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「レディカヨウ、例の男の足取りがつかめました。今から向かいますよ」
朝早く、アルトがノックも無しに部屋に入って来た。
こちらは下着姿で柔軟中である。
視線が下に向かっているぞ、この変態め。
「すぐに着替えるから、一度出て行ってくれない?」
「……失礼。準備が終わり次第声をかけてください」
ドアを閉める瞬間にこっちをガン見するとかなかなかやりますね。
瞳が金色をしているからどこ見ているのか目立つんだよ。
ほんのり汗をかいているのでタオルを水に濡らして体を拭く。
外に出るだろうから動きやすい格好にするか。
チューブトップにローライズのホットパンツ、へそ出しで肌色ましまし。
下着も合わせて胸の谷間と下乳が見える程の狭いチューブトップブラと股上の狭いショーツ。
靴下は膝上までを覆うサイハイソックスでいいかな。
キックの威力が上がるスネ丈軍用ブーツに接触時小爆発が起こせる指ぬきグローブ。
武器は魔力で電気を発生させて非殺傷武器としても使えるスタンナイフを腰につける。
暗器やポーションは必要になったら出せばいいだろう。
まあ戦闘を専門にしている人にはまったくかなわないんですけどね、見た目は大事。
……意外とケツに食い込むなこれ。
「入っていいよ」
肩だしと太もも見えるとか最高だろ?
アルトは私を見るとフリーズする。
「そのような格好で外に出る気ですか?」
ショックが強すぎて紳士的になったか。
「これでも戦闘服だよ、グローブにいくらかアイテムも仕込める」
嘘だけど。
手の内に棒手裏剣を出し、見せびらかしてインベントリに戻した。
な? と返事を期待すると、納得したと応えてくれた。
「今更だけどついて行ってもいいのか? 私次第でどうのこうの言ってた気がするんだが」
地下の廊下を歩きながら念のため聞いてみる。
この先は外につながる道だったかな。
ここで働いてから一回も外に出てないからもう覚えてないな。
「ええ、相手は特に人数や武装が増えたわけでもなく、少々衰弱したように見えたとの報告が上がっていますから。楽な仕事になるでしょう、もし何かあっても私が守りますよ」
そのセリフが逆に不安になるのはサブカルチャーの知識があるからだろうか。
外に出ると以前に乗せてもらった御者無し馬車が待っていた。
途中まではこれに乗っていくってことかな。
馬車に乗る、エスコートは無しだ。
おや、と思ってアルトを見ると最初の夜に見た格好をしていることに今気が付いた。
自覚は無かったが私は緊張しているのかもしれない。
馬車が発進する。
「で、どこに向かってるの?」
「ここより西、レッドリーフ採取地への道路に向かいます。貴女が表の施設で最後に受けた依頼と同じ道になりますね」
表の施設ってなんだよ、私が働いてた職場は裏ですか。
そういえばこの男、人を始末するような仕事してるみたいだったな。
「あの道路って何かあるのか?」
この町に来る道にも特に変わったものは無かったような。
採取地にもレッドリーフあるだけだろうに、その奥は原生林が続く魔物の住みかだったような。
「さあそこまでは。ですが逃走するなら南東、北西、南西、いずれかの街道を通ると予想されてましたが。読みが外れましたね」
順番に港町、学術都市、砂漠方面か。
まあ普通は逃げるなら他に街がある方にいくよなあ。
で、実際は行き先が西の採取地方面と。
馬車に乗って30分程で道路口にたどり着く。
出発した時間も早く、まだ太陽が出初めて数時間くらい。
「ここからは歩いて行きます、偵察が先行していますが走行音が目立ってしまいますので」
先行している人がいるのか、その人に任せればいいのでは?
隠密専門で暗殺できないか、もしくは相手が意外と強いのか。
「アルトはどれくらい強いの?」
「どの程度ですか、何を比較として出しましょうか」
アルトは少し考え込む。
職務上信用しきれない人に実力はあまり見せられないのかもしれないな。
「そうですね、まだ接触するまで時間が掛かります。貴女の実力も知りたいので軽く組手をしましょう」
多分対象に接近すると先行してる人が報告に来てくれるのだろう。
しかし対人戦無敗のこのカヨウと組手とは。
軽い組手で実力を測れる辺り実力に自信があるんだろうなあ。
「いいね。武器は無しの素手でいいよな」
後ずさりして5メートル程の間合いを空ける。
私が構えるとアルトはうなずき。
「怪我をするようなことは無しでお願いしますよ」
アルトは何の構えもせずにこちらに向かい合っている。
「ああ、その余裕のある微笑みを歪ませてやるよ。いくぞ!」
上半身を落とし、踏み足に力を込めて踏み切る。
ダッシュはするが速度は出し切らず、歩幅を狭く踏んでサイドステップをちらつかせる。
構えた腕は降ろさず殴る腕の肩を少し引き、パワーを溜める。
このままの打点なら身長差もありボディーへのフックになるだろう。
あと一歩、踏み込めば間合い!
「フッ!」
間合いに入ってアルトの脇を抜けながらショートフックを打つ。
そのパンチはアルトのみぞおちに吸い込まれ――
無かった。
半身と半歩ずらしたアルトは体を覆うマントにコブシを引っ掻けて勢いを殺す。
そのまま後ろにまわり込むのを横目に見てフックの回転の勢いで地面スレスレの足払い。
飛んで躱されるが勢いを殺さずしゃがんだまま背を向けるまで回転させる。
両手を地面に付け、全身をバネに足を突き蹴る。
ぺしっ!
アルトは手のひらで私の靴を体の外側に叩いてはじくと、私の足を巻き込むように上半身を回し足首を掴む。
掴まれた足の膝を曲げてフリーの足で股間を蹴り上げようとする。
しかし半身を後ろに引くように反らすことで躱し、両足首をともに掴まれた。
あっ!
私は両手を自分の腰にまわして抑えるポーズをとる。
ハングドマンの正位置!
なんかポーズに違和感あるな?
「ここまででいいでしょう。……レディカヨウ、貴女は現場に着いたら絶対に前に出ないでくださいね」
アルトは私の弱さを心配したのか真剣な顔で忠告してくる。
0勝1敗、カヨウの不敗神話が崩れてしまった。
「大丈夫だよ、私の真価は耐久面だから」
溜め息を吐かれる、この不甲斐なさならそう思われるのも仕方ない。
アルトが両足首を掴んでいた手を放してもらって立ち上がる。
あれ、足掴みながらこっちを見ていた時の角度だと下乳見えてたんじゃないか?
少し汗をかいたので、首元にぱたぱた風を送りながらアルトを見る。
だが舞い上がってマントに掛かったほこりを叩き落としているようでこちらの事を見ているわけではない。
こちらの視線に気が付き目が合うと、即座に目をそらされた。
「アルト、そろそろ行こうか」
「ええ、ですがその前に……」
お、なんだ?
「その体を隠す外套か何かを持っていませんか? その、見えていますので」
何が見えるのかと視線を下にさげて確認する。
じーっとみて、気が付くまでに時間が掛かったがよく見ると汗でブラのラインが浮き出ていた。
確かにこれは見る方が恥ずかしいな。
「ごめんね、いま羽織って隠すよ」
腰までの丈がある地味な柄を選び、グレーのショートマントを羽織る。
耐物理効果のあるマントだけど他にあるのは派手な色の耐属性の物しかなかった。
言及されそうで使いたくはなかったけど仕方ない。
そのうち普段用に使えるマントでも作るか買おう。
「貴女のその装備、今回の件が終わった後に聞きますからね」
「はい」
終わったら逃げようかな。
それからは道路に沿ってしばらく歩き続ける。
太陽が真上に来る頃、一度小休憩することにした。
道路の脇に寄り、外套をシート代わりにして緑茶味のポーションを二人で飲む。
緊張感を保っていたので休憩中何かを話すわけでも無く、さて行くかとなった時。
オオオォォォオオオォォオォ!!!!!!
何かの雄たけび。
近い。
先行していたやつは?
一瞬アルトと顔を見合わせる。
何が起こったかなんて聞くまでも無く緊急事態なのだろう。
アルトは立ち上がるとすぐさま聞こえた方に走り、私はそれを追いかけた。