68 必殺の一撃
「ゴブリン」
「ゴブリンだねえ」
崖の下に見える、ゴブリンの集落。
ばれない様に、ひょっこりと顔を出して見ている。
まあ、ばれることは無いだろう。
私は姿を消しているし、スラ子も遠目では普通のスライムに見えるはず。
平和。
見た目には、何事も起きて無い。
視界のゴブリンを人に置き換えれば、ただの集落になる。
耳をすませば、ゴブリンの言葉で世間話をしているのが聞こえる。
生活感すごいなあ。
「ここに居るんだよね?」
「まちがいない、あそこにいる」
木の板とつる草を合わせた、ログハウスのような家々の奥を指さす。
正直、指で示されてもどれだよって感想しか出ないけど。
「なにかの生贄とかでは無い? 別に食べられている訳でも無い?」
「まりょくは、あんていしてる」
旦那さんの体調は悪くないって事だよね。
ちょっと予想外だったかなあ。
でもまあ、話し合いで何とかなるかな?
異種族交渉の為の言語スキルを取っていて良かった。
それにしても、昔は外部機器の翻訳ソフトを使わないと会話が出来なかったって本当だろうか。
|情報空間内限定蓄積経験が使えないって不便だよね。
「平和に暮らしてるなら、帰っても良いんじゃあないかなあ」
「なんて、せつめいするの」
「ゴブリン達と、仲良く暮らしてるよって」
「むりだとおもう」
まあ、納得されないだろうね。
分かりやすく、丁度いいくらいの弱さの魔物が出てきて。
それで、倒して終わりました、で良かったんだけどなあ。
「仕方ない、正面から説得に行こうか」
「みなごろし、しないの?」
物騒な事をおっしゃる。
やろうと思えばできる。
でも、それは私の仕事ではない。
「だって、面倒じゃあないか」
物語だったなら、ズバーッと爽快感のあるシーンが撮れるのかもしれないが。
旨みの無い戦場に身を投じるのは疲れるだけでしょう。
別に、何か恨みがある訳でも無いし。
話が通じる事が分かっている相手を殺してまわるとか。
そんなのはゲームの中だけで十分。
「ちわーっす、元気ー?」
無手、一人、徒歩の少女が正面から現れる。
私です。
スラ子もいるけど。
スラ子を私に潜伏させるかどうかは悩んだ。
姿を見せなければ切り札になる、だけど今回は思う所があってミニスラ子として肩に乗せることにした。
ひらひらと、手を振りながら近づいていく。
集落の外周部で警戒していたゴブリン二人が、その姿を確認する。
「オイ、人間ダ」
「ドウスル?」
「追イハラウ。無理ナラ、痛メツケテ、放リダス」
「ソウダッタナ」
赤い肌が特徴的なレッドスキン・ゴブリンか。
私より小さく、小柄ながら猫背の細マッチョ。
上も下も、簡易的な物だが服を着ている。
ゴブリンは基本的に醜悪な顔だったはずだが……なんか、普通に人付き合いが出来そうな見た目だな?
微かな違和感。
目の前の女の子を殺す犯す言わない辺り、統制が取れているような。
やっぱり、普通のゴブリンじゃあ無いよね?
理知的というか、文化的というか。
「あ、あー。この言葉、通じてる? 大丈夫かな?」
「オイ、俺達ノ言葉ヲ話シテイルゾ」
「肩モ見ロ、スライム生エテルゾ」
「ウオッ、超キメエ!」
「関ワラントコ」
「セヤナ」
私から目をそらして無かったことにするゴブリン二人。
おう、無かった事にすんなや。
アシッドボトルぶつけんぞ!
だが、これは幸運かもしれない。
スルーして、先に進めばいいだけだ。
「それじゃあ、失礼」
通ろうとした私の横から溜め息が聞こえた。
それぞれが持っている木槍を私の正面で交差させ、通せんぼ。
真面目に止めるのか止めないのか、どっちなんだよ。
「通スコトハ、出来ナイ」
「カエレ」
「そちらで預かっている男について、リーダーと話をさせて欲しい」
ゴブリンは顔を見合わせる。
「だめかな?」
ハンドサインとアイコンタクトだけで会話をして、何かを相談しているようだ。
たった一言だけで、警戒度を上げ過ぎでしょう。
「チョット待テ」
私からの返事を待たずに、ゴブリンの一人が奥に去って行く。
お前の事情など知らん、なんて言われるかと思ったが。
きちんと上司に伺いを立てて、判断を仰ぐとか有能だなあ。
「待ってる間、座りたいから椅子をここで作ってもいいかな?」
一応、許可を取っておく。
無言で動くと、破壊工作と思われるかもしれないので。
「……アア。余計ナ動キ、見セルナヨ」
うみゅ。
じゃあ早速。
適当に、枝を拾い集めていく。
二、三本まとめあげて、錬金魔法で枝の表面を癒着。
これを木材に見立て、同じものを何セットか作る。
ガタつかない様に端を切り落として、組み合わせたら椅子の完成。
ちょっと不格好だけど、悪くない出来かな。
「ふう、森の空気は癒されるわあ」
ちょっとおしりが痛い、下にタオルでも敷けばよかったかも。
スラ子を手のひらに乗せると、じゃれついてきたので遊ぶ。
「オイ、何ダソレハ」
「椅子、作るって言ったでしょう」
「ソウジャナイ、オレニモヨコセ」
ああ……はい。
しょうがねえなあ。
最初から言ってくれないと、二度手間じゃあないか。
「はい、どうぞ」
受け取ると、嬉しそうな顔で座る。
まったりとした、落ち着いた時間が流れていく。
ふあぁ、ああ、ねむっ。
「オイ、サボルナ」
距離を取り、向かい合わせで座っていたゴブリンが後ろから蹴飛ばされた。
地面に顔から突っ込んだ、と思いきや。
前回り受け身をして即座に起き上がる、お見事。
「何シヤガル」
言い返した相手は、椅子を奪って寛いでいた。
まるで、起き上がったゴブリンを見下すような視線。
煽ってやがる、良い性格してるな。
「ソレハ、オレノダゾ!」
「ダガ……今カラハ、オレノ物ダ」
足を組み、アームレストに肘を置いて頬杖をつく。
座っている方は、鼻で笑い。
立っている方は、唸る。
今、椅子を賭けた戦いが始まる。
立っていた挑戦者は木槍を捨て、座っているゴブリンに突っ込んだ。
風切り音を立てながら、横に薙ぐ蹴り。
そのまま首を狩るかと思いきや。
座って余裕を見せていたゴブリンが、お辞儀をするように体を前に倒して躱す。
蹴った方はそのまま体を回し、裏拳を側頭部に吸い込ませる。
入ったか!?
しかし、当たる寸前に止まる。
手の平で裏拳を抑えると、そのまま握った。
押しても引いても、びくともしない。
力の差が大きいのだろう、これで決着か?
いや、まだだ。
「ウオオオオオオ!!」
抑えられていたゴブリンが、雄たけびを上げる。
体の色と同じ赤いオーラを纏い、急速に魔力が高まっていくのが分かる。
「ヌウウウウウウ!!」
座っている方は緑のオーラを纏う。
魔力強化による実力に、大きく差があるとは思えない。
後は、椅子をわが物とする強い意思を持っている方が勝つ。
二人は必殺の構えを見せる。
お互い、力比べに使っていない手に魔力を集める。
拳と拳がぶつかった。
均衡した力がぶつかり合い、衝撃波が私の方まで伝わってくる。
ストローハットが吹き飛ばないよう頭を押さえた。
座っていた方の緑のオーラが、妖精の女王をかたどっていく。
力の拮抗は破られ、そのまま拳を振りあげる。
「崋山天妖覇!!」
妖精が天に昇っていく。
オーラに飲まれたゴブリンが、空中へ吹き飛ばされた。
やがて、地面に叩き付けられる。
頭にダメージを負わないように、仰向けで肩甲骨の辺りから地面に落ちた。
勝因は……そうか、拳がぶつかり合った時。
座っていた方は地面に衝撃を逃がしたが、立っていた方は衝撃力を逃がせなかったのだ。
その一瞬の猶予が、必殺の一撃を放つ隙を生んだ。
「ダカラ言ッタハズダ……。椅子ハ、オレノ物ダト!」
「ドクター、みあきた」
うん、ここまで放っておいて済まない。
一体、何を見せられているんだ。
オーラって何だよ。
いや、分かってはいる。
私の能力と同じように、魔力を転化させて物理現象を起こしている。
「あの、さあ。私が居なくなったら椅子が二つになるのだから、奪い合う必要……無いよね?」
アッ、と声をハモらせる。
私への用事を思い出したようで。迎えに来たゴブリンが立ち上がる。
「リーダー、オ前ヲ呼ンデル。来イ」
了承して立ち上がると、後ろをついて歩く。
ゴブリンはチラチラと私の姿を確認していたが、その内こちらを見なくなった。
黙々と歩き、奥まで進んでいく。
ゴブリンの集落。
外周部からでは他のゴブリンを見なかったが、歩いていると嫌でも目に付く。
家事、洗濯、動物の解体。
農地は見かけない、だが雑食であることには違いないだろう。
地べたに座りながら、木の実をしゃくりと口に放り込んでいる光景が見られた。
「オレハ、ココマデダ。一人デ行ケ」
「案内してくれて、ありがとう」
「……変ナ奴」
お礼を言ったら、変な奴扱いかよ。
ここのゴブリンと、人との関係が察せられますなあ。
「たぶん、スラ子をかたに、のせてるからだとおもう」
あ、そっちかあ。
高床式ログハウスの階段を上り、玄関をくぐる。
入口の横に歩哨はいない。
重要人物なら警戒要因が立っているのは、お約束のはずだけど。
「お邪魔しまーす」




