62 墓参り
屋敷に通されて、客間でインテリヤクザのオフィークと向かい合って座る。
怖い顔の人と、顔を突き合わせるのはキツイ。
「で? 墓参り、言うとったな」
あ、普通に客人対応するのね。
「はい、ディル、もしくはイリスと言う方の墓がこちらに無いかと思いまして」
「それが良く分からんのよな、もしくはってどういうこった」
「少し時間を頂くことになりますが、順番に説明します」
同意を求めると、付き合ってくれるらしく続きを促された。
腰のポーチから指輪を取り出す。
「発端は、この指輪と一緒に入っていた瓶詰の手紙からでした」
瓶詰の手紙と指輪が私のところに流れ着いた。
書かれていた内容は簡単なもの。
帰れなくなってしまったので、せめてこの指輪を渡してほしい。
しかし、書かれた手紙の年代が古く、普通の人なら寿命が尽きるくらいの時間が経ってしまっている。
人に聞いても知り合いなんて見つけられないだろう。
なので、ここに来れば手掛かりが掴めるのではないか、と。
「なるほどなあ、それで誰に頼まれたわけでも無く来たんか」
「ええ、こんな事をする意味は殆ど無いのは分かっているのですが、気になってしまったので」
まあ、嘘なんですけど。
嘘をついた理由はスケルトンに頼まれたから、なんて言っても信用してもらえないと判断したからだが。
実はイリスが海に出て十年くらいしか経ってませんでしたとか、嘘がばれる展開にはなりませんように。
「それでも手順を踏まんとな、不法侵入はマズい」
「すみません、同じことが無い様にします」
喧嘩を売りに来たわけじゃあないからね。
知っていればアポイントを取ってから来たか、面倒になって諦めたかのどちらかかな。
「反省してるなら言う事ないか、名簿見るから少しまってな」
オフィークは立ち上がり、彼の背後に並ぶ棚から六冊ほど取り出すとテーブルの上に乗せた。
仕事の邪魔になってしまうが、気になった事を聞いてみようか。
「さっきのお姉さん随分若かったですね」
「カレン姉さんか、あの人あれでも四十超えてるで」
あの女学生のような人が?
あまりにも無理のある冗談に鼻で笑ってしまう。
「いくら何でも、ありえないでしょう」
「知らんのか? 強い人は老化が遅れるからなあ、わしなんか手も足も出んわ」
しばらく、オフィークが紙をめくる音だけが聞こえる。
強い人は老化が遅れる?
「そもそも墓守に強さって必要なのですか」
「本当になんも知らんのなあ、いいか?」
墓守に必要なのは土地を清浄に保つ魔力。
維持管理が出来る運営力。
外敵から墓を荒らされない為の防衛力。
「他になんかあったかな、まあ仕事が大変だからこそ、わしが手伝おうかと頑張っとるんや」
「惚れてるとかじゃあ無くて?」
おっ、今ぴくって反応したぞ。
「姉さんも、そろそろ身を固めて欲しいんけどなあ、いつまでも独り身ってわけにもいかんだろうに」
「で、チャンスだと思ったと」
「あんまり大人をからかうもんじゃねえぞ」
凄んできたけど、最初の時ほどの脅威は感じなかった。
失礼と思いつつ肩を震わせる程度に笑うと、溜め息を吐かれた。
「……なんか姉さんと同じにおいがするわ、この話はもう打ち切りでいいな」
勘が良い。
だが、女性付き合いの経験は浅いな。
常に余裕を残さなければ、尻に敷かれてしまうぞ。
「いやー、ごめんなさい。それで外敵って話ですが、あんなに敏感になる程なんですか?」
カレンさんが止めたからいいものの、完全に私の事を殺しに来てたよね。
「それなあ、最近……いや、外部の人に話す内容じゃないな、忘れとって」
「最近、謎の勢力がここを攻めて来ている、とか」
「あん? 知っとったんか?」
個人に向けての何もんじゃいでは無くて、どこのマワしモンって言ってたし。
数度にわたって何かしらの嫌がらせを受けて無ければ、あんなにカリカリしないだろう。
そして、正体が分からないからこそ、姿を見せた私を見て尻尾を捕まえたと恫喝をしてきた。
「迂闊とか、落ち着けなんて普段言われてませんか」
「なあ、カレン姉さんにも同じこと思われとるのかな」
「話したことが無い人の心は読めませんよ、ただ――」
私はそういう所が面白いと思っているけど。
なんて、怒らせることは言わないが。
「カレンさんの事を考えたら、反省した方が良いと思いますが」
あと、自分で分かってて直した方が良いのかを聞くなよ。
「それは二人の問題だから良いんですけど、墓参り中に何かあったら私も困りますから、教えてくれませんか」
「迷惑かけたのは事実やしな。まあ、いいか、ゾンビ共がな、来るんや」
ぽつりぽつりと、話していい範囲を考えるように話し出す。
えっ、また?
ゴブリンゾンビ、スケルトン、そしてまたゾンビ?
連続してるわけじゃあないけど、どれだけアンデッドに縁があるんだよ。
「っちゅうことでな、今この墓地は不審者が入れない様に厳戒態勢を敷いとる」
全く話を聞いてなかった。
同じような展開に飽きた頭が情報を拒否してたわ。
首を突っ込みたい訳でも無し、出来るだけ関わらないようにしないとなあ。
「あったわ、ディルの名前だけな。行こか」
お互い席を立つ。
名簿を片付けないで放ったまま出ていくのが、どうにも気になる。
オフィークは客室に入る時に入口脇に立てかけた、一見して鉄骨に見える大鎌を肩に担いだ。
彼の大鎌は、刃を柄の部分に収納して、使用時飛び出す機構になっている。
それを誰にでも持てそうだと思えるくらい軽々しく担いでいる。
予想される重さを考えたら、私にはとても持てそうにないな。
「この並びの、大体このへんの。お、あったわ」
障害がある訳でも無し、ディルの墓の前にはすぐに着いた。
家系がまとめて入るタイプの墓のようで、墓石にディルの生まれた年代が刻まれている。
……今が何年なのか、知らない。
「オフィークさん、この年数って今からどれくらい前になるのでしょうか」
「おお? ……242年前になるなあ、奥さんの名前も隣に彫ってあんな」
別の人とくっついていたか。
まあ、恋人ではあってもまだ伴侶でもなく、帰ってこない人を引きずらなかったのは悪くは無いんじゃあないだろうか。
気になる事はまだある。
「墓石に箱を埋め込むって、遺族はおかしいと思わなかったんですかね?」
結婚指輪をしまう箱くらいの大きさ。
金属のような、石のようなよく分からない手触り。
構造上は開けられるはずなのに、開かない。
指輪をはめれば開く仕掛けなのかな、と思えるくぼみまであるし。
「気になんなら、その指輪をはめてみればええやろ」
指輪を手に持ってどうしよっかなあと思ってたら、背中を押された。
考えていても仕方ないか。
指輪をくぼみに、はめこむ。
思っていた通り蓋は開いた。
だけど。
「何も入ってないね」
「ただの箱だったってか? 意味わからんな」
他に開ける方法があって、もう開けられた後だったかな。
蓋を閉めると、指輪がぽろりしたのでキャッチ。
おや、これは。
「指輪が変わってる、こっちが目的の仕掛けか」
銀色から白色に。
ポーチから変性試験紙を取り出す。
指輪と重ねて、魔力をのせたデコピン。
変化先は白、線は三本。
ランク三の指輪か。
「退魔の指輪ですね、これ」
魔力を注ぐと闇属性からの干渉を軽減できる。
デザインもよくて、お守りとしても十分有能。
「分かるんか」
「得意な分野ですから」
同ランクの指輪は他に無い。
投げ槍の指輪はランク二で一つ下、ジェーラさんに贈った耐毒指輪はランク五相当。
あくまで基準の話で、付加効果しだいではランクは上下するけど。
他に無いって断言したが、知らないだけでこの世界では新しく開発されてるかもね。
それにしても、やるじゃん。
術者不在で錬金術を成立させるのは簡単ではない。
物体に残った魔力量で微調整を掛けたり、劣化や酸化、素材の変質に気を遣わないと錬成出来ないのに。
「サプライズを演出して、贈り物にするつもりだったって事かな」
「直接渡しゃあ良かったがなあ」
ま、終わった事だ。
感傷に浸る程、親しい仲でも無し。
指輪を箱に入れて継ぎ目を錬金溶接する。
「持って行かんのか」
「ディルさんの物でしょう? 持って行く気にはなりませんね」
そんなの私の自己満足だろう、と言われたらそれまでだが。
でも、これって穿った見方をすればディルさんの浮気現場になるのか?
来世があれば三人でラブコメを楽しんでくれよな!
「それでは、行きましょうか。付き合ってくれて、ありがとうございました」




