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私がどうぞと言う間もなく男が部屋に入ってくるのが見えた。
黒髪で金眼、屋内でマントは羽織らないようで濃紺ジャケットのフロントボタンを外したブーツ姿だ。
アルトツァイゲルで間違いない、と思う。他に誰かを連れてきているようには見えない。
「お待たせしてしまいましたか? おや、これはこれは……ごきげんよう、レディ」
部屋に入りながら声をかけてきたので「どうも、それほど待ってないですよ」と答えるとそのまま向かいの椅子に腰をかけると思いきや、私の頭をナデナデしながら左隣に座って来た。
座ったまま出迎えた私が子供っぽく見えたのだろうか。
当たり前のように私の左手を握ってくる。
こいつの距離感どうなってるんだ。
「レディ、お名前をお聞かせください。ああ私の事はアルトとお呼びください、アルトツァイゲルなんて呼び名は長いでしょう」
「カヨウです、昨夜のあの後について伺いたいのですが」
いつまで手を握られていればいいんだ。
グローブ付随の爆発スキルでこいつの手を吹っ飛ばしたくなる、我慢するけど。
「ふむ、申し訳ないのですがこの場所でその質問にはお答えできかねます。お話しするのにちょうど良いお店があるのでそこに行きましょう」
言い終わるとアルトはテーブルを一定のパターンでノックする、そして立ち上がり握ったままの手を引いて「さあ、どうぞ」と私を立たせようとした。
逆らわずに立ち上がり、アルトにお礼のかわりに微笑みかける。
口元がひきつっているのを自覚していたがアルトは特に気にした様子は無い。
そういえばデートの誘いに応じるとか何とか言っていたな、誘い文句と勘違いしたのか?
アルトは部屋を出ると私が地下に降りるために使った階段とは逆側の方に歩き出した。
手をまだつないだままで。
アルトの身長が180くらいあるからまるで親子連れだな。
分岐路をいくつか進み、緩く長いスロープを登った終点にドアがあった。
ドアを通ると一人のおっさんが机に向かって何かを書いていた手を止め、こちらをチラと見た。
アルトが視線を向けるとおっさんはうなずき、部屋の中にあったもう一つのドアへ。
そこはもう外で繋がっているテラス、四段ほどの下り階段の先に二頭立ての馬車が待機されていた。
違和感を感じてよく見ると御者が用意されておらず、御者の座る席も無かった。
外観はまるで上流階級が乗るタイプの馬車だな。
エスコートされて馬車の中に入ると内装は一見質素だが飾り彫りなどで贅を凝らした作りで、座席は進行方向に向かって座る二人乗り。
アルトも座ってドアを閉めると馬車が動き出した。
窓の外から太陽を見て大体の方角を確認すると、どうやら町の奥に進んでいるようだ。
地面の凹凸の割には揺れの少ない馬車に乗ってしばらく、正面方向に一定距離ごとに見張り塔が設置された城壁が見えてきた。
これは町を分断する城壁だ。
理由はここからでは城の外観が見えないのがひとつ、そして見張り塔と城壁の高さ・色合いに見覚えがある。
おそらくここは中央城郭都市モーニア。
初期実装されていた街で、ゲームのアップデートが積み重なる事で広がる世界から相対的に立地上辺境になり、中央都市の名に反して交通の便が悪い街だった。
近くの港町から貿易もしている経済発展の成長力が高い活気のある商業都市、なのだが。
城壁の外は何らかの理由があって中で住むことが出来ないスラムってことか。
周りを見ていたので視界に入っていなかったが、城壁に近づくと垂直に落とすタイプの鉄格子が目の前にあった。
馬車がすれ違える程度の幅で、アルトが窓から顔を出し懐からプレートの様な物をかざすと格子が上がっていく。
格子を通ったらまた格子。
後ろの格子が降ろされると駐兵がアルトに呼びかけ、名前と目的を告げると兵は礼を言って去って行った。
進行方向の二つ目の鉄格子が上がっていく。
スラムの住民が入り込んでくる可能性を考えると仕方ないが、かなり厳重だな。
「これを羽織ってください」
アルトに渡されたものを広げるとチェックのストールだった。
「これから行く店にその服では少々簡素ですので」
言われたままにストールを羽織っている間に町の中に入っていた。
石畳が敷かれた大通り、正面の円形交差点の真ん中には大きな噴水が威容を誇っている。
「ようこそモーニアへ。どうですあの噴水、立派な物でしょう」
いや、ドヤらなくていいから。噴水のてっぺんで七色メテオを背景にスクショを撮ったこともあるから。
言葉のない私を感動していると思ったのか、アルトは見えるものを次々に案内していく。
ゆったりした速度の馬車の中、いつの間にか案内が自慢話に変わっていた話を聞き流しているうちにその店の前で馬車が停まった。
看板を見上げると、えっとその、読めませんが。
アルトが先に馬車から降りて手を引かれてエスコートされる。
降りた馬車のドアが勝手に閉まり、歩き去って行った。
どんな原理であの馬車は動いていたんだ?
聞き流していた自慢話で言及していたのかも、もう一度聞くのは流石に失礼だよなあ。
アルトに手を引かれたまま店内に入る。
出迎えてくれた店員に城壁の格子を開けてもらったときに見せたプレートを提示していた。
アルトが店員から差し出された台帳に何かを書き込んだ後、奥の個室に案内される。
中は窓から入る陽の光をレースのカーテンでやわらげたクラシックな部屋で高級感がある。
私を椅子に座らせると木目の丸テーブルを挟んだ向かいにアルトは座り、置いてあったメニューをこちらに差し出して来た。
「せっかくですから何か軽いものでもいただきましょうか」
メニューを開いた私にそう声をかけてくれたが読めないんだって。
「おすすめのお菓子と飲み物で」
多分喫茶店だよな? 実は高級焼き肉店で的外れなことは言ってたりしてないよな?
内心の焦りを表に出さない私の顔を見てアルトはにっこりと微笑むとテーブルの上にあったハンドベルを鳴らした。
待っていたかのようにすぐ店員が入ってきて注文伝票にペンを立てる。
「本日のおすすめのお菓子と紅茶を二人分」
店員は内容を記入した後お辞儀して退出した。
「すまないアルト、文字が全く読めないのだが」
アルトは私の言葉を受けて顎を触る。
「失礼、レディカヨウ。これは配慮が足りませんでしたね、ですがここのお菓子は絶品ですので期待してください」
「へえ、ちなみにこのお店の名前はなんというのです?」
「ロリーズファームです、長い歴史のあるこのお店は――」
名前のインパクトが強すぎて話が入ってこないんだが。
幼女専門の奴隷商か何か? お菓子の牧場って意味だよね?
おすすめのお菓子(意味深)じゃあないよな?
私が立ち直って話を聞く態勢に入りはじめた頃にノックがあり、入ってきた店員によってテーブルの上に軽食が並べられた。
一口大にカットされたミルフィーユ、いちごとブルーベリーのフルーツタルト、クリームとチョコレートソースの掛かっている四角くカットされたベルギーワッフルの様な物。
配膳が終わり、早速小さなフォークでミルフィーユを小分けにして口に運ぶ。
柑橘系の香りがする紅茶を口に入れるとさわやかな香りが鼻を抜けてココアの高級感がさらに増した。
無意識に口角が上がる。確かにこれは絶品だ、アルトが語りたくなるのもうなずける。
「気に入っていただけたようですね」
その言葉にうなずき、黙々とお菓子を堪能する。
全体の半分ほどを消化して一息、さて。
「ではアルト、早速ですが昨夜の職員の男とどういったお関係で?」
「そうですね、どこまで説明しましょうか。結論から言いますとあの男は今となっては始末するべき犯罪者、ということになりますね」
したではなくするか。
しかしあの後追いかけていたはずでは?
アルトは左上に視線を動かしその後を話す。
「あと一歩のところまで追い詰めたのですが……何やら特殊な刃物が伸びてきて、不意を突かれている間に逃げられてしまったのですよ」
私は思わず頭を抱える。
「ごめんアルト、そのナイフ私のだわ。寝ている間に盗まれたんだよね」
アルトは瞬きを数回した後、私をじっと見つめてくる。
「なるほど、今回私に伺った件とはその特殊なナイフの事についてでしたか。あれは魔法武器なのですか?」
ナイフの特徴を出来るだけ詳しく話した。
魔法武器で魔力を注ぐことで一時的に刀身の長さを変化させられること。
刀身の長さは最大で2メートル程であること。
使い手が達人であったなら鉄も切れる業物であること。
物理的な攻撃にしか使用できず、触れることで悪影響が起こるようなものでは無いこと。
「ありがとうございます、有益な情報でした。ところで」
「まだ何かありましたか?」
アルトの金の瞳がギラつく。
「レディカヨウ。貴女一体何者ですか?」
何者か、だって?
「美少女ですが?」
ドヤァァァァアア!