44 結晶体のつかいみち
「やっと終わった……か? スラ子、生体反応はどう?」
スラ子は簡易的なクロマトグラフで魔力波長を読み取っている。
スラ子ゲルを塗布した板に魔力を流して、吸収率の違いから想定外の魔力が流れてないか調べている。
「かくそくていはんい、せいじょうち、まりょくもへんい、してない」
「後は私次第だね」
「こわいの?」
「うん……異常時のセーフティは掛けてる、それでも少し怖い、かな。事故はいつだって起こりうるから」
「でも、これいじょうは」
「そうだね、ま、気楽にやってみるしかないか。一応今までのおさらいをして、不備がないか確認しよう」
それくらいの時間は誤差みたいなものだから。
……やりたくない気持ちから現実逃避してる自覚はある。
時間は遡り、数日前。
ここはベリアの中にある研究室。
魔力の周波数を僅かにずらすことで物質的な性質を持たせている空間。
便宜上、ベリアの魔力空間と名付けている。
私とスラ子は、ここに持って帰ったクリオネの結晶体について悩んでいた。
「どうやって結晶体を取り出そうか。スラ子ッ! 君の意見を聞こう!」
もしも、このままインベントリから出そうものなら、私と同じようにベリアが苦しむかもしれない。
最低でも数日は掛けてイジりたいから、安全策は必須と言える。
「スラ子が、つつんで、そとにまりょく、もらさない、だめかな?」
「ダメです、スラ子の魔力が邪魔をして結晶体の改造に支障がでるから」
とは言え、否定だけして対案を出さないのは大人げない。
「スラ子の案を少し変えて、カプセル状の物に入れて魔力が漏れないように、とか」
私の案を聞いて、首をかしげて質問してきた。
「ところで、なにを、つくるの?」
あっ、そうか。
これから何をするか言ってないわ。
そりゃあ、まともな答えが返ってくるわけがない。
「それはね、私の身体だよ」
スラ子は口に手を当てて、後ずさりする。
え、なになにどったの。
「じぶんのぶんしん、つくってあそぶなんて、ナルシストのうえ、へんたいですね」
いや、ちげーし。
……違わないのか?
それはそれで、じゃあないわ。
あとその蔑み方、グッドだね。
「結晶体を核にして私が入るための肉体を造るんだよ、今までそのための準備をしてきたでしょう」
「しってた」
うそつけ。
さっきの引いてた時の表情、迫真すぎるでしょう。
「で、何をどうするんだっけ?」
「からだ、つくるなら、そのサイズの、いれものつくるべき」
結晶体どう取り出すか、決める所だったね。
確かに、最初から相応の大きさで入れ物を作った方が楽になるか。
数時間後。
「特に何事も無く、カプセルベッドが出来てしまった訳だが」
その中には、不活性状態にした結晶体が安置されている。
魔力が外に漏れている訳でも無いので、心配していたベリアへの影響もなかった。
「なにが、ふまん?」
そう言われると、なんでだろう?
うなじを手で擦りながら考えを纏めてみる。
「いやあ、こういう新しい事をする時って基本的に上手くいかないから、何か落とし穴が無いか不安で」
うまくいくことが当たり前な人生送ってたら、こんな不安も無いんだろうけど。
「そのときは、そのとき」
頷いて安心させてもらえると心強い。
私も、うんうん頷いて不安が晴れた事を伝える。
スラ子に伝わったか、三回頷いた。
うんうん。
うん、うんうん。
うん? うんうん。
ふふっ、なんだこれ。
「えっと、何だっけ。そうそう、身体を作る錬金手順だよ」
構想、というか必要素材や錬金順をメモ帳に綴ってある。
今まで、暇を見つけては計算をして書いていた。
その時は必要となる核も無く、そのまま作ったのでは自力での魔力生成が出来ないので肉体が維持できない。
だから、まだ先の話だと思っていたけれど。
これほど早く、研究成果を試す日が来るとは思わなかった。
「スラ子にも手伝ってもらう必要があるから、間違ってないか再計算と写しをお願いね」
「りょうかい、じかん、もらうね」
スラ子がメモ帳の写しをしている間に、材料の確認を行う。
インベントリに入っているはず、と思ってメモを書いていたけど実際は無い可能性もある。
作成もミスを限りなく減らすなら錬金術で作る必要がある。
錬金魔法でも間違えることは無いと思うが、念には念を入れて確実にやっていこう。
「これはおもしろい」
面白い所なんてあったかな?
「じがへたくそ、さいしょのほう、なにかいてるか、わからない」
開いて見せられたメモ帳は、うん。
私は読めるけど、これは下手と言われても仕方ない。
「ごめん、書き直すから。後ろから逆手順で作れるか確認して頂戴」
紐で綴っていたメモ帳を解いて、読めないと指摘された部分の書き直しを始める。
書き慣れてない文字も、最後の方でやっと慣れた感覚があったと思っていたが。
見比べると、こんなに差が出来ていたなんて予想外。
「おお、すごい。まったんしんけいも、きちんとつくれる」
血と肉と内臓だけ造って、はい終わり。じゃあ無いからね。
それに細胞が生まれ変わる肉体をきちんと造ろうと思うと、遺伝子単位まで設計する必要があった。
しかし、人体の作成なんて理論上可能でも、実際に行って成功できるか怪しい。
回復魔法を使えるなら再生の手順を使いまわすことも出来たが、無いものねだりをしても仕方ない。
そこで、スラ子の細胞を取り入れる。
難しい所はスライムの細胞を使う事で、高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変に造ればいいのだ。
スライム細胞は、ありまぁす!
「スラ子も協力してたじゃん? 身体の中は、スラ子に入って精査してもらってたのだから」
決して淫蕩にふける事だけを目的としてスラ子を造ったわけでは無いのだ。
……本当だよ?
「あのときは、なかみをみせつける、とくしゅなプレイだと、おもってた」
貫通モノは見た目のインパクトがあっても、本人は大して気持ちよくは無いんだよね。
「いやいや、その後スラ子にデータの記入もお願いしてたでしょう」
血管を介して脳・神経や筋肉の細かい部分のデータも丸投げしてたはず。
「そこもふくめて、きもちわるいな、コイツと」
失礼な。
自分の身体がどうなってるか、普通は気になるでしょう。
体力測定の延長みたいな物だよ。
「うし、書き終えた。こっちもチェックよろしく!」
スラ子の方は、とっくに終わっていたようで、私の書き直したメモを受け取ると精査を始める。
「ここ、まちがい、あせるといつも、ミスをする」
あ、はい。
すみませんでした。
で。
「出来上がりが、こちらの身体になります」
「わー、ぱちぱち」
棒読みな上に、口だけで拍手は無しですか。
カプセルベッドに横たわっているのは、私と瓜二つの身体。
違う所といえるのは、髪と瞳が紫色をしている所くらいだろうか。
奇しくも外でドクターシャガと自称していた時の色と同じである。
姿はベリアの物では無く、低身長。
この世界に来た時の私を反映しているので、客観的に見るのは久しぶりだ。
やっぱり、くびれの無い腰回りが最高なんだよなあ。
髪がレイヤー透過率を30%くらい掛けたような透明度をしているのが気になるところ。
一本だけ髪を抜いて光に透かせば、向こう側が透けて見える程。
明らかに普通じゃあ無いんだけど、大丈夫かこれ?
「これ以上の完成度って、やっぱり無理だったよね?」
「スラ子を、そざいにしてるから、どうしても、ちがいがでる」
しゃーない、あきらめよう。
「それで、いつ、このからだに?」
「どうしよっか」
私がこの身体になる事で、魔力が変調するはず。
そうなると、近いうちにベリアの中から必ず抜ける必要がある。
だから、やり残した事があるなら今のうちなんだよね。
「最後はこの空間内の家具その他を回収するとして。まあ、やる事はまだあるから」
「そう」
何よりもスラ子の扱いをどうするか。
外に出てしまえば、自力での魔力生成による肉体保持が出来ない存在だ。
ここに置いていくのか、外で短い命を迎えるのか。
スラ子に選ばせるつもりではあるけど、どちらを選ぶにしてもずっと一緒に居られるわけじゃあ無くなる。
少しくらいの引き延ばしは許してほしい。




