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 相手の得物は右手に持つ金属の棒きれ。

 打ちどころが悪ければ危ないけど、不意打ちでもされない限りは打撲が精々だと思う。

 後二歩で剣の間合い。

 未だにこちらを向いたまま動かないゴブリンには不気味さを感じる。


 いま。

 踏み込んで、肩からなで切りを仕掛ける。

 そのまま剣が鎖骨に吸い込まれるかと思いきや、寸前で身体を後ろに反らしてかわされた。

 短めだけど、見た目鈍重な肉厚の剣をこのまま振りきってしまうと、無防備な姿勢を晒すことになる。

 隙を見たのか、戻しの力で上から振りかぶって来た。


 出来ても身をよじるくらいで直撃コース。




 と、思ったでしょ?

 私を無防備にするはずの剣は杖の様に軽いその重量を、瞬間的に重く。

 剣に身体が引っ張られ、無理矢理上から降る暴力をかわす。


 今度は私の番。

 再び軽くした剣を返し、胴を薙ぐように払い。

 ギリギリ反応されて、相手の金属棒が地面を向いたまま受けられる。


 でも、上がガラ空き!


 力に逆らわない様に、頭上に持ってきて袈裟切り!


「はぁぁあああ!」


 全力・・で重くした剣は、刃の中ほどから当たって斜めに断ち切った。

 よしっ!


 数歩後ずさって、中段に構える。

 ゴブリンだったものを確認すると、剣を鞘に納めた。


「どう? 魔力強化なしでも完璧だったでしょ! ……あれ?」


 膝に力が入らない。

 すとん、と膝から落ちると身体が震えてきた。


「上出来です、次からは少しでも危なくなりそうだと思ったら強化して臨んで下さいね」


 腰に片手を当てて、ウノスケが褒めてくれた。


「大丈夫ですか? 立てますか?」


 ジェーラは私の傍に寄って心配をしてくれる。

 カークはまだ警戒を解いていない。

 男二人は何かいることを確信しているのか、周りを確認している。


「待ってて、いま立ち上がるから」


 おかしいな?

 呼吸も荒いし、こんなはずじゃないんだけど。


(ベリア、聞こえる?)


「あ、うん。大丈夫だよ」


(今は魔力の使い過ぎで、身体がびっくりしてるだけだから。みっつ数えてあげるから、少し落ち着こうか)


 落ち着く、落ち着くってどうやるんだっけ。


(じゃあ数えるね。さん、まず深く息をしよう。はい、すってー。はいてー)


 すってー、はいてー。


(にい、一度目を瞑って)


 目を閉じて、周りが見えなくなる。

 誰もいないのに、なぜかぎゅっと温かく抱かれている。


(魔法で干渉して、今は疑似的にしか抱く事が出来ないけどね。いち、じゃあおっぱいの事を考えてー)


 は?

 なんでおっぱい?


(ぜろ! お゛っ!? ど、どう? おちついた?)


 いや、うん。

 落ち着いたけど。


「どうかしたの? 大丈夫?」


(……う、ん。ベリアが、大丈夫そうなら、いいんだよ、じゃあ切るね)


「うん、またね」


 んー、何だったんだろ。

 なにかあったら言ってくれるだろうから気にすることもないかな?




 目を開けると肩の力が抜けて、次に強烈な臭気に吐きそうになる。

 でも、目の前の光景に惹かれていく。

 飽和した魔力を抱えて生まれた魔物が、淡く光り始めて魔力に還るところだった。


 魔力は物質へ。

 物質は魔力へ。


 淡い光の泡が、空に昇っていく。

 魔物の肉体が徐々に光に変わって、失われていく。

 魔物が命を終える時に魔力に還るとは習っていたけど、実際に見たのは初めてで。


 ソテラ教では魔物の魔力回帰を浄化と呼んでいるんだったかな。

 なるほど、浄化と言われるほどの綺麗さだ、とは思ったけど感動はしなかった。

 何故か強い寂しさを感じる。

 命が消えていく光景を、目の当たりにしているから?


 光を見ていると、いつの間にか魔物は小さな魔石に変わっていた。

 もう身体は平気、普通に動く。

 ひと息つくと立ち上がり、魔力に還りきらなかった残滓である魔石を拾う。


「ジェーラ、心配してくれてありがとうね」


「……思っていたより大丈夫のようで安心しました」


 心配性だね、そこまで危なく見えたかな。

 出してくれた手を取り、男達の所までエスコートしてもらう。

 さっきまで立つのも辛いくらいだったのに、今は何ともない。

 ちょっと、調子が悪かっただけだよね、多分。


「ただいま、どう? 何か動きはありそう?」


「いや、何もないな」


「何もないですねえ、所ですぐに剣をしまっていましたが、汚れは落とさなくても良いんですか」


「鞘に納めて魔力を流せば綺麗にしてくれるみたいなのよね」


「おや、羨ましい。出来ても軽い土汚れくらいだと思っていましたが、その鞘も上等な物のようで」


 へー、そうなんだ。

 このサイズの剣なら抜くたびに鞘を放り投げて使わないといけないと思ってたから、抜くのが楽なのは便利くらいにしか思ってなかったわ。


「あげたりしないわよ?」


「ええ、大事にしてくださいね。鞘だけでも相当な値がつくはずですので、あまり人に知られない方がいいですよ」


「言われなくても……えっ、そんなわざわざ言いふらして危険を呼ぶバカな人っているの?」


 ウノスケは苦笑いするだけで何も言わない。

 ええ……いるんだ?








 ベリアは強いと思う。

 いや、精神的にって意味だけど。


 突然旅に出されて身体を使うことを強要される。

 呼ばれた先で幸せになれるなんて思える材料は少なく、未来への見通しがつかない。

 最近、命を狙われたばかりで不安な中、戦わされる。

 私が知らない部分でも色々あるだろう。


 殺意を直接向けられるってのは滅茶苦茶ストレスが掛かるんだよね。

 よくもまあ、ほとんど泣き言も漏らさずに前を向けるものだと感心するよ。

 今も魔力の使い過ぎで体の自由がきかないって説明を誤魔化したけど、少しだけ心が折れかけていた。

 その事に気付いていたのは、ここで精神的な重圧感を受け取った私とジェーラさんくらいだろうか。


 当の本人が気付いていないようなのは、良い事なのか悪い事なのか。




 そういった真面目な話をしたかったんだよね。

 なのにスラ子ときたら。


「ぜろっていったから、おそわったとおり」

「えらいでしょ」


 二人に増えていたスラ子が胸を張って誇らしげである。

 私のお腹からまだ温かさが感じられる。

 えー? これ私が悪い、のだろうなあ。


「うん、えらいえらい。良かったから次はこうならないように教えてあげないとね」


「よかった?」

「よかったよね?」


「もっと、ゆっくりして?」

「ずっと、ゆっくりしよ?」


「ゆっくりしていきません!」


 スラ子が一つに戻ると、くびをかしげる。


「ドクター、いらいら、どうしたの? ほんとうは、ダメだった?」


 はあ。


「何でもないよ、スラ子には助けられてるって。ほら、おいで」


 ずりずりと這いよって、お腹の辺りに来るくらいの大きな丸いボールに変わる。

 バランスボールのようになったスラ子の上で、うつ伏せになってごろごろする。

 ああ、ぷにぷにボディでだるい体が癒される。


 浄化……浄化ねえ。

 魔物を倒したら死体が消えるなんて、ゲームシステム上の演出だと思ってたよ。


 んーどうも、何か引っかかるな?


 ああ、シロなんとかって魔物化したおっさんはどうなったんだっけ。

 頭貫いて首切ってるんだから、死んでると思うんだけど。

 浄化されて無かったよね、いや、すぐに館に入ったから見逃しただけか?

 それとも魔物化したと思ってたけど、まだ人のままだった?


 わからんなー。ごろごろ。ごろごろ。

 上に乗ってごろごろしていたらスラ子が調子に乗って回り始める。

 私を落とさないように自分だけ動き回るとは器用な奴め。


「それで、べりあの、せんとうめん、ひょうかは?」


 ころがりながら、スラ子が珍しい事を聞いて来る。

 興味が外に向くのは良い傾向だろう。


「格上を想定して様子見から入ると考えてたのに自分から突っ込んでいたので減点、力の配分を間違えて最後は身体に負担が掛かっていたので減点、始まってからの冷静さと判断力が加点、戦闘内容自体は良し、うーん、初戦でこれなら合格でいいのでは」


「あまくない?」


「結局、無事に生き残ればなんだっていいからね」


「なるほどー」

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