49 ノックとダウン
ノックの音。
「べリア、ジェーラ。中に居るのか?」
カークの呼ぶ声がする。
よく考えれば、ジェーラさんもこの部屋に来たまま男二人に伝えてないのだから心配してくるよね。
「居ますが、入ってはなりませんよ」
ジェーラさんが入室を断ってしまう。
その彼女がコトッ、とブロックをまた一つ積み上げる。
またブロックタワーで遊んでいる。
今度はジェーラさんも交えて。
次は私の番だね。
「おーい、まだ掛かるのか」
再びノックの後に、声を掛けられる。
ブロックはあと二、三本も抜けば、崩れそうなほどスカスカだ。
カークが扉の前で待ってから結構な時間が経っていて、正直言って心苦しい。
仕方ない。
私の番がまわって来たので真面目にやっている振りをしつつ、バレないよう慎重に。
ガララララッ。
「あー、くずれたー。いけると思ったんだけどなー」
じー。
冷たい視線に晒される。
「わざとやりましたね?」
「真剣にやってよね」
「……ノーコメント」
スラ子、私の意図を分かっていて庇わなかったな。
主人に味方しない事を悲しむべきか、処世術を学べている事を喜べばいいのか難しい所。
「いつまでもドアの前で待たせてるのは、流石にかわいそうでしょう」
体得しつつあるマジカルレーダーを放ってみると、カークがドアの向こうで立ったまま腕組をしている。
対象の魔力だけを見て姿を確認していた時は、放出されている魔力からモヤモヤした状態で見えていただけだったが、レーダーを使う事で服や装飾品の形、皮膚の凹凸まで細部がハッキリ分かる様になった。
長々と説明してしまったが、分かるのである。
貧乏ゆすりをして、怒っている。
早くしろと。
「私が迎えに行きますね」
「お願いね」
はあ。最初から、そうしておけば良かったな。
廊下に出た所で、レーダーを切らさなければ船員に見つかる事も無いだろう。
むしろ、ジェーラさんはそれでいいのか?
幻影の魔道具で中性的に見せてるはずだから女性の部屋に入り浸るのはマズイのでは?
廊下に出ても通路にカーペットが敷かれていたり、なんてことも無く。
客船では無く、貨物船に乗り合わせているのかも。
窓は無いが、灯りが釣り下げられているので暗くは無い。
「お久しぶりです、カーク。シャガと呼んでください、一応ジェーラさんの部下をしています」
部屋を出ると、廊下にいたカークに握手を求める。
雇われてるという体裁で紹介したけど、まだ業務契約を切ってないから給料は計算されてるよね?
「よろしくな、シャガ。ひさしぶり」
何事も無く、握手を交わす。
ふむ。
見た目、年下の女の子から握手を求められて、変わった反応が得られるかと思ったが。
案外普通だな。
相変わらず、良い肉球をしている。
「それで、他の奴らは?」
あー、部屋に入れてもいいんだっけ?
ちょっと失礼して、ジェーラさんに伺いを立てる。
あ、ダメですか。
「今は、まだダメみたいですね」
胸の前で、指でバッテンを作る。
「所で、ウノスケは来なかったんですか」
「あいつ、女性の準備は待つものですよ、なんて涼しい顔で言ってたけどよ。まさか、ここまで待つとは思わねえよ」
あっははは、本当申し訳ない。
まさか、遊んでいるだけで来る気配も無いなんて言えねえわ。
笑うしかないよ。
「それで、一応聞きますけど。どういった用事で集まる事に?」
「そりゃ、お前と。後は、喋るスライムの紹介がありそうって事で集まったはずだが」
ですよね。
行って挨拶してくればいいじゃん? って思うだろう。
いや、聞いてみないと分からないか。
カークに少し待ってもらう。
「ジェーラさん、スラ子を連れて男二人に紹介してきてもいいですか」
「そうね、くれぐれも慎重にね」
ブロックタワーの上に、新たなブロックがまた一個。
「私がこれ以上離れると、ブロックも全部消えてしまいますが」
「日を改めてもらいなさい」
手の平返すの早いっすね。
ブロックの維持できる限界距離は、それ程長くない。
結局、全員行くか。もしくは行かないか、どちらかになる。
「部屋に入れるのは――」
「ダメよ、この部屋が溜まり場に変わってしまうじゃない」
……?
ジェーラさん、あまり機嫌よくないな。
遊んでいる様子を見ると、船の上で暇を持て余していたのかな。
もしくは、知らない間にストレスが溜まっていたのかも。
「それでは、断ってきます。カークにはスラ子を紹介するので、少し借りますね」
「ごめん、カーク。またの機会でいいかな? どうにも、ジェーラさんがツンツンしちゃって」
「いいんじゃねえか? どうせ、そのうち集まるんだからな。で、そいつか」
「はい。スラ子、自己紹介よろしく」
やり取りは省略。
どうせ、ウノスケとも同じ様な紹介をするだろうから、そちらもいらないだろう。
「では、また後日会いましょう」
「ああ、またな」
姿が見えなくなるまで、見送る。
大きな船という訳ではないので、大した距離ではないけど。
部屋に入るとジェーラさんが、瓶酒をラッパ飲みしてだらけていた。
「ええ……? どうしてそうなった」
「ごめんドクター、ことわれなかった」
飲んでいたお酒の度数が高かったのか、酔っぱらっていて会話も出来そうにない。
君子危うきに近寄らず、古文書にもそう書いてある。
「お姉さま、そっとして置いてほしいの。最近気を張っていたのか、よくこめかみを押さえている所を見ていたわ」
私とスラ子のお蔭で緊張の糸が切れたか。
この様子だと、限界ギリギリだったように見える。
私達がいなかったら倒れてたんじゃないのか。
いや、この人の事だから薬で誤魔化しそうな気もする。
「船旅をしている間くらいは休んでいて貰っていいかもなあ。ベリア、後どれくらいで着くか知ってる?」
「残り一日ね、今日で二日目だから」
魔物が活発な海域から離れて航海する必要があるらしく、速度は出るのだが日数が掛かってしまうとのこと。
「この船、速いんだ?」
「船の速さなんてサッパリ。ただ、ジェーラとウノスケがはしゃいでいたから、相当速いはずよ」
へえ、夜にでも甲板に出て……夜は停泊してるか?
どうなんだろう、船がどういう航行をしているかなんて知らないからなあ。
ジェーラさんを、ふと見るとウトウトとして眠りかかっている。
酒瓶を奪ってテーブルに置き、抱えると素直にしなだれかかってきた。
「ジェーラさんの部屋の場所ってどこ?」
「このベッドに寝かせてもいいわよ。大きいし、二人で寝ても十分広いから」
あの、それって私が眠る場所が無くなるって事なんですけど。
まあいいか、困ってから考えよう。
「ごめん、ベリア。姿借りてもいいかな」
「別に構わないけど、どこか見に行くの?」
「船の外を、ちょっとね」
「分かったわ、いってらっしゃい」
「行ってきます。ああスラ子、ジェーラさんに擬態してベリアについていてね」
やろうと思えば、人と同じ姿に成れるって言ってたからな。
「わかった」
スライム体がジェーラさんに薄く被さった後、スラ子の姿がジェーラさんに変わっていく。
「まるで瓜二つだね」
ベリアもビックリして言葉も出ない。
私もベリアの姿に変える、細かい特徴もよく分かっているから簡単なものだ。
きちんと、触ったときの弾力や質感も再現してある。
通常の幻影とは違って、凝固させた魔力を粘土のように、まるで特殊メイクのように使った。
完成度は更に増したと言えるだろう。
「どうかしら? ジェーラ、おかしなところは無いかな」
「大丈夫ですよ、胸を張ってお出かけくださいませ」
くすくすと笑いあう。
自分の声は自信が無いが、スラ子の声色は完璧にジェーラさんと一致している。
やっぱりコイツ、喋り方を作ってたな。
スラ子が言うには、私が望んでいたから。だったかな。
だってスライム娘って滑舌が達者だと萎えるからね、見た目と中身の一致って大事だよね。
ああ、そうか。
だから、私に子供用の服を着せてきたのか。
……やっぱり一番危ないのはスラ子じゃあないか。
「べリアから見てどうかな? 私達におかしな所、あるかしら?」
「自分の姿が動くのって不思議な感じね。私の存在が取られているみたいで不安になりそう」
「大丈夫ですよ、私がついてあげますからね」
スラ子がベリアを抱えて、膝の上に座らせた。
ベリアも満更でもないのか、逃げる様子も無い。
うん、大丈夫そうだね。
「それじゃあ、行ってきます」
マジック→魔法
マジカル→魔法の、魔法のような
で形容詞かそうでないかの違いだったのか……。
てっきりノリで使い分けている物だとばかり思っていた。




