55 結局この骸骨何だったの?
「なるほど、水圧によるストレスと光の加減ですか」
イリスから海ニンニクの栽培技術を教えてもらっている。
道中で見た漂う光は、育成のために出していた魔法らしい。
船の中を徘徊していたのは、不足しがちな魔力を自己補給するためだとか。
魔力を吸引して生きているように見えたから、魔物のように見間違えてしまったのだろう。
他にも肥料や土壌の話もしたが、割愛する。
ここで調達できる肥料……海底に落ちてきたプランクトンとかだよね?
「後は安定した魔力の供給だネ、生き物が寄ってくる環境で他の魔力が混ざるとすぐダメになるネ」
同じ場所で定期的に採取出来なかったのは、この特性があったためか。
随分繊細な。
あー、もしかしてマズかったかな。
「この部屋に来る前、農園に入って一株採取したんですけど」
「うん、本当はダメだけど仕方ないネ。売り先がある訳でもないから気にする事でもないネ」
直接触れない様に採らないと、他の株が枯れる危険がある。
でも、あの状況から人の農園である事を察知するのは難しい。
「売り先で思い出したネ、この船は元々仕入れに行く途中でミーも便乗」
おっと、隙を見せてしまった。
だが、その先は言わせない。
「この船、見た目と広さが一致してないんですけど、何か知らないですか」
にこにこ。
話しを遮られはしたものの、気を悪くしてはいなかったのか教えてくれた。
「うん……まあ、そうだネ。この船はミーの魔法で空間拡張を行っているんだネ」
「空間拡張? そんな事が現実に可能なのですか」
応用可能ならワープも、時間操作も出来るのでは。
「正確には違う物だネ」
どっちだよ。
やきもきしていると、イリスの手には指輪が握られていた。
いつの間に。
「その指輪は、どこから?」
「しらじらしい」
スラ子、今良い所だから水を差さないでくださる?
聞いた後でスゲーって言ってあげないと可哀想な流れでしょう。
「これは今から話す理論の第一歩だネ、物質が――」
以下省略。
私がインベントリと呼んでいた技術を、この世界の人なりに研究されていた。
そして、その応用として船の拡張が行われていたと、つまりはそういう事である。
「では、この船を自分の中にでは無く、通常空間から繋がる所謂亜空間のような場所から空間を間借りする事で拡張がされているという事ですね」
「亜空間ネ、良い表現かもしれないネ。仲間との研究では、ミー達の世界と魔界を繋ぐ境界を利用した技術になると考えられていたネ」
自由に扱えるなら色々出来るようになるだろう。
問題も多いが。
魔界とか気になる単語は後回し。
「ですが、普通の人には出来ないですよね」
私の言葉に溜め息を吐くアクションを取る。
骨だから呼吸なんてしてないし、そもそも水中にいるけど。
「ミーはこの姿になり、長い時の中で出来るようになったのは事実ネ。しかし、出来る事を証明してしまった以上、普通の人にも出来ないはずが無いんだネ」
精神論ですか。
いやまあ、インベントリの使い方を人に伝えられなかった私が技術を語るのは違うかもしれないけど。
「ミーの理論は言葉では伝えきれないネ、せめて書くものがあれば書類に纏められるのだが、残念ネ」
「あ、ではこちらをどうぞ。耐水性の魔羊紙とインクだけでいいですか?」
水中でも使える紙の束と、タコ墨と鉱物から錬成したインクを渡す。
それを見てイリスが目を丸くした、ような動きを見せる。
「今、どこから出したネ?」
それ、さっき私が言ったセリフね。
イリスは何故か突っ込んでこないけど、今の私は全裸で隠すところも無い。
あるだろ! といった下品な突っ込みは無しで。
「どこからも何も、イリスさんの方法と同じですよ」
「……ユーも人が悪いネ」
「ドクター、せいかくわるいネ」
「すみませんネ」
えへっ。
私のインベントリがあくまでも現実的な技術であって、例外ではない事が嬉しいのだ。
少しだけ、はしゃいでいたのは許してほしい。
「それではミーは書類に纏めるから自由にしているといいネ」
イリスはペンを使わずに、インクを直接操った。
水中を漂わせたインクをハートや星、動物の模様に変形させた後、魔羊紙に落としていく。
文章だけでは無く、図形も織り交ぜる事で分かりやすくなっている。
始まる前は時間が掛かると思っていたが、A4サイズを数分で一枚埋めていく。
その様子を見ているだけで、すぐに終わりそうだと思える。
しかし、自由にしていいと言われてもなあ。
スラ子と遊ぼうにもイリスの近くでは恥ずかしいし、んー。
「イリスさん、書きながら話をしてもらってもいいですか」
「簡単な話なら大丈夫ネ」
執筆速度の変わらぬまま、良い返答を頂く。
いいねえ、書きながら話せるなんて羨ましい。
「先ほど魔界という単語が出てきましたが、そのような世界はあるのですか」
「どうだろうネ。あるとされてはいるけど、到達したが最後、こちらの世界には帰ってこれないからネ」
物質は魔力に還った後、境界を通って魔界に行くらしい。
魔界では魔力のみで構成された世界で、地獄とも天国とも言われているとか。
えー?
この世界が魔力と物質で循環されてるなら、魔界なんてシステムいらなくないか?
証明はされたことは無いが、存在を観測した形跡があるとか。
何それ、ソースはネット掲示板並に眉唾では。
「ミーも、これを書き終えたら魔界を探しに行こうかネ」
「それは……」
唐突なカミングアウト。
察して、言葉に詰まる。
イリスの声色は覚悟が決まっている。
「研究成果を伝えることが出来て未練も無くなったからネ、そこらの魔物のように他者を襲って貪るだけの醜いモノに成るのは御免だからネ」
それでも。
まだ何か。
声を出そうとするがそこまで。
引き止めたり、しようと思えばできる。
出会ったばかりの、ほぼ他人という事も理由になるけど。
だけど何となく止める気にはならなかった。
やりたいことをやる。
その生き方に感じ入るものがあった。
イリスは、もう死んでるけど。
「これがミーの伝えられる研究成果になるネ。今更ながら、相当な枚数を使ったけど良かったのかネ」
早い、辞典サイズの分量をもう終えてしまった。
紙の劣化防止、インクの保護の為にラミネーションしていく。
自分一人では時間が掛かるので、スラ子にも手伝ってもらった。
「大丈夫です、嵩張らない消耗品なら大量にありますから」
チラ見した所、栽培技術・魔力と空間の相関性・天体の観測結果など、雑多で面白そうな物がいくつか見られる。
読み終わるのは、どれだかかかるのやら。
「ならいいけどネ、この船も消耗品が余る程あったなら苦労は無かったのだがネ、そう昔は――」
昔語りをしたがるとか、未練タラタラじゃねーか。
だが、今度は話を遮るような事はしなかった。
興味が無いわけでは無かった事もある。
老人の話は聞けと教えられたことを思い出したのだ。
前言撤回。
やっぱり、老人の話は聞くものじゃあないわ。
ほとんど愚痴で身になる話は一割くらいしか無かった。
「いやあ、少し長くなってしまったネ」
スッキリしたのだろう。
イリスの声色は少し明るくなっている。
「いえ、面白いお話でしたよ」
「スラ子は、くつうだった」
正直に言うんじゃあないよ。
私だって笑顔が引きつりそうになるのを我慢してるんだよ!
「そうそう、海ニンニクだがネ。全部持って行ってもいいからネ」
「えっ」
全部……全部!?
「いいんですか」
「ユーたちが去ったら、この船ごと旅に出るからネ。廃棄するくらいなら持って行って貰った方が有意義だからネ」
「ありがとうございます。あ、でも株分け出来ないから加工して持って行く必要があるのか」
「ドクター、がんばって」
滅茶苦茶量が多くて大変だけど、スラ子には手伝って貰わないとね。
私ひとりでは一日で終わらないから。
「境界保存が出来るなら株分けも不可能ではないネ、教えてあげるネ」
「あらまあ、助かります」
「ドクター、がんばって」
頑張ってじゃあないよ。
スラ子も頑張るんだよ!
沈没船なんて出す予定も無く、人魚の話でも作ろうかと思っていたのにね
おかしいね
あと魔界なんて設定想定してないものを、さもあるかのように発言するのはやめてほしい




