52 おさんぽ気持ちいいの
少し眠って、スッキリした。
爽やかな気分だ。
上も下も分からない海の中を、制約なく泳いでいるから?
それとも幻影を解いて、何も身にまとわず自分の身体で泳ぐのが気持ちいいからだろうか。
まあ、それだけじゃあないけど。
スラ子も分かってるよなあ。
触手だけを使って終わりかと思ったら、丸呑みを始めてくれるなんて。
タコの足が一本だけ生殖器になってるなんて、初めて知ったよ。
二次の触手モノの元ネタって、こういう所から生まれているのか?
それに、吸盤も素晴らしいものだった。
「それで、これからどうするの?」
おおっと。
いつの間にか、ぼーっとしていた様で、暇を持て余したスラ子が聞いてきた。
そろそろ、何か行動を起こすか。
そう思ったのはいいけど。
「どうしよっか。そもそも今、私達がどの辺りにいるのか、分からないんだよね」
小さい魚が近くまで来たかと思えば、大ダコにビビッて逃げていく。
他に魔物が寄ってこない所を見ると、この付近はタコの縄張りだったのだろうか。
深い海の中。
この暗さ、流石に水深四ケタって事は無いと思うけど。
それでも濃紺に染まったこの世界に、陽の光はほとんど届かない。
「取りあえず、もう少し深く潜って見ようか」
大ダコを操るスラ子に触手を巻き付けてもらう。
自分で泳ぐよりは速く、すぐに海底に着くだろう。
もし想像以上に深くて苦しくなるなら引き返せばいい。
……。
確かに速く、数分後には周りは真っ暗になり、深くまで潜って来た感じがする。
でもさあ。
「その泳ぎ方、どうにかならないの」
「はやく、およごうとおもったら、うしろむきに、ならざるをえない」
後ろ向きに、溜めと急加速が交互に繰り返される。
水の勢いはタコで軽減されるから、不快感はあまりないけど。
巨躯に邪魔されて、前が見えねえ。
暗さも相まって、周りの確認はマジカルレーダーを使わないと肉眼で確認する事は不可能だ。
いやまあ、前が見えたとしても底の見えない海しかないんだけどさ。
あ、そうだ。
「自力で泳いでみるよ、思いついたことがあるから」
触手を解いて、解放してもらう。
圧縮水素でスラ子を打ち出した方法、アレを使えばいいじゃん。
魔力を固めて、ボンベを作る。
水素……は危ないから圧縮空気を作り、タンクに詰めて噴射口を付ける。
この空気を噴射する事で高速移動出来る、はず。
ついでに、自身の重さも軽くして加速しやすくしてみよう。
「じゃあスラ子、私さきに行ってるから」
よし、じゃあ空気解放!
「着いてきぶえぇえぇぇ!」
あまりの加速のえげつなさに首が折れそうになったぞ!
発声魔法の制御を外したせいで、変な声になっちゃった。
原因は空気の圧縮率か、噴射口の大きさか?
まずは噴射を止めよう。
うーん、中々速度が落ちないなー。
逆噴射で速度を落とすなんて迂闊な真似はしない。
ぐるぐるまわって気持ち悪くなることが分かり切ってる。
数秒後、マジカルレーダーの反応が返って来て、底が近い事を知らせてきた。
えっ、この速度のままとか直撃コースでは?
思った時には、もう遅い。
ズボォ!
頭から突っ込んで海底に刺さった私は、身体のほとんどが埋まって足だけが出ている状態だ。
た、たすかった。
これ、海底が砂地じゃあなかったら、どうなっていたか分からなかった。
「――クター、だいじょうぶ?」
急いできたのか、スラ子の声が聞こえてきた。
足をばたつかせてアピールする。
ぬるり、と足首に触手が巻き付いていく。
強い力で引っ張られると、ようやく海中に復帰した。
「サンキュースラ子、もうダメかと思ったよ」
付近に生き物がいない事を確認して、明かりの魔法を使う。
舞い上がった砂で何も見えない、まるで砂嵐だな。
状況が良く分からないので、少し移動をする。
「そういえば、なんでこのタコは船に乗っている私の事が分かったんだろう」
ぺちぺちとタコの足を叩く。
聞いた話を鵜呑みにするならば、船上にいる私は安全だったはず。
「たぶん、げんえいのつくりが、まものからは、まるみえだったかと」
はん? 幻影の作り?
魔力の隠ぺいはキチンとしていたから分かるはずが……。
もしかして、魔力を固めて肉付けしたのが悪いのか?
隠ぺいが間に合ってなかったとしたら、それはまるで。
魔力の練り餌をぶら下げた釣り針。
暗い海中からは、ネオンサインが浮かび上がっているように映ったか。
もし、そうなら魔物相手にはこの幻影の使い方はしてはいけないな。
本物そっくりに化けることが出来るから便利だと思ったんだけど。
以前の幻影とは使い分けになるね。
しばし泳ぐ。
スラ子通信でお互いに居る場所が分かるらしく、陸と思われる方に移動しながら海底を散策する。
推進魔法と呼べる、この噴射機構を改良した今では快適な泳ぎが約束された。
空気を吐き出す音が少しうるさいのと、泡で後ろの視界が悪くなるくらいの難点しかない。
大分移動したので、舞い上がった砂も薄まっていた。
「お~、マリンスノーだ」
「きれい」
魔法の明かりに照らされた海中に、マリンスノーが降り注ぐ。
見た瞬間は感動したけど、何というか。
「同じ光景が続くから、変わり映えしないな」
「ドクター、じょうちょがたりない」
すまんの。
海底が一面の砂ってのが悪いのか?
サンゴが生えてたり、魚が泳いでいる中でみるマリンスノーだったら見ていられたと思うんだよね。
「みぎぜんぽう、こうぞうぶつ、あり」
深海魚じゃなくて、構造物?
「行ってみようか」
何故、構造物だと言い切ったんだ。
火山や海底洞窟の可能性だってあるだろう。
五百メートル程進んで、それは見えた。
確かに、それは構造物。
「船、だよね?」
沈没船だ。
私が乗っていた船よりも二回り以上大きな船で、重厚な威圧感がある。
造りも普通の帆船で、風以外の推進力に頼っているように見えない。
最低限のエネルギーに頼ったこの船は、遠距離を航海するのに向いているだろう。
だが、これでは。
この大きさでは速度が出ない。
私が襲われたように、この辺りには魔物が生息しているはずだ。
鉄製で頑丈、もしくは海中に向けた強力な武装がされていれば良いが、これではただの的だ。
普通の魚が相手なら、この船で十分役割を果たせると思うけど。
横っ腹に大きな穴が空いている。
恐らくは、ここから浸水して沈んだか。
「たんさくする?」
「一応、安全を確認したあと横穴から入ろうか。乗った船の様式と比べると古そうだから、何かあるかもね」
沈没船といえば、やっぱり財宝でしょう。
近くまで来た。
横穴も近くで見ると大きく、大型トラックの出入りくらいなら出来そう。
中からの、強い魔力反応は無し。
念のため音波によるソナーでも調べたけど、動くものは感知できなかった。
まあ、船の中は遮蔽物だらけだから中に入って見ないと詳しくは分からないね。
「スラ子、外は大丈夫そう?」
「なにもいない、ワナかどうかは……わからない」
罠の可能性か。
えー? こんな何もない海底で罠って。
いや、警戒はするけどさあ。
「じゃあ、先に入るよ」
と、言いつつ明かりだけを中に投擲。
内部に住んでいた魚や、隠れてた魔物が飛び出てくる……なんてことも無く。
手元に明かりを戻して、顔だけ覗き込む。
ふむ、普通の木造船の通路だ。
ちょっとだけ期待していた。
外は偽装で、中は機械だらけのオーパーツだったりしないかなって。
少しがっかりしながら、侵入する。
「おじゃましまーす、留守ですかー?」
突撃、隣の沈没船。
美味しいご飯を出してくれてもいいのよ?
Lノーミス実績取れる気がしないので通常更新に戻ります




