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「いやー、ひどい目に会ったわ、こんなの望んでないわ」


 どれだけ時間経ったんだ。

 ここでは寝る事も食べることも必要ないから時間感覚を失うんだよねえ。

 今何時くらいよ?

 時計を見ると昼を過ぎたくらいになっている。

 ゲームのシステムウィンドウが生きていて、時刻表示がされてるから参考に時計も作ってみたが。

 この世界が二十四時間で一日周期になってるかは疑問が残る。

 そもそもシステム設定の時間が正しく流れてるんだろうか?


 馬無し馬車や液体石鹸、フェレットゴーレムだのを作れる技術力があるなら時計くらいどこかで作られていると思う。

 見かけたら買って置きたいなあ。


「ひどいめ? のぞんでない? ドクター、うそつき」


 スラ子が不機嫌そうに物言いをつける。


「ドクターから、ウレしそうに、もっとしてって、イってたもん」


 はっはっは。

 そんなこと言うはずが無いじゃあないか。

 だがスラ子は本気の目をしている。


 ……思い出そうとしても頭が拒否反応を起こす、という事にする。

 記憶障害なんて起こってないし。


「えっ、本当に?」


 私の言葉に頭を縦に振ると、手の指をうねらせて来た。


「ドクター、おしえてくれた、うそつき、わからせる」


 そのヌルついて見える手先に背筋がぞくぞくする。

 これはやばい。


「はいストップ、いや本当にそのループ終わらないから」


 迫るスラ子の手首を何とか押さえつける。

 スラ子がその気になれば掴むことなんて出来ないが、顔を見れば私とじゃれあって楽しんでいるのが分かる。


「違うんだよ、嘘を吐いたんじゃあないんだ、間違いをしただけなんだ」


 偉い人がそう言ってたから間違いない。


「そうなの? ただのまちがい?」


 そうだよー、いいからいいからー。

 私をしんじてー。

 身振り手振りで無罪アピールをする。

 こういったことはオーバーなくらいが丁度いいのだ。


「いままた、ドクター、まちがえた?」


「いや、何か間違えた所なんて無いでしょう」


「だって、ごまかしたカオ、してたもん。やっぱり、うそつき?」


 微細な表情の機微に反応できているだと!?

 ああ、だからあんな的確な攻め方を……ってそれはもういいか。


「今のは……確かにわざとらしかったかな、というか何で嘘つきって言われてるんだっけ」


「ドクター、えっち、だいすきって」


 ああ、それを否定したのがおかしいって話ね。

 んー、状況や気分によって言い回しが変わる事を教えないといけないかな。

 このままでは将来、人付き合いする時に支障が出るかもね。


「それは否定しないよ、だから誤解しないように今日も色々教えてあげるね」


 スラ子を抱きしめてあげる。

 彼女は嬉しくなったのか抱っこしたまま頬ずりしてきた。




 スラ子は一体の生命である。

 スラ子は数億の生命である。

 この二つ、どちらも間違ってはいない。


「スラ子……一体なぜ、こんな事をしたんだ!」


「はなすこと、もうない。いきるか、しぬか」


 凛とした表情でスラ子が立ちふさがる。

 私の叫びにも一切応じることは無い。


「せめて、私がこの手でお前を止めてやる!」


 スラ子、と言うかこの世界のスライムはゲームでよくある核のような弱点を持たない。

 小さな細胞が集まって魔力信号を相互に送りあい、一塊で活動する群体だ。

 だがまあ、見た目には継ぎ目なんてないから一つの生き物にしか見えないわけだが。


「しね、ドクター」


 スラ子に走り寄る私に対し、腕を槍に変えて貫こうとする。

 しかし、直線的で遅い突きは見てからでも避けられるほどの鋭さしかなかった。

 槍を潜り抜けて懐に潜り込む。


「ここだぁぁあああ!」


 私が脇に構えたナイフを、スラ子のお腹の部分にある握りこぶし程の赤い核に突き込んでいく。

 鋭い刺突は核の殻を破り、血を思わせる赤い液体を噴き出させた。


 ところで、普通の群体は一個体に見えても実際は集まっているだけ。

 だから増殖するだけの原始的な活動しかできないはず。

 だがスラ子は知識も蓄えられるし、自我もある。

 私も肉体は無いが、この意識体になっても死んだような気はしていない。

 スラ子も同じように肉体はあくまで活動する為の端末、本体は魔力部分にあるのかもしれない。


「どうして避けなかったんだ、今のお前ならこれくらい……!」


 急速に力を失ったスラ子が、私に覆いかぶさるように倒れ込む。

 その顔は優しく、敵意があるようには見えない。

 スラ子を抱きかかえながら、傷口をふさごうと手で抑えるがその赤い液体が止まることは無かった。


「さいごは、ドクターに、だって」


「おい、もう喋るんじゃない。まだ、まだ何とかなるかもしれないから」


 私がうろたえている間にもスラ子だった赤いモノが地面に広がっていく。


「もうだめ、ねえ、どくたー、きいて」


 自身の形状も自在に変形させてアレやコレも出来る。

 細胞を損失させない限りはどんな無茶な事でも実現できるのが利点だ。

 この特性は、一から作る色々な武器や道具の過酷な実験にも耐えてくれるのでとても助かる。


「ああ、なんだ」


 私は、スラ子の言葉を聞かなければならない。


「すらこね、どくたーの、こ、と、す……き……」


 スラ子から力が消えて、形が崩れていく。

 思わず掴もうとするが、指の隙間からどろりとした液体が流れ落ちていくだけだった。


「スラ子……スラこぉぉぉぉおおおおお!」


 スラ子の青かった体と赤い核の液体が混ざり、地面の染みに変わっていく。

 もう、見た目にはそこに意思のある生命が居た事なんて分からない。

 スラ子は、死んだのだ。






「ドクター、どうだった?」


 地面に広がったスライムがスラ子の頭部だけをにょっきりと生やして聞いて来る。


「完璧だよ、とても生きてるようには見えなかった」


「やった、すらこ、がんばった」


「ああ、偉いぞスラ子。これでもしスラ子が狙われた時に、やられた振りをしてだますことが出来る」


 今はそのために偽の弱点である核を作り、破壊された時の演技を見ていた。

 演技の内容は、まあ適当すぎたかもしれないが。


 スラ子が体を再構築して抱き着いてきた。

 その嬉しそうな顔を見るとこちらも嬉しくなる。

 でも、ここまで完璧ならもっと他の擬態も出来そうなものだけど。


「なあスラ子、そこまで変化出来るなら人の肌と同じ色と硬さにも出来るんじゃあないのか?」


 簡単に言えば人に化けられるだろう?

 そうしたら、魔物だと思われて問答無用に襲われるかもなんて懸念も無くなるし。


「だめ、だって」


「だって、なんだよ」


 スラ子が私と目を合わせて、大人の女が見せるようないやらしい笑みを浮かべる。

 その表情は、私より少し大きい程度の無垢に見える少女に似つかわしくないと思えた。


「ドクター、とうめいどあげて、かがみで、なかをみせつけてあげると、デがいいんだもん」


 思わず固まる。


「おう、そうか。なら仕方ないな」


 他に答える言葉が見つからない。

 デが良くなるってなんだよ。

 聞くと後悔する気がするから聞かないけどさ。


 人に擬態しない理由になっていない気がする。

 でも突っ込んだことを聞くと、このまま変な流れになりそうなので話を変えていく。


「そういえば、その体って分裂させたり出来るのか?」


 私の言葉に首をかしげる。


「ぶんれつ? いつも、ぶんれつ、してるよ?」


 聞き方が悪かったかな。

 いや、話の振り方が悪いんだろうね。


「えーと、そのスラ子の体を二つある状態に出来ないのかなって意味なんだけど」


 ようやく合点がいったのか手をポンと叩く。

 そんな仕草教えた覚えないんだけど。

 どこから覚えてきているんだ、いや本当に。


「わかった、やってみる」


 目の前のスラ子が縦に裂けると、二つに割れていく。

 体積が減って身長が半分くらいになったスラ子が二人、目の前に現れた。


「これで、どう?」

「まるで、ふたご?」


 どちらも同じに見えるその姿は確かに双子と言えるかもしれない。

 二人はそれぞれ、私の両側に移動して腕に抱き着いて来る。


「どっちもスラ子って事でいいのか?」


「どちらも、わたし」

「めはかざり、だからいろいろ、かんちできる」


 まあ、スライムだから目で見てるわけじゃあないのは分かるけど。

 声を交互に出されると、なんかむずむずする。

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