43 壁も重力増加もないんだよ
「よし、決めた。持って帰ろう」
「だいじょうぶ、なの?」
スラ子が不思議そうに聞いて来る。
ふっふっふ、私にいい考えがある。
「だーいじょうぶ、まーかせて!」
軽快にサムズアップを決める。
そうと決めたらインベントリに取り込もうか。
こいつの魔力波長も覚えた、後はそれに合わせるだけだ。
だがそのまま取り込むと、べリアの時のように危ない事になる可能性がある。
なので、波長を合わせて、取り込める状態になったら、私と同化しない様に少しだけ波長をずらした魔力で被膜を張る。
後は――
「スラ子お願い、こいつを仮死状態まで弱らせる事出来る?」
「うん、やってみる」
「失敗しても、それはそれで構わないから頑張ってね」
肩に乗っているスラ子に結晶体を渡すと、スライム体で全部覆い、結晶体内部の魔力を吸い取っていく。
「できたよ」
はやいな。
お礼を言って頭を撫でてあげると、結晶体を私に返してくれた。
魔力を感知すると、かろうじて生きてる事が分かるくらい波長が弱くなっている。
一時的な処置だけどここまで対策を取れば、もし何かあっても対応できるだろう。
で、インベントリに取り込んでっと……。
うん、ちょっと違和感はあったけど出来た。
「う……! おえっ……うー、ふう」
だが、物凄い吐き気と血管におぞましい何かが通っているような感覚が起きる。
なんだこりゃあ……。
「だいじょうぶ?」
「……今は、まだなんとか」
啖呵を切ってこれとは情けない。
この気持ち悪さ、直観的に生きてる物を取り込んだせいだと理解した。
食べられない味の物が毒であると脳が判断するように、生きてる物を取り込む行為が危険であると本能で理解できた。
取り込む前は、これが出来るなら生きてる人とか重量制限ギリギリまで運べて色々やれそうとか思ってたけど。
もう二度とやりたくないわ、べリアに負担が掛からない様に取り出す時にも何か対策しないとなあ。
額の汗をぬぐうと、スラ子がゴブリンジェネラル相手にどこまでやれてるか気になった。
ふらつきそうになる足に気合いを入れて向かう。
アリクイ君も回収しないとなー。
みえた。
スラ子が片膝をついた状態で、ゴブリンジェネラルのお腹を連打している。
相手も、スラ子の頭を叩き付けるように殴っている。
どちらも有効なダメージが入っている様には見えない。
何故どっちもそんな不毛な戦い方してるんだ? と思ってよく見ていたら。
ゴブリンの足の上にスラ子が足を重ねて、二人の足を杭で貫通させて縫いとめていた。
確かに、あれでは身動きが取りにくいだろう。
戦いの流れが変わる。
スラ子が足を貫通させていた杭を抜くと同時に、脛を蹴りぬいてバランスを崩させる。
次に背中をそらし、下から鋭いフックをゴブリンの顎に当てて、意識を一瞬失わせた。
その隙を見逃すわけも無く、スラ子は両手をハンマーのように変え、振り上げて上空に叩き飛ばす。
まだスラ子の攻撃は止まらない。
追いかけるように飛び蹴り、続けて中段回し蹴りと同時に足を延ばしてゴブリンの背中に引っ掛けて引き寄せる。
ここで決めるのか?
だが、スラ子はゴブリンの足の上に自分の足を重ね、そのまま地上に降りて杭を刺しなおした。
再びお腹への攻撃を再開、ゴブリンも意識を回復させてスラ子に殴り始める。
その後も、同じループを何度もしている。
何やってんのあの子。
格闘ゲームやってるんじゃあ無いんだから、反撃を許してる時点で攻撃が繋がってないと思うんですけど。
「スラ子、遊んでないで魔力に還してあげなさい」
「くいなしじゃ、つなぐこと、できなかった、ここじゃうまく、はねない」
あ、はい。そうですか。
ちょっと言ってる事が分からないですね。
私の肩からミニスラ子が飛び降り、ゴブリンの背後に忍び寄る。
ミニスラ子は自身を球体に変え、支点を固定してスリングのように身体を引っ張っていく。
限界まで引っ張られたかと思うと勢いよく突っ込んだ。
ゴブリンの膝裏に当たり、腰がガクッと落ちる。
「きめる」
スラ子が、がおーっと威嚇のポーズを取ったかと思うとゴブリンを覆えるほど大きくなった。
そのままゴブリンに地面に倒れ込む。
重い音が鳴り、地面がスラ子の形に凹んでいる。
立ち上げると、そのあとに見えるのはゴブリンが魔力に還っていくところだった。
「ゴブリン、ぺっちゃんこ、いえい」
ぴーす。
「これ、かえすね」
何か貸していたっけ?
取り出した物を受け取ると、重量変化の剣だった。
アリクイ君から引き抜いて使っていたんだね。
受け取って鞘に収める。
スラ子重さじゃああり得ない場面もあったのに、と思っていたけどこれを隠し持っていたのか。
「うん、ありがとう。よくやってくれたね」
浄化され終わったゴブリンを見ると、ゴブリンジェネラルの魔石……ではなく、下牙が落ちていた。
なるほど、ドロップ品もこうやって生まれている、と。
魔力がこもって物質として安定できる素材があるなら魔石では無く、固有素材の何かが落ちるのだろう。
「アリクイ君は?」
「あっち」
案内されて見に行くと、無残な姿のアリクイ君が横たわっていた。
歪んでない所が無いくらいで、魔力も通らず回路のどこが断線しているのか分からない状態になっている。
強度計算上、こんなに脆くは無い。
懸念はしていたけど、重量変化の魔法効果を剣以外に波及させたことが急速な金属劣化の原因かな。
剣と無理に繋いでどうなるか、この世界で試してみたけどデータとしては有意だった。
ゲームではシステム音声さんに、この組み合わせでは使えませんって言われただけで、実際この世界でやって見ないと分からない事がまだ沢山ある。
何もかもゲーム内で偽造通貨を作って修正祭りに発展させたモラルの無い先人が悪いよー。
初期バージョンでは貨幣に重さが無かったことを逆手にとって、採掘場現地で偽造通貨を作り、大量の金属と貨幣を流通させて市場を破壊した結果、運営・開発が修正と禁止行為を追加しまくって……今は、この話を思い出さなくてもいいか。
「使いまわせるところが少ないから回収だけして、後で解体しよっか。スラ子、この下牙いる?」
頑張ってたのはスラ子だし。
「いらない」
あっそう。
下牙をインベントリに仕舞おうとして、一瞬ためらう。
他者の魔力が詰まってる状態だが大丈夫だろうか?
結晶体の時のように、身体に異常をきたすのでは?
……何となく心配ない気がする、考えてみればインベントリに入っている魔石も同じような物。
結果は杞憂だった、詰まっていた息を吐いて気を取り直す。
アリクイ君を仕舞って、さあ戻ろうかと思ったけど。
「これから歩いて戻るのか」
うげーっ、これはゲンナリする。
平時ならともかく、今の体調で歩くのはひたすらに面倒だ。
「ドクター、のっていいよ」
ボール状になって誘ってくれた。
「ありがとう、身体が辛いから本当助かるよ」
それじゃあ戻ろうか、向こうは残ったゴブリンの殲滅を終えてるかな?
念のため忘れ物が無いか周囲を確かめて、バランスボールと化したスラ子に腹ばいになって乗り込む。
「スラ子、ごー!」
「いえっさー」
戻りは何事も無く、到着前にスラ子を帰して歩いて行く。
ゴブリンが生えてきた痕跡に足を取られない様、気を付けながら進む。
ここまで荒れてれば何らかの噂になるかも、まあ私達が悪い事をしたわけじゃあないんだけど。
「べリア、聞こえる? そろそろ皆と合流するから替わってもらってもいい?」
(……もう終わった?)
「一通りは。私疲れちゃったから、後の事お願いね。真っ直ぐ歩いて行けばすぐに着くから」
(うん、お疲れさま。頑張ってくれてありがとう)
「あ、そうそう。皆に目標の魔石は回収したって言っておいてね、心配してると思うから。じゃあまたね」
(ええ、またね)
さあて、私達の闘いはこれからだ!
打ち切りではないです




