61 ヤ
やってしまった。
窓の曇りガラスが明るくなっている。
うっすらと、まだ顔を見せない太陽の明かりが部屋の中を照らす。
結局、一睡もしていない。
湧き上がる、後悔、幸福、不満。
ぐちゃぐちゃな感情で混乱していて、しばらくぼーっとしていた。
そして、目の前には倒れたまま動かない男。
いや、死んでないけど……死んでないよね?
大丈夫だった、キチンと呼吸もしている。
念の為に回復力を向上するポーションでもぶっかけてやるか。
だが、ぶっかけられてもピクリとも動かない。
やってしまったというか、やりすぎてしまったというか。
えっ、これで終わり?
この感想に、我慢がきかなかったのが悪かった。
最初の数回は良かった。
相手が緩急をつけ始めたり、おへその奥に幸せを感じさせてくれたりと年齢相応の技術が光る。
だが、普段からスラ子を相手にしている私が、その程度で満足できるはずもない。
元気が無くなって来てからは、色々な方法で元気にしてあげた。
復活までに時間が掛かる様になってきてからは、仕方ないのでスラ子を使った。
後ろから侵入させると、喜びの雄たけびもあげていた。
その後、気を失っても関係なしに楽しんでいた。
「今度から媚薬を希釈したほうがいいかな?」
「どっちにしても、ふつうのひとは、たえられないとおもう」
そうかなあ?
ファンタジーの住人なら、一日くらい軽いと思ったんだけど。
一晩で気絶するとは情けない。
やっぱり、年を取ると体力の問題が出るか。
次からは回復ポーションをケツから無理やり突っ込んでやろう。
反省は次に生かす。
お金をもらってするのも、何か違うなって感じがした。
頭の中では常に義務感が付き纏って、純粋に楽しむことが出来なかったのだ。
髪も気付かれない様に操作出来たから良かったものの、前側に掛かったり広がったり、うざったいのな。
私はまだしてないけど、化粧をしている女性って大変なんじゃあないだろうか?
「はあ、シャワー浴びよ」
身体の汚れは汗でいくらか流れ落ちてるけど、髪の毛がヤバイ。
ベッドから降りて、早速シャワールームに入る。
清らかな温水を浴びていると、気持ちが洗われる。
まるで、生まれ変わるようだ。
自然と鼻歌が零れる。
あー、長い髪全部洗うのめんどくせー。
「スラ子、髪てつだってー」
「しょうがないにゃあ」
にゅるり、と仕込んでいたところから出て来る。
勢いよく出て来るから、身体が反応してしまった。
そういえば、守ってくれていたんだっけ。
「夜からずっと頑張ってくれて、ありがとね」
「……しょうがないなあ」
あー、いやされるー。
体を洗い終えて、更衣室に戻って着替え。
「ストライプと水玉どっちがいい?」
「クロの、ローライズ、ぬのすくなめ」
ラーメンの注文かよ。
別にいいけど、子供向けで揃える方針はどこにいったのか。
アンダーウェア、キッズドレスに眼鏡、身だしなみも整え終える。
小物入れもあったら便利だろうと、ウエストポーチを後ろにまわした。
外に出るかな、とサイドテーブルに金貨を置いたままだったことを思い出す。
部屋に戻ると、とても普通の空間とは言い難かった。
においは気にならないが、呼吸をする度くらくらする空気。
高い室温と雲が出来そうなほどの湿度。
ここに居続けると、ダメになりそうだ。
さわやかな朝を提供してあげるために窓を開けておこう。
まだ目を覚まさない男を横目に金貨を手に取り、そそくさと退場する。
ドアを開けようとしたが、ノブが回らなかった。
あれ、閉じ込められてる?
ぐいっぐいっとロックを外そうとするが、全然回らない。
「ドクターが、かぎのこていぐ、とかしたでしょ」
「あっ」
そんな前のこと、覚えているわけがないじゃん。
気恥ずかしさを感じつつ、鍵を直して今度こそ退出。
廊下に出たら、何となく速足になる。
顔見知りなんていないのに、何故だか今の私の姿を見られたくなかった。
「スラ子は、はずかしがってるドクターのすがた、みているけど」
「心を読むんじゃあないよ」
「しってるひとなら、だれでもきがつくよ?」
マジかよ。
大きく一呼吸すると、少し落ち着いた。
胸を張って歩け、恥ずかしい事なんて無い。
うん、いつも通り。
「おはよう、スラ子」
「おはよう、ドクター」
外に出ると、空は薄明るい。
大通りに戻ると、朝も早いのに人がちらほらと見える。
やっぱり、安価な明かりが安定供給されてない世の中だと早寝早起きが基本だよねえ。
しかし、錬金ギルドのような公共施設が開くのは遅いだろう。
人に尋ねて回るのも、仕事の忙しい時間帯は避けたい。
「となると、向かうべきは……お墓かな」
「イリスとの、やくそく」
そうだね。
教えてもらった墓地の場所なんて、問題が起こらない限り変わらないはず。
港まで行けば、丘が見えるから登ればわかる……だったかな。
直射日光に当たらないよう、忘れずにストローハットを被って歩き出す。
さすがに、大通りを歩けば海岸線までの方向は迷わない。
というより、既に丘が見えている。
「軽く走ろうかな。わざわざ海岸付近まで出る必要もないでしょう、直接行く」
これには運動不足を咎めていたスラ子もにっこり。
目的地を視線に捉えつつ、ほぼ全力で走る。
馬車が通る事を想定した道は広くても、ぶつかる可能性があれば足を緩める。
適度な運動で、徐々にランナーズハイに入っていく。
汗がじっとりと出るか、出ないかくらいで坂のふもとまで着いた。
構わず駆け上がる。
急坂で商売する人が少ないのか、もしくは地価が高いのか。
建築物のランクが上がっていき、走っている内に徐々に建物自体が少なくなっていく。
傾斜が緩くなり、水平に近い平坦な土地が広がる。
まだ登る道はあるが、その必要はないだろう。
ふう。
服の胸元をパタパタ。
おっぱいのまわりも蒸れていて、汗疹になると困るので濡れタオルを作って拭く。
ついでに腋も……顔も拭いてしまっていいか。
「せめて、ぬらしなおそう?」
「え? もうおまたも拭いちゃったよ」
ははっと笑うと呆れた声を出された。
ついてないと拭くのが楽で助かる。
「それにしても、全然疲れなかったな」
「かなり、はしったとおもうよ?」
「何でだろうね?」
全力で一時間くらい走ったかな?
昨日までと何が違うかと聞かれたら、それは魔力を回復しているかどうかだろう。
身体能力は魔法に頼らなくても、ある程度は魔力残量に依存して変動するということか。
ともあれ、眼前には墓地が広がっている。
知っている墓地と条件が違い過ぎて予想になってしまうが、それ程広くは無い、と思う。
気になるのは、高めに囲われている柵。
そのまわりに、魔力の歪みのような感覚がある。
魔力感知に意識を集中すると、あんのじょう結界……にしては弱いけど、侵入感知かな?
柵の内側に建っている、遠めでも目立つ広い屋敷に向かおう。
わざわざ墓地に立派な建物を建てる人なんて、普通はいないだろうし。
尋ねれば色々分かるだろう。
屋根付きの門構えになっている、柵に連なる墓地の入口を通る。
石畳を進み、屋敷まであと半分。
唐突に、髪を掴まれ後ろに引っ張られた。
一歩下がった状態で踏ん張ってしまう。
「いぎぃ!?」
「テメェ! どこのマワしモンじゃい!」
ドスの利いた男の声。
首には刃渡りが二メートルはありそうな大鎌の刃が当てられていた。
両手を挙げて無害アピール。
「あわ、あわあわ、わわああわあ」
言葉にならない。
なんでいきなり、やばいなんとかしないと、ヤの人?
情報量が多すぎてパニックになる。
「やめなさい、子供相手に」
後ろに気を取られている間に、目の前には成人前くらいの女性が立っていた。
茶髪で、顔つきは落ち着いている印象を受ける。
女性が上げていた手を降ろすと、鎌は外されて掴まれていた髪も解放された。
バランスを崩して、尻餅をつく。
「いたっ!」
「ごめんなさいね、お嬢さん。きょうは、何のご用事で来たの?」
一見、丁寧そうに聞こえる。
しかし、引き起こすこともせずに、こちらを見下ろしながら声をかけている。
まだ警戒は解かれていない。
「うえっと、えー、あの、ディル、もしくはイリスという方のお墓がこちらにあるのかなと」
座ったままで、取りあえず要件を伝える。
「おや、墓参り。……オフィーク、案内してあげなさい」
「予約も無しに、いいんですかい?」
「かわいい女の子の頼みくらい、聞いてあげなさい」
「はあ」
話がまとまって良かった良かった。
立ち上がって、おしりに付いた汚れを叩き落とす。
「嬢ちゃん、着いてこいや」
ここでようやく男の顔を見た。
薄く色がついた眼鏡をかけた、凄みがある顔。
インテリヤクザにしか見えねえ。
「あ、はい。お願いします」
こちらを見もせず、歩く男について行く。
「どうよ、スラ子。私の無害な小動物アピールで警戒心を解くテクニックは」
「こえ、ふるえてる。ほんきで、びびって、うごけなくなっていた」
そりゃあそうよ、今も身体の震えを抑えているし。
不意打ちで行動制限を掛けられて、命の危機をちらつかせて恫喝される。
男も女も関係なく、これで普段通りの対応出来たら、それは人間じゃあないわ。




