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 1分という時間をどう感じるだろうか。

 趣味の時間や仕事中、ぼーっとしていたらすぐに過ぎるだろう。

 逆にカップ麺を待つ間や時間を争うスポーツでは1分は長く感じることもある。


 1分を耐える。

 規定範囲内で動く相手を釘付けにする1分は案外長い。

 今回の相手からは耐久面から怪我をする心配はほぼ無いが、決定力が欠けていて倒せない。

 格闘ゲームでスーパーアーマーの敵から1ラウンド逃げ切るようなものだ。




 筋力と素早さを1.2倍に上げるアンプルを腕に打ち込む。

 素材取得の難易度が高いので在庫は少なく、元の能力が低いから効果もあまり見込めないがやらないよりはマシだ。

 必要なものを確認する、インベントリから手元に出したり戻したりいざという時に手間取らないように集中する。

 深呼吸をして緊張感を保つ、身体を揺らしたり跳ねたりしてドーピングした肉体の感覚に慣れさせる。


 重量感のある足音が近づいてくる。

 アルトが相当な速度で逃げていたはずだが、余り距離を離すことが出来ていなかったか。

 相手の思考力は高くない。

 名乗りを上げても付き合って立ち止まる事は無いだろう。

 恐らくこちらを見つけたら真っ直ぐ突っ込んで殴ってくる、だから姿が見えた時点で戦闘開始だ。

 後ろを振り返ったわけではないが、心配そうな視線が飛んできているのが分かった。

 いい感じに感覚が研ぎ澄まされている。


 今まで聞こえた足音が消える。

 視線の先にある緩く曲がった道路脇の木からゴーレムが、ぬうっと顔を出す。

 ホラーかよ。

 こちらに向き直ると両腕を地面に着けた、まるでゴリラのように動いてこちらに突っ込んで来る。


 右手に一本の棒手裏剣を出す。

 ワインドアップからスリークォーターで振り抜き、渾身の一球を放つ。

 狙う場所は男の額、もし男の脳が行動力に作用していたらぶち抜く事で戦闘不能にできないか試す。

 私の中では高速と言えた棒手裏剣は真っ直ぐ飛び、ゴーレムに乗っ取られている男に当たる。

 命中点は狙い通り額、手の長さとほぼ同じ13センチの棒手裏剣は7割ほど刺さる。

 ゴーレムは勢いの付いた投擲物を受けて頭を少しのけぞらせた。

 その姿はまるで額から角を出す鬼のように見える。

 

 やったか?


 距離は私から10メートル、アルトからは17メートル地点でピタッと止まる。

 しかしすぐに二足歩行をするために立ち上がり、こちらにゆっくりと足取り重く近づいてきた。


 効果無し、警戒させただけだったか。

 だがまあいい、後逸してアルトに突っ込まれるよりは明確にこちらを狙ってくれた方が分かりやすい。

 ゴーレムが近づいてくる。


 距離は約3メートル、ここから1分間の時間稼ぎの始まりだ。




 まずはご挨拶にアシッドポーションを投げる。

 ゴーレムは横に避けるかと思ったが膝を曲げて踏ん張る。

 当たる寸前に大きく飛び上がり、大の字になって上から襲い掛かって来た。


「っ! ふひぃ!?」


 斜め前方にくぐる様に飛び転がって避ける。

 変な声出ちまったじゃねーか!


 私が起き上がって振り返ると、うつ伏せに着地したと思われるゴーレムが膝立ちになって起き上がるところだった。

 手の中に一本のショートソードを出す。

 刀身が陽の光を青く反射する剣を振ると数粒の氷のつぶてが飛来する。

 立ち上がったゴーレムは腕を振ると氷のつぶてを弾き飛ばし、こちらに歩いてきた。

 やっぱりダメか、属性相性が良くても火力を出せるほどの魔力を持ってなければ意味がないな。

 剣を戻し、今着ているショートマントに薬液を掛ける。


 向こうの攻撃範囲に入る前に高さ150センチ、長方形のヘビータワーシールドを垂直に立てるように出す。

 湾曲した形で合金製の150キロオーバーの重盾は装備して扱うどころか持つことすら出来ない。

 視界をふさぐ様に影に入ると、盾のスリットからゴーレムが腕を振りかぶるのが見えた。






 ゴーレムは突然現れた盾を殴り飛ばした。

 黒い重量の塊であるその剛腕から見れば、ただ立て掛けられた金属など木っ端と変わらない。

 吹っ飛ばした盾を潜り、カヨウがゴーレムに突っ込んでいく。


 懐に向かって来た所を潰そうと手のひらを組み叩き落とすが、間一髪股下を飛んで潜り背後にまわる。

 距離はゴーレムの背後すぐそこ、踏みつぶすために身体を半回転させ足を振り下ろす。


 カヨウは円周上に高速で移動して躱した、ゴーレムの首には任意で伸縮させることが出来るフックが引っかかっていて体の回転を利用してターザンのように回避したのだ。

 勢いでフックが外れたので手元に戻して消すが着地までは考えられていなかったのか滑りながら受け身を取って起き上がる。


 態勢を整えさせる前に左腕を叩き落とすが横に飛んで回避される。

 しかしそれは織り込み済みだったのか続く右腕を横に振る、ギリギリながらもこれを縄跳びのように躱した。

 横に振られた右腕はそのまま伸ばされ、まだ空中に居るカヨウに上から手のひらを落とすと直撃する。

 カヨウはニヤリと笑ったように見えた。


 直撃させた手のひらは地面とサンドイッチさせてそのまま左手でガンガン殴り追撃する。

 執拗に殴るその質量はカヨウに悲鳴をあげさせる。


「っ! ぐぇ! っ……うぁ! ……! ぁ……ぅ……」


 うめき声も聞こえなくなったので死体を確認しようと右手のひらを地面から離す。

 しかしそこには何もなかった。


 地面にはゴーレムの手の形にへこんだ地面が見える。

 地面を掘って潜った形跡は無い。

 もしやサンドイッチにする時に逃げられたかと左右を見て、上も見るがいない。

 後ろを振り返ると男が一人立っているだけだ。

 まさかこの男が何かしたのかと考えたが最初から一切動いてはいない。

 

 理由はわからないが、もういなくなってしまったのだろうと一歩二歩、ゴーレムは男に歩み寄る。

 次はこの男だ。


 ガラスが割れた音がゴーレムの側面から聞こえる。

 ゴーレムは自分に何があったか見ると、割れた音の部分からどろり、と黒い身体が溶解しているのが見えた。


 いる。

 憎さからなのか傷つけられたからなのか、雄たけびを上げると「うるせぇ!」と自分の右手から聞こえる。

 ゴーレムの視線から見えていなかった右の手のひらを返すとカヨウが接着剤のようなもので張り付いていた。


「お久しぶりです」


 カヨウは右手を上げて陽気に挨拶をする。

 今度こそ逃がさないと右手と左手を組んで握りつぶそうとしていた、だが。


「時間切れだよ」






「レディカヨウ! 準備は出来ました、離れることは出来ますか!」


 アルトはゴーレムの両手で握りつぶされ続けてる私に声をかける。

 離れてほしいなら最初に言ってくれよ。

 挑発なんてせずに中和剤使って接着剥がして逃げられたっての。


「そのまま撃っていいぞ! 見ていて分かったと思うけど死にはしないさ!」


 アルトは少し躊躇った様に見えたが、すぐに気持ちを強く持つ。


「……わかりました。死んで私に嫌な思いをさせないでください!」


 言い終わるとゴーレムに駆けてくる。

 突き出した手の平がゴーレムの体に触れると世界が止まった。


 いや、そうではない。

 危険を察知した脳が世界の時間を遅く見せている。

 アルトの手のひらから膨大な魔力がゴーレムの体に浸透していく。

 そのエネルギーは物体が持つことのできる魔力量を大きく超え、急激にゴーレムの体積を膨張させる。


 危険を感じた理由が分かった。

 予想よりも火力が高い。

 これは魔力を極限まで溜めた、気功スキルでいう所の浸透勁だ。

 対象の一切の防御を貫通し、与える威力分のダメージを素通しさせる。

 接触が必須であったりモーションが遅く判りやすい為、扱いにくい技で本来ここまでの火力は出ないのだが。

 アルトは溜めることでその火力の低さをどうにかしたのだろう。

 もし直接私がこの攻撃を食らうことがあれば耐えることが出来ないと断言できる。


 ゆっくりと流れる時間の中、頭が勝手に解説をしている。

 ゴーレムの体は膨張を続け、その大きさが限界に達した。

 取り込まれていた職員の男はもう原型がなくなるほど膨れ上がっている。


 爆発する。


 発動者自身には爆発の余波が流れないよう考えられた技なのだろう。

 アルトの技を発生点とした爆音と爆発が発生した。

 当然その爆発範囲には私も入る。


 ゴーレムに掴まれて浮いていた状態で大爆発を直撃した場合どうなるか。

 強力な爆圧に吹き飛ばされ、高速で空を飛ぶ。

 その速度は落ちることなくどこまで飛んでいくか予想が出来ない。


 ……この状況! 生きている内に一度は言ってみたいアレを!


「やなかぎゅぅぅぅぉぉぉぉォォォ………」




 アルトはカヨウが吹っ飛んでいった方を見る。


「やなかぎゅう……? 何かの暗号でしょうか? 助けに行きたいところですが先に報告ですね」


 起こったことの経緯、カヨウのデータをメモに取りながら現場の回収物の応援を頼む為、アルトは使い魔を放った。

吹っ飛んで星になりながらセリフを言える方々は特別な訓練を受けています。

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