53 船は広いな、大きいな
沈没船の探索を今から始める。
明かりを右に、左に向ける。
侵入口につながる通路を見る限り、長い時が経っている様には見えない。
木を腐らせる微生物もいないのか構造材も綺麗なままで、再利用も出来そうなほど。
物音も聞こえてこない、生き物は住みかにしていないのかな?
「静かだね」
魔法によって直接水を震わせる声が、空しく響き渡る。
泳ぎ始めてすぐ、後ろからスラ子の声が聞こえた。
「まってー」
「うわっ」
通路に入って来たスラ子が、みっちりと詰まっている。
大ダコが迫ってくるその姿は、ホラーゲームに出て来るクリーチャーのようだ。
「その大きさ、どうにかならないの?」
「ならないよ」
理不尽な発言だったとは思うけどさ。
でも、邪魔な上にスラ子自身も前が良く見えないでしょう。
「分裂して私について来る事は出来ないの?」
「できるけど。てつだい、できなくなるよ」
「何もいないみたいだから大丈夫でしょう。おいで、一緒にいこう」
タコの口から小さなスライムが出てきた。
ミニスラ子が私の肩に乗ると、タコは船の外に出ていく。
「タコは、おふねのまわり、けいかいさせる」
「うん、ありがとう」
出鼻をくじかれた感じはするけど、切り替えていこう。
「何もない」
「このへやも、さがしてみる?」
「んー、いや。探すところが無くなってからかなあ」
空気噴射を反転させて部屋から出る。
部屋に入って中を見て回っているけど、めぼしいものが見つからない。
沈没の余波なのか、ベッド等の家具がぐちゃぐちゃになっているだけの部屋しかない。
「そりゃあ、そうだよね。沈没する事が分かっているなら、イチかバチか荷物を持って海に飛び込むよね」
飛び込んだ後、助かるかどうかはともかく。
航空機や船で救助に来ることもないだろう。
こんな状況で助かるのは赤毛の冒険者のような豪運の持ち主だけだ。
「もしかして、むだあし?」
タコの足は八本だから、無駄足も四倍だな!
「どうだろうね、そうならないことを祈りたいよ」
まだ探していないけど、期待している部屋はいくつかある。
船長室、貨物室、あとはどこがあるかな?
持ち運びが出来ない大物を置いているはずの場所や、貴重な資料がありそうな所はこれからなのだ。
「船の底側に行ってみよう」
貨物用の帆船なら船のバランスを考えて、重い荷物は底部に置くはず。
船の知識なんてほとんど無いし、行き当たりばったりな方針だけどね。
「どっちが、いきさきかな」
目の前の通路はY字型の二股になっている。
あれ、なんかおかしくないか?
木造船って、こんな無駄な通路を作る余裕あるの?
「右で」
なんとか理論の行動心理学で左を選びがちだからとかなんとか。
妙な違和感が、頭から離れない。
だから、この時点で想定して動いている。
この船がダンジョン、もしくは何者かの意図した空間ではないかと。
「ドクター、ストップ」
空気噴射を止める。
明かりを消灯し、視界はマジカルレーダーに……いや、ソナーを使うことにした。
静かにすると、レーダーに頼らずとも微弱ながら動く魔力の反応が感じられる。
ドクターストップって、私が知らない内に怪我をしてるとかじゃあないよね?
一応、何かがあってもいいように、壁際に寄って体育座り。
一時的にタンクを作って管を繋ぎ、咥えることで呼吸による気泡をごまかす。
姿を消して魔力も隠したので、これでバレないはず。
……。
通路の奥。
右から左に遮る様に明かりが通る。
……明かりだけ。
ふわふわと、淡い光が部屋の扉を貫通して入っていく。
まるで波縫いをするように、向かいの部屋へと交互に移動する。
その様子は、囚人を見回る看守に見えた。
少しずつ、こちらに近づいてきた。
目の前を通り、思わず息が止まる。
太ももをこすり合わせ、胸の下で組んでいた腕に力が入る。
無意識に緊張をしていた事に気が付き、ゆっくりと呼吸を戻していく。
そのまま通り過ぎ、何部屋か経由して。
見えなくなっていった。
へっ、甘ちゃんが。
ドキドキさせやがって。
「ゴーストの類かな?」
「わからない、いしがあるようには、みえなかった」
とりあえず、あの明かりが去って行った方とは逆へ。
ビューっ!
わひぃ!?
「ごぼぼぼぼ!?」
耳の奥に水流を流し込まれた。
「ごぼぼぼぼ、だって。おかしー」
ミニスラ子がお腹を抱えて私の肩をバンバン叩いて来る。
くっそ。
こんなイタズラをしてくるとは。
少し水を飲んでしまったじゃあないか。
「やめてよね、本気で驚いたじゃん」
「だって……ふひっ、ドクターこわいの、にがてなの? おもらしはしてない?」
「そんなことは無いと思うけど、さっきの奴も所詮魔物の一種でしょう、怖いわけがない」
あと、おもらしはしてません。
「まものには、みえなかったけどなー」
魔力が弱すぎて、目の前を通ってもアレが何か分からなかった。
魔物と言い張るには、根拠が弱かったのは確か。
怖か……冷静さを欠いていたけど、もしかしてなにかの魔法かな?
「そうなんだけどね。まあ、あの明かりがどうして部屋を巡回していたか、確認してから考えよう」
部屋のチェックを再開する。
ドアを開けるのが必然的に慎重になり、部屋から出る時も確認を怠らない。
「間違いなく何かが居ると思うんだけど、それにしては奇妙だよね」
「そうなの?」
「罠が仕掛けてあるかと思ったんだよね。通路の影になっている所とか、ドアや部屋の中に」
不自然に長い通路が心理的な罠か、と言われたら微妙な所だろうか。
「もっと、おもしろいことになるとおもってたのに、ざんねん」
「面白いこと?」
割れた木材の隙間から飛び出す手。
悲しむ女のすすり泣く声。
鏡に映る、血まみれの自分の姿。
怖い話をスラ子がしてくれたけど、それって幽霊屋敷では?
「沈没船と言ったら、未練のある海賊がスケルトンになったりする方が自然でしょう」
「……ドクター、こわいはなし、へいきなの?」
「だって怖くねーし。不自然で説明がつかない存在が怖いだけだし」
あ、怖いって言っちゃった。
でも、非実体のゴーストですら魔力と何かの意思から生まれる、過程のある存在だからねえ。
分からない存在ってのは、それだけで恐ろしいものでは?
「ふーん。じゃあスラ子が、こわくないように、なでてあげるね」
肩の上をトコトコ歩いて顔に近づくと、頬を撫でてくれた。
これ、本気でやってるのか、ふざけてやってるのか判断に困るな。
「ふふっ、ありがとう」
でも、落ち着くからいいか。
思い返しても長すぎる通路の先にあった下り階段を進み、突き当りまでたどり着いた。
「なにも、なかったね」
「亡くなった人の骸骨が一つや二つ、あるかと思ったんだけどね」
目の前には大きな扉。
仕掛けの反応なし、ここも罠は無いかな。
蝶番が劣化して開かない扉があるかと思ったけど、全部手入れされていた気がするなあ。
そんな事を考えながら、扉を開ける。
空間のサイズは広く、天井にはドアのような物が付いている。
天井の入り口部分の横にフックが取り付けられている。
ロープや昇降機を使う事で貨物を出し入れ出来そうだ。
そう考えると、ここが多分貨物室なのだろう。
そして、ここには貨物は無かった。
だが、代わりと言っていいのか。
「草が生えてる」
「いっぱい、はえてるね」
私はツルツルの方が敏感になって好み、いやそんな話はどうでもいい。
マジカルソナーでは色は分からない、形は分かるのだが密集したものだと脳が認識を拒否する。
無機物ならある程度の予測はできるが、暗闇の中で植物の判別は自信が無い。
「明かりつけても大丈夫だよね」
「うん、だいじょうぶみたい。ろうかには、なにもいないよ」




