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64 支部長は動けない

 錬金術ギルド窓口のお姉さんについて行く。

 ほんのりかほる、ファンデーションのにほひ。

 ここのトップの趣味なのかは分からないが、黒スト、タイトスカートとは良い趣味をしている。


 ケツを眺めながら、少し雑多で薄暗い職員通路を、他職員とすれ違いながら奥に向かう。

 見慣れない私の姿にチラリと目を向けられるが、自分の仕事を優先しているのか呼び止められることは無かった。


「ところで、何でまた支部長と会う事に?」


「本当でしたら、あなたのスライムのような新しい技術が持ち込まれた場合、他の職員が審査に当たるのですが、今は支部長以外出払っておりまして」


「他の人が居なかったのですね」


 そう言う事なら仕方ない。

 支部長なんて他にやる事あるだろうに、ご苦労な事だ。


「ジャス・ホワイト支部長、お連れしました」


 お姉さんが、少しだけ豪華な扉をノックする。

 ん?


「いいぞ」


 ドアは開けられ、お姉さんを追って部屋に入る。

 雑多で片付いてない部屋の奥に男が座っていた。


「あっ」


 男と私の声がハモる。

 知ってる顔だ。

 それにジャスという名前、同名の別人……では無いよね。

 軽薄そうな夜の顔と違って、仕事中は気のいいおっさん顔をしている。

 少し気まずい空気になったが、別に気にする事でも無かったかな。

 昨晩、金貨ありがとうございました。


「あのう、支部長?」


「あ、ああ。座っていいよ」


 客用の革張りソファに促され、私とお姉さんは隣り合わせに。

 支部長が一度立ち、私達の向かいに座りなおす。


「こちらが資料になります」


 見やすく書かれているであろう資料を置かれたが、ジャス支部長は手を付けない。

 その視線は、ずっと私に固定されている。

 にこっ。

 とりあえず、笑っておけばいいだろう。


「支部長、資料はみないのですか?」


「うむ、一応拝見しようか。問題は無いと思うが」


 やっと資料を手に取り、流し見ていく。

 お姉さんは独特な空気感に首をかしげる。


「お知り合いだったのですか」


 確かに知っている。

 だが、身内のコネか何かだと思われてもトラブルを呼ぶ要因になる。

 誤解は無い方がいいだろう。


「ええ。昨日の夜、一晩だけ、ですが」


 詳しく説明するのも憚られる。

 だがお姉さんは、それだけで察してしまったようだ。


「夜、一晩? えっ、支部長! まさかこんな小さな女の子を!」


 口に手を当て、軽蔑の目で見ている。


「なっ、違う! 私は何もやってない!」


 嘘つけ!

 やる事やってるじゃねーか!

 そんな態度をとるなら、やりたいようにやらせてもらうぞ。


「うう、ぐすっ、あんなに激しかったのにぃ。今もおまたがひりひりするよぅ」


 激しくしたのは私だけど。

 まったく痛くも無いけど。


「支部長、これで何人目ですか! しかもこんなに忙しい時に!」


 えっ、そっち?

 こいつ常習犯かよ。

 お姉さんも部屋に入って一緒に面談してるのはおかしいな、と思っていたけど。

 女性と二人きりにすると、危ないからって判断だったのかな。

 もう手遅れだったわけだが。


「違う! 誤解だ! 私は悪くない!」


「でも、声を掛けたのはジャスですよ?」


「今回の事も含めて、本部に対応してもらいますからね!」


「これは合意だから! シャガ君も私のことはホワイト支部長と呼びなさい」


「えー、ジャスと呼んでくれって言ってくれたじゃあないですか」


「今は状況が違うだろう、あっ、待ちたまえキニィ君! 順を追って説明するから!」


「ドクター、たのしんでるでしょ」


 そらそうよ。

 そもそも本人を目の前にして、自分はやってないとか言い始めるのが悪い。






 キニィお姉さんに説明をしていた。


「それでその後、私が宿をでました」


 何故か、途中から私が。

 夜の内容から宿を出るまで、全部話す必要あった?

 キニィお姉さんの雰囲気が怖いから、仕方なく話してしまったけどさあ。


「なるほど、確かに合意でしたね、声を掛ける相手の見た目には少々問題がありましたが」


 少なくともこの世界では、きちんと金銭の授受が行われていれば合意扱いなのだろう。

 社会的に厳しい立場に置かれるのはジャス支部長だから、私としてはどちらでも構わない。


「シャガ君は語らなかったが、出る時に回復ポーションを使っていた。その効能を鑑みた結果、錬金術士としての資質には問題無いと思ったのだよ」


「ああ、あの時起きていたんですね」


 面談が同時進行していたようだ。

 スラ子の安全性の証明、錬金術の知識。

 それと実技も本来必要だったが、出ていく直前にぶっかけたポーションの配合がオリジナルだとバレていたようで。


「だが一応、筆記試験は受けてもらう。これも決まりなのでね、キニィ君は部屋を出て登録証の準備を頼む」


「わかりました、二人になったからと言って、いかがわしい事をしないでくださいね」


「仕事中にするわけがないだろう」


 部屋を出る時も、キニィお姉さんの目は厳しいままだ。

 他にも問題を起こしてそうだなあ。






 いや、本当に何も無いのかよ。

 そこはさあ、試験に落とされたくなければ言う事を聞けから始まって。

 テーブルに両手をついて、声を出すとバレるぞみたいな。

 そんな流れだったのでは?


 そう思ってジャスの顔をよく見ると、少し青白くて顔色が悪い。

 もしかして、昨日の疲れが残っているのか。

 起こらないことを妄想しても仕方ないな、少しまじめにやるか。


 その後は普通にペーパーテストを行った。

 試験内容も引っ掛けがあったくらいで、道具の名前や調合手順の簡単な物。

 心構えや人格を測る内容もあるが。


「この程度の試験で受からせてもいいのですか」


 何というか、試験内容を知っていれば誰でも受かる難易度なわけで。

 半端な知識の人を専門職に就かせても困るだろう。


「ギルド証発行後の座学で理解できると思うが、いま説明しておこうか。ギルドの等級は社会貢献度を上げることで昇級資格を得られる」


 迂遠な言い回しだけど、実力だけあってもギルド的に問題を起こされるようならダメってことね。


「もし、仕事として錬金術を行うなら、等級によって許可されている錬成内容に制限があるから気を付けるように」


 個人の良識で扱う範疇ならば、その限りでは無いとのお言葉を頂いた。

 作れる制限というよりは、閲覧できる錬成内容に制限があるようだ。

 知っているなら仕方ないが、問題のある人物に効果の高い錬金術を教えることは危険との判断だろう。


 魔法薬も扱いを間違えれば、毒物になる。

 上級ポーションなんかは高い魔力量を含有している。

 これを赤子のような保有魔力の少ない存在にそのまま使うと危ない。

 吸収しきれないだけならいいが、魔物化したり、場合によっては魔力分解されて命を落とす可能性もある。


 知識を正しく持って、社会に貢献するように。

 これをきちんと理解した人間のギルド等級が上がる。

 しかし、肝心の昇級試験は専門知識について師事を仰がないと独学では難しい。

 なのでギルド内での対人能力も必要になるから、そう単純な話ではないらしいが。

 そんな感じの座学だった。




 まーそうだよね、くらいの感覚で聞き流す。

 痛い目も見たし、反省して勉強もしたから座学内容はほとんど復習になるものだった。


 ポーションを売りさばけば金稼ぎなんて楽では? と最初は思っていた。

 実際は不特定多数への販売に繋がるものは、そこの領主の許可が必要。

 販売する内容ポーションは、ギルドの許可が必要。

 これは城郭都市でポーションを作る闇バイトをした際に知った。

 あれも元々は下積みと、錬金関係の内情を探る為だったけど、あの経験も無駄では無かった。


 作ろうと思えば散布するだけでゾンビ化するウイルス薬が作れるかもしれない。

 保有量がイコール軍事力に直結する魔法薬。

 そんな薬を規制されない、頭お花畑の世界だったら楽に金稼ぎ出来たのにね。

 そんな世界は怖すぎるけど。

 権力者の目が届かない地方は……普通なら必要な知識と材料が手に入らないか。


「ホワイト支部長、準備が終わりました」


 キニィお姉さんが入ってくる。


「それではシャガ君、行きなさい」


「直接のご指導、ありがとうございました」


 部屋を出る際。


「支部長、この度の発行に伴う費用は給料から差し引いておきますので」


「えっ」


 文句が届く前に扉は閉じられた。


「良かったのですか、勝手にそんな事を言って」


「いいのよ、金一枚くらい支部長は痛くも無いんだから。世話になった女の責任くらいとって貰わないと」


「大丈夫なら、良いんですけど」


 金一枚って随分高いな。

 それだけ錬金術の門を叩く事に覚悟がいるって事、でいいのかな。


 それにしても、キニィさんと支部長の関係性って……?


「キニーと、しぶちょー、ふうふなの?」


 よし、スラ子よく聞いてくれた。

 興味はあるけど、藪蛇な気がしたから聞けなかった。


「いいえ、これでも本部から派遣されてる監察官なのよ」


 どう、そうは見えないでしょう?

 片目を瞑り、ミステリアスな自己紹介をするキニィ。

 言葉を額面通りに受け取っていいかどうかは微妙な所。

 本当に監察官ならバラしたらダメでしょう。

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