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56 メッセンジャー

 収穫を終えて、船長室に戻って来た。


「あー、しんどかった。スラ子、身体ほぐしてー」


「おつかれさま」


 全身を包んでマッサージしてもらえばいいのだが、スラ子の容量が少ない。

 仕方ないので、湿布状に貼りついて凝った筋肉を揉み解してもらう。


「う゛ぁ~、きくわー」


 私の惨状を見たイリスが申し訳なさそうにする。


「子供にさせる労力では無かったかもしれないネ」


 どちらかと言えば呆れてる?

 リラックスボイスがおっさん臭かったか、ごめんねごめんね~。


「いえいえ、実のある収穫でしたから」


 価値があるのは実では無くて球根だけど。

 海ニンニクは葉、球根、根を切り分けて、それぞれ仕舞った。

 少数を株分け用、三割ほどをそのまま収穫して換金できるようにしておく。


 収穫物をインベントリに仕舞う。

 教えてもらった収納術を試す。

 境界空間のブロック分けをして、現実では不可能な超高速対流をさせるという物だった。


 たぶん、ウラシマ効果だと思うんですけど。

 言った所で、ウラシマが何かを説明するのも面倒なので心にしまって置く。


 ともあれ、手持ちの物に関しては時間による劣化を気にしなくてもよくなった。


「ぐるぐる回しすぎてバターになったりしないよね?」


「そのときは、あきらめる」


「バターとは懐かしいネ、味なんてほとんど覚えてないネ」


 味覚どころか胃も無いから食べる意味がないもんね。

 んー、味が分かればいいのだろう?


「なら、いけるかな? やってみないと分からないか、スラ子」


「なあに?」


「フレーバーサンプルを魔力変換出来ないかな」


「そのままへんかんしても、いみないとおもうよ」


「おや、何か面白い事でもしてくれるのかネ」


「はい、イリスさんは少し待ってて下さい。あ、でも上手く行かなかったら手伝ってもらうかもしれないです」


 イリスは待つことは慣れているのか、椅子に座ったまま頷いて楽しみにしてくれているようだ。


「そのときは、存分に頼りにするといいネ」




「じゃーん、お待たせしました。ベリータルトもどきです!」


「おめしあがりください」


 タルトもどきを執務机に並べる。

 それを見たイリスは狐につままれたような顔をした。


「これは一体? 幻覚魔法かネ」


 タルトを持ち上げて、横から下から眺める。

 幻覚を掛けている訳じゃあないよ。

 水の中でタルトを出されるのは不思議に見えるだろうけど。


「まあまあ、取りあえず食べてみてください」


「それもそうだネ。でも、あー」


 普通の食べ物だったなら、イリスが口にした食べ物は顎からゴミとなって飛び出るだろう。

 そんなこと、考えていないはずが無いでしょう。


「大丈夫です、見てのとおり普通のタルトではありませんから」


「そう……それでは、頂こうとしようかネ」


 掴んだタルトもどきをパクパク食べていく。

 ためらっていた割には、勢いよくいったなー。


 タルトもどきは形を失った部分から消え去っている。

 きちんと出来ている、後は味が好みに合っているかどうか。

 現代人基準の味だから、甘く感じすぎるかも。


「美味しく出来ているネ。幻覚の類に見えるけど、この記憶はユーが体験したものかネ?」


「効果は幻覚の魔法と同じですが、実態はオリジナルの魔道具です」


 幻覚魔法は対象、もしくは使用者の記憶を改変して疑似体験させるもの。

 想像が出来得るなら魔法で同じことが出来るが、今回は別。

 イリスや私の記憶から味や食感を引き出しているわけでは無いので、幻覚の魔法にはならない。

 ちなみに不完全な幻覚だったなら、なんとなく美味しいという感情が湧くだけだ。


 だが、味見をした限り美味しく作れているはず。

 各種ベリーの甘酸っぱさと生クリームの甘さ、タルト生地のサクサクとした香ばしさをきっちり出せている。

 そもそも、私の魔法は出力が足りなくて幻覚の魔法を使っても、ここまで本物と瓜二つの幻覚にはならない。


 なので、魔力を固める硬度を調整して、それぞれの色合いや食感を再現。

 味はフレーバーによる刺激を味蕾みらいでは無く魔力体に送り、直接認識に働きかける。

 形が崩れたら溶けるように消えていくので、口どけもスッキリ。

 違和感を覚えないように注意して作った。


「とまあ、このタルトもどきのネタバラシはこんな感じです」


 魔法では無く魔道具と言ったけど、本当は私の固有能力で作っている。


 発想はオリジナルじゃあないんだけどね。

 VRで五感を再現するシステム。

 ゲーム中で起こった事に現実感を持たせるため、脳に電気信号を送る。

 この過程を可能な形でパクっただけだ。


「面白い事を考えるネ、ただ悪用をしないように願うネ」


「それはもちろん」


 幻覚の魔法との相違点。

 効果対象外の人から見ても存在しているように見えること。

 うまさもマズさも、存在しない味を現実に味わえること。

 これくらいだろうか。


 悪用しないように、と言うのも分かる。

 これを使えば毒物を判断することが出来なくなる。

 普通の食べ物だと感じさせることで、完全にカモフラージュ出来てしまう。


「他人を不幸にするために料理を作るなんて、虚しいだけじゃあないですか」


「あー、さっきはああ言ったけど、必要なら悪用するようにネ」


 あら、やさしい。

 それは相手次第ってことで。




「それでは、そろそろ私達は行きますね」


「そうかネ、お互いに旅を楽しもうじゃないかネ」


 イリスとは、さっぱりとした一期一会の付き合いだった。

 こういうのも悪くないね。


「そうだ、イリスさんから誰かに伝言は無いですか」


 貰ったものを考えるなら、これくらい安い仕事だ。


「そうは言っても、もうどれ程の時間が経っているか分からないからネ」


 イリスは地上があると思われる方を見上げて想いにふける。

 考えることは色々あるだろう。

 未練は無いと言っていたが、人のよさそうなイリスなら、そんな事ありえないだろうから。


 ふむ、と呟く。

 何かに思い至ったようだ。


「ユーには、これを預けておくネ」


 銀製の指輪。

 内側には『ディル』の文字が彫られている。


「この名前の方は?」


「待たせていた男に渡す予定だったものだネ。いや、一方的に待っていてほしいと宣言しただけだったからネ、もう忘れてしまっているかもネ」


 ハハハ、とイリスは過去を笑う。

 この人、生前は相当やんちゃしていたな。


「名前で何となく察してはいましたが、イリスさんって女性だったんですね」


「失礼だネ、ミーのようなナイスバディは中々お目にかかれないネ」


 いや、物理的にスカスカですけど。

 セクシーポーズを披露されても困る。


 世界のどこかに存在するボーンフィリアから見たら、イリスは良い体をしているのか?

 ちょっと、ついていけないですね。


「このディルさんを訪ねればいいのですね」


「生きているなら、だがネ」


 どの辺りで暮らしていたかも聞いておく。

 町並みが変わって参考にならないかも、と言われたが。

 それは仕方のない事だろう。

 それに私も、そこまで真面目に人探しをする気は無い。


「墓地があったりしませんか」


「墓地……ああ、そうだネ。そこを探すのが早いかもしれないネ」


 海の見える丘に代々、墓守をしている人がいるらしい。

 ただ、管理費が払われていなければ墓じまいされるとか。

 墓石の寿命も気になる所。

 当然ではあるけど、世知辛いね。


「では失礼します。イリスさん、近くに出口はありませんか」


「それなら船長室の窓から出るといいネ。そうそう、出た後で手品を見せてあげるから、興味があるならミーが書いた研究から答えを求めるように。ミーからの宿題とするネ」


 手品ね。

 水中で花火でも見せてくれるのかな。




 はめ殺しに見えた格子窓を開けると、海中に繋がっていた。


「ここから入るだけで良かったのか、無駄な時間を使っちゃった」


「おばけやしきみたいで、おもしろかったよ?」


 あーやだやだ。

 説明がつかないような奴を相手にするくらいなら非実体系に舐られる方がマシだね。


「イリスさん、ご健勝をお祈りいたします」


「またね」


 海中に入ってすぐでまだ近くだが、私達は大きく手を振る。


「ユーたちも人生を楽しんで来るといいネ」


 手を振り返してくれた。

 前を向いて泳ぐ。

 肩のスラ子もタコに潜って合流したようだ。


「寄り道に時間かかっちゃったけど、そろそろ戻ろうか」


「ドクター、うしろ」


 言われたまま、振り向く。

 そこには先ほどまであった船が丸ごと消え去っていた。

 魔力に還る時の浄化の光も無く、綺麗さっぱり消失している。


 手品ってこれか。

 視界は魔法の明かりに頼っていたので、レーダーとソナー両方使う。

 だが、反応は返ってこなかった。


「行っちゃったね」


「いいひとだった」


 イリスは魔界とやらに旅立ったのだろう。

 結果は分からない。

 彼女の理論が正しかったことを祈るだけだ。

 暇な時にでも貰った書類を精査して、予測でもしてみようか。


 そこまでして行きたいものなのかな?

 新しい世界に行っても努力が必要で、苦労が絶えないのだが。

 それを楽しんで生きている私が言っても説得力に乏しいか。




 少しずつ、水圧の変化に身体を慣らしながら浮上していく。

 海中は平和だった。

 タコの魔力に怖気づいているのか、それともたまたま魔物がいない海域なのかは分からないけど。

 もう明かりも必要ないくらい。

 ソナーの反応からは食べられそうな魚が泳いでいるのが確認できる。


 スラ子が、何か言いたそうに呻いていた。


「どうしたの、何か忘れものでもあった?」


「ドクターさいきん、うんどうぶそく、だよね」


 今は空気噴射で推進していて厳密には泳いではいない。

 遡って考えても、運動したのはクリオネを撃ち落とした時……?

 いや、あれはベリアの体であって、今の私ではないか。


「それがどうかしたの」


「うんどう、してもらおうかと」

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