50 お約束は守ろう
「行ってきます」と仰々しく出てきたが、別にここは洞窟では無いし、迷路になっている訳でも無い。
少しの間、甲板に上って景色と船の造りを見に行くだけだ。
船上に危険な事なんて、早々ないだろう。
部屋を出て振り返ると、ドアの上部には「一等A号室」のプレートが貼ってある。
へえ、最低限のインテリアしか置いてなかったから質素に見えたけど、良い部屋だったんだなあ。
私が最後に船に乗った記憶は……大部屋で、雑魚寝したフェリーくらいだろうか。
比較するような事でもないか。
あ、トイレがどこにあるか聞くの忘れてた。
「スラ子、今いる?」
……。
「いるよー」
いるんかい。
姿を見せないが、肩から声だけ聞こえる。
「甲板に出るだけで船内は探索しないから、代わりに船の構造を確認してきて」
「あいさー」
多分もう見に行ったのだろう。
音も、気配も無く。
目の前の階段を上ると、外に出る水密扉が見えた。
木の扉に金属の枠をはめたような見た目で、きちんと機能するのか少し不安だ。
開けっ放しになっていた水密扉を抜けると、潮風が頬を撫でる。
しばらく触れていなかったが、このべたつくような空気が懐かしい。
外に出て数歩歩くと、一気に吹き付ける風が強くなった。
これが航行速度によって生まれている風なら、相当な速度が出ているように思う。
今日は白波も立たないくらい穏やかな海で、視界は水平線まで遮るものが何もなく、好天に恵まれている。
遠くには鳥が海の魚を狙っているのか、何羽もの集団で狩りをしている。
なんか違和感があるな?
魔力を固めてレンズを二枚作り、同じく魔力の筒に嵌めこんで即席の望遠鏡を覗く。
レンズの厚さや歪み、ピントのズレを調整して、と。
見えた、像を拡大させていく。
遠近感から海鳥だと思っていたが。
二足二翼。
うわあ、あれワイバーンだ。
マジか、ほとんど見えないが、こんな近くを船で通るのか。
迎撃手段はあるのだろうけど、これは命がけだな。
レンズに映るワイバーンの姿が、さらに巨大な魚の口元に変わる。
「は!?」
肉眼で再確認、ここからでも分かるくらいのデカイ魚だ。
水面近くで狩りをしているワイバーンを、食べた……?
丸呑み。
海は怖いなあ。
あの大きさなら、お腹の中でおじいさんが暮らして巨大魚を操作していたとしても驚かないぞ。
生命の神秘に感動した後、他に何かないか興味がわく。
右舷側に振り向くと、水平線の上には高い岸壁が連なっている。
竜峰山脈に刃物を入れて、輪切りにしたかのような断面を見せていた。
こちらも望遠鏡で覗く。
肉眼では模様の付いた壁程度にしか見えなかったが、岩肌はいくつか穴があいている。
そこからは滝が流れ落ちていたり、空を飛ぶ大型生物が餌を運んでいたり。
監視用ドローンが外をチェックしていたり。
内部のダンジョンは生きてるのか。
機会があったとして、頼まれても行きたくは無いな。
入ってすぐはともかく、深層はエンドコンテンツ特有の雑魚すらハメないと即死させられる魔境だったし。
もし、今の自分が潜ったとして、ガチパーティーを組んで行くなら。
そこまで考えて首を振る。
いや、その場合足を引っ張るのは私だ。
死にたいわけでも無いし、近づかないようにしないとなあ。
無駄に気疲れをして息を吐き、上を向く。
遠景を見て気づくのが遅れたが、マストに掛かっているのは普通の帆では無かった。
「ほへー。どうなってるの、これ」
まるで、シャボン玉を素材にしたかのようだ。
透明で虹色に光る膜が、帆になって風を受けている。
なんらかの魔法だと思うけど、帆として使うなら一般的な生地を使った方がコストは掛からないはず。
余程の理由、それだけ帆が破損しやすい危ない何かがあるということか。
視線を船上に戻すと、船員が働いている様子が見られた。
皆、同じ格好をしている。
海で働くガチムチのセーラー男に少し驚いたが、長袖、長ズボンを着こなしていて意外と格好良く見える。
そうだよね、女物のセーラーなんて着る訳ないよね。
ぱっつんぱっつんのセーラー服にスカートを履いた……いや、笑いそうになるからやめておこうか。
「ただいま」
ミニスラ子が肩から現れる。
「お帰り、早かったね」
「このふね、おもしろかった」
面白いって?
「スクリューやジェット噴射でも使ってたの?」
首を振る。
見た目に反して、木造じゃあ無いとか。
「なみにのって、すべって、いどうしてる」
……?
ちょっと理解が追い付かない。
「サーフィンみたいに波乗りしてるって事でいいの?」
「そう、そのなみも、まどうぐでつくりだしてる」
スラ子からの説明を詳しく聞いた。
波の発生器が船の後方底部に二基ついている。
その波をぶつけ合って三角波を作り、高くなった波が平たい船尾を押し上げて波乗り状態になっている。
虹の帆にも推進力があるようで、転覆しない様にバランスを取る役割も担っている。
その速さは時速三十キロ超、航行の持続性も高く、虹の帆と合わせると小回りも利く。
水流も自然であるように見せかけることで、水棲の魔物にも見つかりにくくなっている。
それが安全に航海するための、この船の秘密らしい。
何それ、見たい。
だけど、一般の人が見られるものじゃあないか。
「後で、分かる範囲で設計書を書いてもらっていいかな? 魔力効率とか制御なんか興味あるから」
いや、船の側面からでも船尾が持ち上がっている様子は見られるはず。
気分も上がり、甲板側面の手摺に手をついて船尾側を覗く。
しかし、その程度では見えるはずも無く。
少しだけ身を乗りだせば見えるかな、と思ったが危ないか。
そんな事をしなくても船尾側に移動すれば見えるかな、と動き出した時には遅かった。
ソレは、右手首を掴んだ。
「スラ子?」
自分で言っといて何だが、違う。
もっとヌルついた、わかめのような、吸い付く――
体が浮いた。
手首を持ち上げられている。
見ると、触手が巻き付いていた。
やばっ!?
空いている手で手摺を掴もうとするが遅い。
身体が浮いたかと思うと、水面に叩き付けられるような勢いで水中に引き込まれた。
反射的にマウスピースを出し、口の中に入れて噛む。
この手の不意打ちはよくある事で、考えなくても行動に移っていた。
水中呼吸用のマウスピースは呼気と水を分解して、空気に変える魔道具。
水中戦闘では当たり前のように使う物だからこその反応だった。
引っ張られたまま、水中に持っていかれる。
水流で目が開けられない。
魔力を固めて、即席の透明ゴーグルに変えると、ようやく状況がつかめてきた。
だが、水中の泡や濁りが視界を防いでイカなのかタコなのか分からない。
まさか、アイデアロールを振るような相手ではないだろうけど。
移動速度が速くて、前からの水圧が強い。
このままだと身動きも取りにくいから、まずはこいつの動きを止めないと。
スラ子!
呼ぼうと思ったが、声なんて出せるはずが無い。
瞬時に思いつく。
魔力空間でベリアに呼びかけたように、魔法で水を震わせて音を出せばいい。
「スラ子、いるか!」
「スラ子は、シャチのほうがもっとすきです」
そんな事きいてねーし。
まあ、いるならいいや。
脱力して、いい感じに力が抜けた。
「今から電気流すから、逃げてね」
返事を待たずに、触手を起点に雷を発生させる。
稲光が連続で発生し、急速に電気分解されて生まれた水素の爆発音がした。
あばばばばば。
……いや、全然電気が流れて無くない?
それっぽい演技したけど、弱すぎて低周波治療器かと思ったわ。
だけど、その程度で十分気を引けたようで。
一瞬だけ完全に止まった後、グイっと引き寄せられた。
タコ、それもかなりデカイ。
ダイオウイカより大きいか?
水中を泳いでいる時のサイズ感は掴みにくく、よく分からない。
大きな魔力を感知出来るから、タコの魔物ってことか。
少しの膠着。
にらみ合っているだけのように見えるが、大ダコは腕に巻き付いた触手を締め付けてきている。
足にも纏わりついてきた。
反射的に振り解こうとしたが、吸盤が吸い付いているのか力では勝てそうにない。
どうしたものかね。
今の私は、ベリアの身体に見せる為に、魔力を固めた肉体を張り付けている。
私の身体とのサイズ差があるので、解除すれば一瞬だが抜け出して行動出来るだろう。
痛そうだから、魔法で作った肉体部分の皮膚感覚は遮断している。
肉の鎧の上から巻き付かれてる状態。
それでも圧力は伝わってくる。
普通の人なら青あざ、もしくは骨折するような強さだ。
触手持ちなんだから、もっとエロいことしてくれませんかね?
タコといえば春画でしょう。




