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「貴女にこの質問をした理由ですが」
おいこら、無かったことにして話を続けるんじゃあない。
私がスベったみたいじゃないか。
「いくつかあります。貴女の着ている質の高い服や例の伸びるナイフ、あの場所で暮らしていく人間がそのような高価な物など維持管理出来るとは思えません」
服の質が高く見えてしまっていたか。
すり減らしたりビリビリに裂いて土まみれにでもすれば良かったかな。
ナイフは反論のしようも無いなあ、どこからでも調達できそうな見た目のナイフを盗まれるなんて想定外だったわけだし。
「そしてあのとき貴女に飲んでもらった錠剤と液薬ですが、組み合わせて飲むことで七日間の穏やかな睡眠の後に衰弱死する劇薬です」
ああ、あの後すぐに眠くなったのはそういう事だったのか。
何てことをしやがるんだこいつは。
「そのような顔をなさらないでください。貴女が世界に絶望しながら生きていくことを見かねた私なりの親切ですよ」
確かに薬を盛って死にゆくはずの相手が半日経たずに自分の事を伺って来たら理由を知りたくなるよね。
まあ親切かと言われたらどう考えてもアルトの自己満足でしかないだろうが。
「ですのでもう一度伺います、貴方は一体何者でしょうか」
「美少女です」
アルトは深く溜め息を吐く。
あ、まずい。
「ごめん、きちんと説明しますね」
アルトは冗談に付き合いきれないからか猜疑的な目でこちらを見ている。
心の余裕のない奴め。
しかし何と説明したら納得するだろうか。
「私はある人からポーション作りを教わったから、売って生計を立てていたんだよ。毒に対しては調合技術の訓練の過程で耐性が出来ている」
少々無理があるか?
「……まあ疑問は残りますがいいでしょう。ですがレディカヨウ、貴方の証言が事実か確かめるためにこの後そのポーション作り、披露していただいてもよろしいでしょうか」
もしかしたら文字も読めないのに文字を覚える以上の教養が必要そうなポーションを作れるなんて知識と技術がチグハグに見えているんじゃあないかな。
ゲームで作れるようになりましたなんて言うつもりはないから言い訳も適当になってしまうなあ。
「その程度の事でいいのなら。あとナイフの件、取り返したいので機会があれば現場について行ってもいいですか?」
アルトはニヤリと笑う。
「それは貴女の今後次第ということで」
温くなってしまった紅茶とお菓子の残りを平らげる。
店を出ると、来るときにも乗った馬車が停まっていたので同じようにエスコートされて帰る。
帰りの馬車の中は気まずくなるかと思ったが、相も変わらずこの男はどの店の服飾技術が向上しただの今年のワインの出来がどうだの雑談を止める様子は無かった。
帰りは見るところも無いので話に付き合ったが。
こいつ実は話し相手が居なくて寂しかったのか?
馬車から降ろしてもらって机に向かっているおっさんの横を通り、地下通路に入る。
アルトはおっさんと何か話した後、何かの書類を受け取っていた。
来た道とは別のルートを歩く、着いた部屋に案内されるとそこはビーカーや何かの瓶詰めといった化学実験室のような部屋だった。
ああ、ポーション作ってみろみたいなこと言ってたな。
アルトは部屋に入り、椅子に座るとこちらに告げる。
「ではどうぞ、なにか必要なものがありましたら言ってください」
必要な物ねえ、何かあるかな。
実験用テーブルに素材と耐熱ビーカーや完成品を詰める用のフラスコ等を揃えていくが、あれがない。
「あまり量は要らないんだけど、酢を持ってきてもらってもいいかな」
私がお願いするとアルトは隣の実験準備室から酢を持ってきた。
さあて自前の器具なし、スキルサポートなしのマニュアル作成はゲームの最初期以来だな。
何度か深呼吸、ファミコン体操をして集中力を高める。
まずレッドリーフを酢に数分さらして灰汁を取り、水洗いをして乾燥機に入れる。
おっ乾燥機いいもの使ってるな。
レバーポンプを何回か引き、ある程度減圧させたあとクランクファンをぐるぐる回して金属管に火を当て温度を上げる。
温度と含水率に気を付けて乾燥させたレッドリーフを取り出し、薬研で細かく砕く。
なんで乾燥機の質が高いのに粉砕ミキサーが無いのか。
粉末化したレッドリーフを漏斗の濾紙に乗せる。
魔力水溶液は質がわからないので自分が魔法で出すことにした。
限界まで魔力を込めた飽和魔力水溶液を漏斗に注いで耐熱ビーカーに出したポーションを熱する。
沸騰させないよう表面に浮いた灰汁を取り除きながら10分程煮ることで完成。
うん、まあこんなものだろう。
丸型フラスコに詰めなおした赤色ポーションをアルトに手渡す。
「はい、どうぞ。お代は銅貨20枚でいいよ」
相場の5倍はぼったくってるけど。
受け取ったアルトは指に傷をつけてポーションを数滴掛ける。
傷が塞がったことに納得したのかうなずき、口に含んで体調の変化で効能を確かめている。
おや? と不思議な事が起こったような表情をした。
「味に言及するのは今はいいでしょう。ですがこの含有魔力量は過剰ではありませんか?」
あっ、使用後の容器崩壊と内容保存の術式印を入れてないんだった。
術式のランニングコストの為にいつも込めてる水の魔力量を減らすのを忘れてた。
味のほうはいつもの私が飲んでいる緑茶味だからかな。
「サービスだから、うれしいでしょう?」
アルトは肩をすくめる。
「これは一日にどれくらい作れそうですか。銅貨20枚は無理ですが一本当たり10枚までなら出せますよ」
かなり高い値段で買ってくれるみたいだが。
「それはここで薬剤師として雇っていただけるということでしょうか。あ、一日10本くらいなら作れます」
断るかどうか、メリットもデメリットもある提案だ。
実は今お金がほとんどない、重いから。
取引なんて現物トレードが基本でお金は重いだけの役立たずだったからなあ。
「ええ、と言うよりは届け出の無い薬を作るのは違法ですので」
一択だった。
「レディカヨウ、損失率はどれくらいになりますか?」
……損失率?
まさか下級ポーションを確定で作れないのか。
「8割は成功できますよ」
数段難しい上級でも成功率9割超えてるけど。
「ほう、それは素晴らしい。ではこちらの書類に指印をお願いします」
懐から契約書のような紙と朱印を取り出すと机の上に置いてこちらに向けてきた。
指印では魔法的な契約処理が出来るとは思えない、普通の雇用契約書類だろう。
契約内容を聞くとノルマは一日5本まで、損失2割で作れば一本当たり銅貨12枚だった。
ということは他の人が6割前後でしか作れないのか。
日当の給料は使う機会はないがその日のうちに払ってもらうことにした。
アルトは私が指印を押した契約書を仕舞うと住み込みをするための部屋を案内してくれた。
外の治安で出歩かれると困るからだとか、まあ軟禁だと思った方がいいだろうな。
「ああそうだアルト、絵本をくれないか。できれば絵に単語が振ってあって教材になりそうなやつ」
外を歩くなら文字は読めた方がいいからな、よく使う単語だけでも覚えていた方がいいだろう。
会話が通じるなら文字の作りもそう変わらないだろう、文章を読めるようになるのも遠くはないかもな。
地下内で提供されているあまり美味しくはない食堂の食事。
ポーションを作っては納品をして空いた時間に絵本を読んで勉強をする。
そんな生活を10日ほど繰り返していたころ、ある日部屋にアルトが訪ねてきた。
「……まあ疑問は残りますがいいでしょう。ですがレディカヨウ」
見た目は悪くないのにロリセンサーに反応が無い、妙ですね……?