59 ドッペルゲンガー?
「ほかにできること、ふえてないの」
髪が伸びて、操作以外に出来るようになったことねえ。
「ないね、髪を切ってみたら何か変わるかも」
その言葉に反応したのか、髪から怯えた感覚が伝わってきた。
おお、なつかしのタマ……髪ヒュンだ。
意思のような物があるのだろうか。
かわいそうだから、お前を切るのは最後にしてやろう。
「そろそろ、まちにいこ?」
「そうだね、町を目の前にして野宿なんてしたくない」
水着を脱いで、全身を洗浄。
水を飛ばして、スラ子に貰っていたキッズドレスに着替える。
陽は落ちてるから帽子は要らないけど、何もないのもさびしい。
「スラ子、ちょっと手伝って」
毛量が多すぎて、前が見えなくなるのが邪魔。
頭の装飾を盛りすぎてもバランスが悪くなりそうだから、前髪を横に抑えるクリップだけ。
眼鏡と髪の毛で余計な魔力消費をしそうだから、魔力吸気のイヤーカフを着ける。
うん、まあこんな所かな。
「あるきながら、しなくてもいいのに」
「いや、なんか焦っちゃって」
町を前にして、夜になってもまだ宿も抑えてないとか。
そりゃあ、急ぎたくもなりますよ。
「ほら、クリップがまがっていてよ」
なんでまた、お嬢様キャラ?
整えてもらい、雑談をしながら街道の方に出る。
外壁がある訳ではないけど、せっかくだから正面から町に入ってみたい。
「本隊との遅れって一日分だったっけ」
「よるがあけたら、ふつか」
残りの陸路は六日分の計算だったけど、それはあくまでも順調だった場合だ。
今まで天候には恵まれていたが、山脈の北側の旅路では今の時期、雨が降りやすいとか。
体を気候に慣らしながら進むことを考えると、あと数日は遅れてもいいかなあ。
「明日やることは、えっと」
まず、錬金ギルドに行って登録して。
ついでに並行して海ニンニク売ろうかな。
で、イリスの関係者を探して。
「出発するっと、こんな所かな」
「まちを、しゅっぱつしたら、はしろう」
えっ、嘘でしょう?
絶対疲れるやつじゃん。
「自転車でも作ろうかと思ってたのだけど」
馬車が通っていて、井戸も滑車を使っていた。
ゴーレム馬車も走っているような世の中なら、自転車くらい悪目立ちもしないだろう。
歩いているはずの本隊に追いつくなら、それくらいの速度は欲しい。
「いいけど、とちゅうではしってもらう」
厳しい。
まあ、仕方ないか。
体力が落ちて困るのは私だからね。
魔法での明かりは使わず、かがり火が焚かれている。
物見やぐらの傍に建っている、駐在所と思われる小屋。
不審者がいないか目を光らせている衛兵。
「着いたー」
「ついた」
「ついついたー」
最後は見事なハモリ。
特に意味は無い。
念のためにスラ子には隠れてもらって、町の入口を通ろうとする。
「そこの女の子、ちょっといいかな」
悪い事をしていないのにドキっとする。
やっぱり夜に、女の子が外から帰ってくるのは不審だったか。
「なんでしょう」
「どこかで……? ああ、昨日の女の子か。一人で戻って来て、何かあったのか?」
?
何言ってんだ、このおっさん。
「ええ、その、はい。えーっと」
「シガテラてい」
スラ子が私にだけ聞こえるようにボソっと呟く。
しがてらテイ?
なるほど、ピンときた。
「シガテラ亭に忘れ物をしまして、行くにはどの道順を辿るといいのでしょうか」
「忘れ物だったか……そうだなあ、夜で逆の道を辿るのは分かりにくいか。一緒にいけるなら良かったんだが」
「大丈夫です、教えてもらえれば一人でも行けますから」
「そうか? なら、ここを真っ直ぐ行って、左の四番目の道を曲がって、突き当りを右だよ」
「ご丁寧な対応、ありがとうございました」
「これも仕事だからね。夜は危ないから、町からの出発は明日にするんだよ」
「ええ、ではまた」
お辞儀をして去る。
歩きだした後も、しばらくはこちらを気にしてくれていたようだ。
そろそろ声が聞こえないくらい離れたかな。
「ふう、スラ子。もしかして、本隊では私に擬態しているの?」
「そうだよ、いわなかった?」
言ってないんだよなあ。
いや、よく考えたら私に擬態しているのは自然なことだったかも。
「私に似た何者かがいるのかと思って、どうするか考えちゃったよ」
「それだけ、かんぺきにばけてる」
「いざとなったら、その能力を頼りにするからね」
「そんなきかい、ないほうがいい」
そりゃあそうだ。
そんな話から始まり、この時間でも宿で晩御飯が出るのかどうかを話題に歩いていたのだが。
「もしかして、まよった?」
「ハハ、まさかそんな訳が」
左に曲がってすぐは何とも思わなかったけど、裏路地のような場所になっている。
先ほどまではポツリポツリと街灯もあったが、今は星明りが降り注ぐのみである。
人がすれ違える程度の幅の道、普通の人が使う一般的な道ではないだろう。
「四つ目を曲がるんだよね?」
「おおきなとおりの、よっつめかも」
そう……かも?
そういえば、この道に入る時も少し狭い道だなあと感じていた。
「引き返そうか」
踵を返して、戻ろうと振り返ったとき。
他の路地から出てきたのか、それとも初めから後ろに居たのか、男が立っていた。
「お嬢ちゃん、一晩どう?」
ええ?
チンピラ、には見えない。
身なりもよく、姿勢も正されていて、まっとうに生きている目をしている。
体格もしっかりした、イケオジと呼ばれるジャンルの見た目。
こういう所で棒立ちしていたから、そういう仕事に見えたのだろうか。
あっ、そうか。
今、手ぶらで荷物を一切持ってないから慣れてる人に見えるのかも。
「金貨一枚なら受けますよ」
笑顔でやんわりと断る。
「いいよ、じゃあ、決まりだ。いい場所があるから一緒に行こうか」
優しく手を繋がれ、歩き始める。
考えていた事と違い、混乱して対応が遅れた。
……え?
金一枚だよ?
物価を考えたら、大卒初任給くらいのお値段ですわよ。
「ドクター、もしかしていくの?」
気付かれない為か、私の鼓膜を直接震わせて問いかけて来る。
「……冷静に考えると怪しい、恐らく悪い人だから返り討ちにしようか」
人を相手にするなら、どうとでも不意打ちできる。
もし犯罪組織の下っ端だったとしても、逆にカツアゲした所で、どこからも文句は出ないだろう。
これは、むしろラッキーでは?
男をよく見ると、時折後ろをチラリと見て何かを警戒しているようだ。
こうした行為を見せられると、ますます怪しく感じられる。
手を引かれた先は、連れ込み宿といえる場所だった。
道も狭く、高い塀のおかげで通りから中の建物は見えにくい様になっている。
明かりが漏れている窓を見ると、曇りガラスが使われていた。
窓が開いて声が聞こえる部屋もあるが、カーテンでブラインドがされて中を伺うことは出来ない。
裏路地の通りに建っていて、客が入るのだろうか?
ここが、この男のハウスね!
奥まったところにある玄関をくぐる。
中は明るく、魔力のランプで照らされていた。
内装は地味だが清潔感があり、目立った汚れは見当たらない。
モルタルのような壁に壁紙もしっかり張られている。
男がカウンターに向かい、備え付けのベルを鳴らす。
カウンターにはブラインドがされていて、キャッシュトレーが通る程度の隙間が空いている。
向こうに誰かが座った。
お金をトレーで支払うと鍵が返ってくる。
張り紙に書いてある料金は、何種類もあった。
値段でグレードが変わるのか?
鍵を受け取った男は、再び私の手を取った。
「待たせたね、行こうか」
「あ、はい」
階段を上り、廊下を進む。
内部の構造は単純で、曲がりくねっていたりはしていない。
「緊張してる?」
声を掛けられて、はっとした。
道順や建物の内装を覚えるのに集中して聞いてなかった。
「名前を聞いて無かったよね。おじさんのことはジャス……と呼んでね、君の名前は?」
「シャガです」
「シャガか、いい名前だね。もしかして、初めて?」
「ええまあ」
「硬くならなくても大丈夫だよ、おじさんは皆から優しいって言われてるんだから」
「そうですか」
その優しいは違う意味だと思うけど。
すぐに着いた。
部屋番号『206』、今夜ここで惨劇が始まる。
虹Lノーミス達成したので更新




