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ちょっと時間をスキップ。
「抜けた―!」
いくつか町を抜けて数日。
港に着くまで、距離にして後半分無いくらい。
森林地帯を抜けて目の前に広がるのは一面の草原だった。
今日は天気も良くて、進む先の地平線がはっきり見える。
右を見ると青空の色を吸った山脈が壁を作っている。
「意外と何も起きなかったわね」
「一度や二度、魔物に遭遇するかと思ってましたが全然出なかったですねえ」
最初の宿場町で聞いていたらしい情報通りにはならなかった。
道中魔物が出そうって話だったけど、心配とは裏腹に平和な道程だった。
ウノスケに模擬戦をお願いしてもらって実力も付いたから、一匹や二匹来てくれてもよかったんだけどね。
「あまり油断するなよ、こういう安心した時にこそ危険が潜んでいるんだ」
「はーい」
「浮かれる気持ちも分かるけどな、森の街道を歩き続けるのも飽きていた所だ」
私にくぎを刺すカークも表情が柔らかく感じる。
浮かれてるのはそっちもじゃん。
旅慣れた二人は普通、歩いて街道を渡ったりしないって言ってたからね。
まあ、まだまだ先は長いんだけど。
「では今日はこのあたりで野営しましょうか」
ウノスケは周りを見渡すと、荷物を降ろして野営の準備を始めた。
あら?
空を見ると陽はまだ高い。
「まだ進めるんじゃないの?」
「まあ進めないこともないんですが、森から離れると野営が難しくなりますから」
辺り一面草原では食料は調達しにくい上に、焚火の薪も調達が安定しない。
遮るものも少なく、火が目立つので足の速い魔物に襲われたら逃げられないという。
「目立って襲われやすくなっても夜に火は焚くのね」
「ええ、夜闇を少人数で警戒するのは危ないですから。だったらまだ灯りの中で対応できる方がマシってものです」
なるほど。
夜目が効く人がいればその限りではないと。
「では僕とカークは森に入るので他の準備をお願いします」
「分かったわ、それじゃまたね」
二人に手を振って見送り、私達も残る準備をしている途中。
(……リア、べリア、聞こえますか)
「はえ? ジェーラなにか言った?」
「いえ、何も……?」
(私です。えーと、私は異界の女神です)
な、なんだってー!?
「いかいのめがみがなんでわたしにー」
私の独り言を聞いてジェーラが眉を顰める。
そして透かさず周辺の警戒をしはじめた。
うん、まあそうだよね。
何らかの攻撃かな、と思うのも分かる。
(ファミ……)
「ファミ?」
(ファミ送とって……そうそう、ファクシミリ送受信設計書。大丈夫? ファミ送の設計書だよ?)
何やってんだろう。
「あのー? ふぁみそーって何?」
(え、ああゴメンゴメン今の聞かなかったことにしてね)
いやいや、それはちょっと無理かな。
ジェーラを見ると虫一匹見逃さない鋭い目で周りを見ている。
そのままにすると可哀想だから茶番はここまでにしましょう。
「お姉さま、でいいのよね?」
声がそのまま変わってないからすぐに分かっていた。
私のつぶやきが耳に入ったジェーラはピタっと止まり、額に手を当てて頭の痛みを抑えている。
ごめんね、ちょっとした冗談に付き合って貰っちゃって。
でも最初の棒読みで察して欲しかったな、なんて。
(うん、聞こえてよかったー。これがダメだったら次はどうしようかと)
なんか早口で説明が流される。
魔力を音波に変えても聞こえてないようだったからコマクを直接震わせるとか何とか。
「えっと? 何の説明かちょっと分からないんだけど、用事があったのよね?」
(ううん、何もないよ)
無いんだ。
「じゃ、後でまた話しましょう。先に野営の準備をしたいからね」
(……れじゃあ、またれんらくす……)
掠れてよく聞き取れなかったけど、多分また連絡するって言ったのかな。
「あらら、聞こえなくなっちゃった」
「それで、彼女は何か言ってましたか」
気を取り直したジェーラが私に問いかける。
ええっと? 何もなかったよね?
「何も無いって言ってたわ、でも声のトーンが高めだったから話せたこと自体が嬉しかったのかしら?」
声だけじゃなくて、嬉しそうな感情も伝わってきていた気がする。
何度も話をしようと頑張っていたような事を言っていたかな。
落ち着いたら色々話をしたいなあ。
……どうやって?
あ、これお姉さまから話しかけてくるの待たないといけないってこと?
むー、何というか、不便ね。
この世界、魔力は素のままでは実体を持たない性質がある。
魔力は重力の影響は受けるが、空気抵抗等の物理的な影響は受けない。
しかし、該当の波長をほんの僅かにずらした魔力なら接触することが出来る。
その魔力を操作する事で、干渉できる“半実体”的な性質があるのだ。
半実体魔力は揮発性が高く、とても不安定だ。
通常空間では意識しなければとどめることが出来ない。
もし、何らかの形を維持する回路を組んでも周囲の魔力によって波長が変質してしまい、霧散するだろう。
逆に言えば、この空間(空間って呼んでいいのか?)ならベリアの余剰魔力を吸収し、不必要な魔力を適宜解放する回路を組む事でここを維持する事が出来る。
とまあ今までゲーム世界と、この世界での法則の違いを検証していた事の一部を振り返って見る。
「それじゃあ、また連絡するね……って切れちゃったか」
だが、この方法なら意思疎通が出来たことは十分な収穫だ。
外で使えるようにするにはもっと工夫がいるだろうけど、今はこの手法を形にしようか。
ソファで横になりながら、どういった道具の設計にするかメモを取る。
テレビを見ると、べリアが食事前の模擬戦を行っている所のようだ。
私は、この場所でベリアの視界などの五感を受信できる。
つまり、受信先を指定すれば端末から見られるように変更することも出来るということ。
テレビやソファだけではない、一応食べ物も用意することが可能だ。
私の記憶を頼りに匂いや味と食感を再現した物を作りだせばいいだけ。
食品フレーバーとやってる事はたいして変わりない。
まあ、お腹にたまることは無くて味だけだからむなしくなるのだが。
さすがに満腹中枢に刺激を送って思考を誤魔化すのは怖い。
何が起きるか予想できないし。
実際は肉体がないんだから呼吸すら要らないんだけどね。
不便を楽しんでこそ便利に感動できるってものよ。
「ドクター、だらだら、するな。ファミソウ、もってきた」
ソファでだらだらしてると怒られた。
人の姿をしたスライム。
インスタントホムンクルスで作成した、半実体魔力で構成されたこの子は言う事を良く聞いてくれる。
使える魔力量の制限内なら色々融通が利くので、人型にしてしまった。
私の精神を健全に保つための教育を仕込むのに、少し時間はかかってしまったが。
一人で黙々と作業していたら気が滅入るからね。
「サンキュー、テーブルの上に置いといて」
言われた通りに書類をテーブルに置いてくれる。
「お前の名前は何にすればいいんだろうなあ」
どうにも思い浮かばない。
今はスラ子って呼んでるけど、いつまでもスラ子じゃあねえ。
「いい、そんなことより、しっかりする。それとも、またする?」
何故人型で、スライムなのか。
だって気持ち良さそうじゃん?
というか、この子にも自我があるようで教え込んだら泣いて謝る程えぐい攻め方をしてきた。
しかも許してくれないし。
誰がそんな性格にしたんだよ、まったく。
「……いやあ、今はちょっとそんな気分じゃあ無いかな」
おお、怖い怖い。
気が付いたらスラ子が隣に座っていた。
いったん始めるとなげーのよ。
仕方ないのできちんとソファに座る、あぐらで。
持ってきてもらった設計書と通話に成功した方法をすり合わせて道具にするための計算を始める。
トライアル&エラーでやろうとした事もあったが早々に諦めた。
実験に付き合ってもらった送話先のスラ子の頭が破裂したときはあまりの酷さに苦笑いが出たからね。
あーでもない、こーでもないと悩んでいると隣のスラ子が太ももを触ってくる。
「んー、どしたー?」
あ、これなら帯域が絞れるかも。
だったらこっちの信号から再計算するように組んで。
「しっかりしてない、あぐらをやめて、きちんとすわる」
先に組むだけ組んで、最適化は後回しにしないとやっぱりだめかー。
「ハンノウなし、これよりタイキュウクンレンをカイシする!」
ん? 今なんて言った?
顔を横に向けると誰もいなかった。
だが、その後すぐスラ子が羽交い絞めにしてきた。
流体の身体を利用して私とソファの間に入り込んでいる。
いつの間に!
「待って、判断が早くない? ちゃんとするから今はやめてって言ったよね!?」
何が悪かったのか全く分かってないけど!
というか、もがいても全然抜けだせないわ。
必死に逃げようとする私の反応を見たスラ子が、容赦ない言葉を掛けてくる。
「ハンセイのイロなし、キュウインコースからハジめます」
コースからってなんだよ、どんだけやるつもりなんだ。
あっ、まって、そんな吸い付き方したら力がぬけ、んっ、んはあ、んじゅうっ、じゅるる、ぷはあ、舌を舐るような動きを覚えるとかやるじゃんんんんー!?




