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更に数日後。
港町まであと数日といったところだろうか。
(それでカークが臭くてさー)
「あ、わかる。雨に濡れた後、乾くとき臭いんだよねー」
(言われ慣れてるんだろうけど、自分で言っておきながらしょんぼりしてるんだもん)
「普段隠してるけど、落ち込んでる時だけ尻尾に出るんだよね」
ベリアも最初は声に出して会話していたが、コツを掴んだのか周りに気付かれずに話が出来るようになった。
通信機はまだ完成しない。
いやまあ、電波を利用した物なら作れそうなんだけど。魔導回路のスキルレシピ流用するだけなので。
電波を中継することもできず、有線も無いから無駄にごつくて質の悪い無線機しか出来そうにない。
何よりここからベリアと話す為に作りたいから、魔力波式の通信機じゃあないと意味が無い。
(じゃ、そろそろ出発するから切るね)
「ええ。今日も頑張ってくださいね、べリア」
仕方ないので、自力で繋いで会話している。
結構な集中力がいるから、早めに作り終えたいんだけどね。
暇な時にずっと考えてるんだけどなあ、これがなかなか難しい。
受信はどうとでもなるけど、ここから送信した魔力を受けてもらう為にどうしたらいいのやら。
せめて外でなら。
「さて、これから何するかなあ」
ベリアの視界をモニターで見ながらぼーっと考える。
「つーしんき、つくるっていった」
横に座っているスラ子が、ポーション精製手順のスキル書を読みながら答える。
紙媒体のスキル書は、ダイブ型VR特有の脳内マニュアルに抵抗のある人に向けて実装されていたものらしい。今更どうでもいいが、ARタイプのウインドウに文字を表示したらよかったのでは、と思う。
まあ、運営・開発の謎のこだわりのおかげで助かっているから文句は出ないが。
暇を見つけてはスラ子に勉強させるため、色々な本を出して読ませている。
どこまで理解出来ているのかは分からないけどね。
「んー、進まないからちょっとやる気が出ないかなあ」
一から何かを作ることは好きだけど。
それは、あくまで見通しが立っているからやれるのであって。
何か、ブレイクスルーしてくれる何かが欲しい。
まあ、作っている物は他にもあるからそっちから始めようかな。
「やるきでない? すらこ、おうえんする?」
本を読んでいる態勢のまま、腰から触手を出して私の太ももをズルズル滑らせる。
その気になりそうなのをグっと我慢。
まだ、大丈夫。耐えられる。
調子に乗って来たスラ子がお腹の辺りを撫でて挑発してくる。
絶対に乗ってやらん! 私の意思は鉄よりも固いのだ。
気分も変わってやる気を貰ったので、メモ帳を取り出して通信機のどこかに不備が無いか再計算を始める。
……いや、何もしないのかい。
横目でスラ子をチラっと見ると、ニヤニヤしながら私を見ている。
くっ、遊ばれてる。
あー恥ずかし、顔があついわ。
思わず顔を仰ぐ。
まるでおねだりしていたみたいで悔しい、もういいもんね。
他の作業も並行しながら、おもむろにモニターを見ると視界に小さい人型の生き物が映っていた。
まだ豆粒のように小さく映っていて判別しきれないけど。
これは、もしかして?
最初の方で来ないから、もう出ないのかと思ってた。
ベリアからの受信感度を戻していく。
「いるな、見えるか?」
「ええ、そりゃもうあれだけ目立っているなら見えますよ」
男二人が勝手に納得している。
なんとなく不穏な空気を感じて声を潜める。
「何が見えるってのよ」
その質問にはカークが答えてくれた。
「進行方向、丘の上の街道真ん中。動かずに棒立ちして分かりにくいが、見えるだろ?」
突き出している鼻先でその方向を指し示す。
むー、何がいるって……?
確かに丘の上を通る街道の真ん中あたりに、ぴょこんと突き出した影がある。
でも逆光のせいか黒く見えて、それが何かは分からない。
「何かいるのは見える、でもよく分からないわ」
「多分、あれはゴブリンでしょうね」
手を庇にして見ているジェーラが答えを出してくれた。
えっ、でもゴブリンって。
「結構前に、ウノスケが情報を仕入れていた奴?」
「よく覚えていましたね、僕もこの情報は空振りに終わってくれると思ってたのですが」
街道を通る人を襲う、だったかな。
その話の後にゴブリンの習性も聞いたけど、どうにも違和感の残る話だった。
森に入る個人や、縄張りに入り込む存在を襲う小さい集落単位の魔物らしいんだけど。
あまり頭が良くないゴブリンとはいえ、犬や猫よりよっぽど文化的に活動する魔物。
人の生活圏を侵すことの報復で集落の全滅を招くような馬鹿な事は滅多にしないらしい。
だけど、実際に街道に現れているって事は。
「どういうことなの?」
「さあ、アレに直接聞くわけにもいかないでしょう」
「なあ、おかしくねえか」
目・耳・鼻を使って、周辺を調べていたカークがぼやく。
「あいつさっきから全然うごかねえし、他に動いている奴も感知できねえぞ」
「たまたま単独で動いているって事ですか」
「いや、聞こえねえんだよ……小動物の音も虫の声も、臭いもな」
その言葉を聞いて、私は指をくわえる。
濡らした指を空気にさらすと、丁度こちら側が風下になっているみたい。
「罠かもしれないって事ですか、迂回しますか?」
「どうだろうな、少なくとも矢が飛んでくる距離に伏兵はいないようだが」
「迂回させるのが目的で、その先が本命かもしれないですね」
大人たちがああでもない、こうでもないと言う。
何を長々と語っちゃってるんだろ。
「さっさとやっつけちゃって、罠なら逃げればいいじゃない」
単純こそ正義よ。
私の意見に議論が止み、顔を見合わせてうなずく。
あ、なにか嫌な予感。
「おう、そうだな。それじゃ、べリアには頑張ってもらおうか」
「いざとなったら助けに入りますから、安心していいですよ」
「頑張ってくださいね、べリア」
あれ、これハメられた?
言い返す言葉に悩んで睨んだけど、みんな微笑むだけで何も言ってくれない。
「えっと、本当に大丈夫なのよね?」
「ええ、きちんとお守りしますとも。多分、きっと、大丈夫かと」
「もし囲まれたらオレが背負って運んでやるさ」
急に不安になってきたわ。
表情の陰りを察知して、ジェーラが慰めてくれた。
「安心して下さい、死にはしませんよ」
それ、フォローになってないよね?
その後、いくつか打ち合わせをした。
簡単にまとめると、本当にまずい事態になったら助けてもらえるみたい。
私である必要は? といった質問は「経験を積んでもらうのも契約の内ですから」とのこと。
最初からそのつもりだったんじゃないの?
ひとつ、深呼吸。
気持ちも逸ってない、それなりに落ち着いてる。
剣を握る手も、力が程よく抜けていい感じ。
一歩、二歩と近づく。
ゴブリンは私から見て左の方を向いたまま動いていない。
……ずっと動いていない?
「ねえ、アレ本当に生きてるの?」
気になったから、後ろを歩くカークに小さく声を掛ける。
「確かに妙だな、何かを見ているようであっちの方向には何も見えないんだが」
どう見てもおかしいとは思う。
でも、近づかなければ始まらない。
大体十メートルくらいまで近寄ったとき。
身体は横を向いたまま、首だけをぐりんと回してこちらを見てきた。
うわっ、気持ちわる! こっち見んな!
慌てて抜いていた剣を中段に構える。
念のために、見えていなかった丘の向こう側の道を確認。
カークの感覚通り、見える範囲には誰もいなかった。
ただのはぐれた個体に見えるけど……?
もうすぐ、一息に飛びかかれば剣が届く。
先手を取って楽になりたい気持ちをぐっと抑えて、少しずつ近づく。
ゴブリンくらいなら先手必勝でなんとかなると思う。
でも格上を目の前で相手にした時、先に手を出すと負ける。
その戦い方で勝てるのは精々同格まで、と教わった。
逆に、多数相手の格下なら積極的に攻めろと。
相手を見て、無理なら逃げろ。
今回は私の実践経験を積む相手になってもらいましょう。




