれの高さが、ソナーの範囲内では、すべて揃っている。
丘や谷のような、高低差も無い。
霧で遠距離は見えないが、地平線までずっと、この光景が続いていても不思議では無い。
「なにか、みえた?」
「ダメ。この状況、結界の中かも」
自然の結界なら、いわゆる帰らずの森とか迷いの森とか言われるやつ。
人工の結界なら、例をあげるとエルフ等の森を住処にする隠れ里が発生させているタイプ。
どちらにしても、私個人で結界を直接破る事は困難と言わざるを得ない。
でも、虫の声は聞こえるし、動物はそこらで動いているから幻覚って訳でも無さそうなんだよね。
「ぬけられない?」
「抜け道はいくつかある、けどねー」
地面を掘るとか、樹木が幻で無い以上は薙ぎ払って進むのもありだろう。
うーん、そこまでして今すぐ脱出する必要が無いんだよね。
「よし。ここを、本拠地とする!」
「ここで?」
「結界の中という事は、人は滅多に来ないはず」
最近忙しすぎて、優先する必要のある研究ばかりしていて、ゆとりが無かった。
中途半端で止まったまま、やりたい事をやれてない物も多い。
「なので、少し腰を落ち着けて色々やってしまおう、と言う訳」
「そーなのかー」
そうと決まったら、寝床の確保から。
もちろん、野宿を良しとはしない。
「そーれ、枯れろ枯れろー!」
アシッドボトルを割って周辺にばら撒く。
次に、成長促進剤を掛けると?
撒いた酸が土壌の金属を溶かし、吸い上げた植物が枯れていく。
葉が急速に枯れ落ちる。
残ったのは不健康そうな枯れ木と、使えなくなった腐葉土が広がる。
あーあ、誰がこんなひどい事を……。
「じゃあスラ子。はい、頑張って」
取出したるは、電マ……じゃなくて。
高周波振動・ノコギリ。
そしてサムズアップ。
「かれきを、ぜんぶ?」
「切り株もね。その間、私は地面の掃除をするから」
不服そうな表情を見せていたが、頑張ってもらうしかない。
私も邪魔な枯れ葉や枝を掃除して、地面を綺麗にしていく。
何をする為か?
家を建てる。
スラ子には、まだ告げていないが長期間、居座るつもりだ。
必要な物資も補充してある。
最悪、数十年は閉じこもっても何とかできる。
半日作業で切り株含めて整地していく。
埋まった根などの細かいゴミは、スラ子に溶かしてもらった。
「おわったー」
「さーて、次は……もう遅いし、明日にしようか」
結局、今日は野宿でございます。
適当な町の郊外で、ゆっくりしようと考えてはいた。
でもねえ、間違いなく忙しくなるだろうなあと。
平和なようで、日々トラブルが起きているのが当たり前、みたいな人達を見るとね。
町の規模に関わらず、何かしらの事件に巻き込まれそうな気がする。
なので、逆に考えて人の居ない、この場所なら静かに過ごせるかなあと考えたのだ。
翌朝。
「さーて、ふあぁ~。ねむ~、どんな家にしようかなー」
「もくざい、つかえば?」
うーん。
いや、使って建てようと思えばすぐ出来るのよ。
でもなあ、乾燥してない木材で家を建てたくは無いんだよね。
昔、建築業者が費用をケチって生木を使った事件があったけど酷いモノだった。
夜中にピシピシ割り箸が割れるような音が鳴り、別の業者が検査したら乾燥してない木材だと。
そのままだと割れたり、沿ったり歪み、乾燥後は厚さも変わって建物自体が危ないから補強していた。
今から建てる家も、同じことが起こってしまう。
では魔法で乾燥させれば? とも思えるけど。
実際、魔法なんか無くても急速な乾燥は出来るはずなのだ。
それをせずに、一年近く掛けて乾燥させているって事は、木材に悪影響が出ない様にしている為だろう。
「なので、レンガを積みます」
ただし、地震に弱い。
地震、起きないといいなあ。
「なんねん、かかるかなー」
「いやいや、錬金術でパパっとやるから。材料も土を変換していけば作れるし」
レンガも、モルタルも錬金レシピから引用出来るから問題無し。
後は部屋割りと、地下室……?
「あっ、地面を固めて基礎を作らないと。スラ子、巨大化してゴロゴローって固めること出来ない?」
「できない、すごくまりょくつかうから」
無理かあ。
じゃあ、地面を締め固める為の道具を作って、コンクリも必要になって。
「あの……これ、終わら無くね?」
「いえをつくるって、たいへん」
すまん、正直なめてた。
だけど、呆然としていても終わらない。
やれることを、着実にやっていくしかないね。
頑張って建築――
したのが、こちらになります。
過程は割愛。
地味で、本当に時間だけ掛かる作業だった。
こんな事言ったら、全世界の大工さん達に楽してんじゃねえよ! って殴られそうだけど。
時短する為の筋力と魔力が足りなくて、有り余る体力だけを頼りにした結果、日数が掛かってしまった。
「終わったー」
「おつかれさま」
「何日掛かった?」
「じゅうご」
はー、まじかよ。
錬金術や魔法を使って相当ズルしたのに。
レンガを積む段階では、スラ子が分裂して、私も分身や髪の毛に協力してもらった。
それでも十五日か。
基礎コンクリやモルタルも養生期間を魔法で短縮したのに。
それでも十五日か。
一階建てなのに、この苦労よ。
レンガの耐久面を鑑みて、屋根はアーチ状に整えてある。
斜め上の上空から観測すると、多分かまぼこの形に見えるはず。
「もう、家は建てたくない」
「たのしかった」
さいですか。
だが、もう終わった話だ。
かまぼこ家に入って、ゆっくりしようじゃあないか。
「さあて、今日は休むぞー!」
「げんじつとうひ、してはいけない」
家の中へ。
そこには何も無く、がらんとした空間が広がっている。
うん、分かっていた。
「現実逃避、したくもなるよ」
「ないそうは、これから」
テーブルも、ベッドも、窓も玄関扉も。
水道をつくるのも、暖房冷房の魔道具も、みーんな。
そう、今からなのである!
誰だよ、家を建てるって言った奴。
なんで専門業者がいるのかを考えたら、予測できたはずでは?
書いてある事を真に受けないでください。
調べたら、木材は人工乾燥もあるようで。
高周波式のものなら一日で乾燥出来るとか。
9/11追記:誤字報告、ありがとうございます




