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「今日はあまり天気がよくないわね」
朝は晴れてたのに。
空は生憎の曇天で気分が上がらない。
町を出る前に聞いていた、これから先にありそうな苦難も要因だと思う。
考えすぎならいいのだけど。
「おや、天気の話が出来るほど余裕が出てきましたか」
ジェーラがそう突っ込んで来るのもわかる。
今、私は剣を軽くしたまま素振りをして歩いている。
最初は剣に魔力を通すだけであんなに苦労したのに。
一歩、二歩。
剣を持ち上げて、振り下ろす。
地面を叩かない様にギリギリで止めて最初から。
前の時とは違って、剣に魔力が通りにくい感覚も無く。
まるで立て板に水を流すように魔力が通っていく。
……立て板に水って、この使い方であってるよね?
「なんか調子がいいのよね、よく寝たから? 寝る子は育つって聞いたことがあるからそれじゃない?」
「ちょっと意味が違うような気もしますが。しかし、これなら歩くペースを上げてもいいかもしれませんね」
その言葉を聞いて、前を歩くウノスケが振り向いた。
「今調子がいいから、と急にペースを上げると体に負担が掛かりますよ。それに、ほら」
その顔が後ろを見てね、とジェスチャーしてくる。
つられて見ると、カークが普段と変わらない歩調で歩いている。
それが何、どうしたの?
分からないのでウノスケの方に視線を戻すと、両手を頭の上に乗せていた。
なんてことだ、のポーズ? あ、違う頭の上?
再びカークを見ると、耳がぺたんと寝ている。
視線は真っ直ぐ前だけを見ていて、瞳孔が動いていない。
後ろを歩いているのに全然警戒出来てないじゃないの。
「あんた、本当に大丈夫なんでしょうね」
カークに見えるように手を振る。
「大丈夫だ、起きてる」
嘘ね。
完全に棒読みじゃない。
「ぼーっとしていると、危ないわよ」
カークの耳がピクリと反応する。
「おっと、本当に危ないようですので横に避難しましょう」
んむ?
カークの反応を見たウノスケが注意を促してきたので、街道から外れる。
避難って、何から?
「音の方向を考えると……前の方からでしょうか」
ジェーラが耳に手を当てて、聞こえる方向を教えてくれた。
進行方向に目を向けたので、私もつられてそちらを見る。
耳をすませば、重量感ある音が遠くから聞こえてくる。
「え、なになに。ちょっと、怖いんだけど」
「情報通りなら多分大丈夫ですよ、ただ街道に留まると怪我では済まないかもしれないので気を付けてくださいね」
どうやら心当たりがあるらしい。
一体何の話か聞こうと思った時、道の向こうからそれは姿を現した。
つぶらな瞳、丸い耳、ツートンカラーの毛並みが覆っている。
その大きさは街道の幅半分程で高さもあり、土煙を上げて走りながら高速で移動していく。
近づいてくる途中で、その瞳がこちらを見た気がする。
どうやら事故が起きない様に気を付けてはいるみたい。
目の前を通過した体の横はくりぬかれていて、中に人が乗っているのが見えた。
去って行く後ろ姿には、ほっそりとした尻尾が宙に揺れている。
「フェレット、か?」
「フェレットですね」
「何あれ、かわいー! おおきいー!」
「生き物、とは少し違う……?」
反応は様々。
でも、そんな事はどうでもいいの。
あんなに素敵な生き物がいるなんて!
「あれに乗せてもらえないかしら、せめて触るだけでも」
「そうですね、私も興味があります」
「かわいいよね、次の町にもいるならお願いしてみようかな」
「いや、かわいいか? でかすぎんだろ。高さだけでもオレよりあったぞ」
まあ!
あの子をかわいいと思えないなんてセンスないわね。
「あれは自走式ゴーレムのようですよ、大きいですが」
念のため左右を確認した後、道に復帰する。
歩行を再開しながら、さっきのかわいいモノの話を聞く。
「ゴーレムだったんだ、ふぇれっと? って言ってたよね」
「ええ、フェレットというのはあのゴーレムの原型となった動物の名前ですけどね」
へえ、世界にはあんなかわいい動物もいるんだ。
「つまり、この旅の中で他にもあれくらいかわいい物に会えるということ……!」
「いや、そりゃ話が飛躍しすぎだろ」
あーあー、何も聞こえません。
いるったらいるんですー。
「さあ行きましょう、第二第三のかわいい動物が私を待ってるわ」
「ああ、見つかるといいな。ベリアの幸運と活躍をお祈りしておくさ」
その後はジェーラがウノスケにフェレットゴーレムについて質問していた。
動物的な見た目に反して中はほぼ空洞で荷物が詰まってる、とか。
乗っている人が中からゴーレムの瞳で前を見て道を走ってる、とか。
毛皮に見える体は耐衝撃効果があり、尻尾はバランスをとっている、とか。
最近の危なくなった街道を安全に運搬する為に作られた物だとか。
はい、聞いたことはもうほとんど覚えてません。
だって興味ないんだもん。
私は話を聞くふりをしながら横を見て歩いていた。
もしかしたら、まだ見ぬかわいい奴がいるかと思ったけど全然いないわね。
「カークがフェレット獣人だったらよかったのに」
後ろ足だけで立ち上がるフェレットが思い浮かぶ。
そして私を抱っこしながら歩いてくれるのだ。
はあ、想像するだけで最高だわ。
「勘弁してくれよ、あんな瞳じゃ格好がつかねえよ」
瞳?
狼の顔そのままで、小動物特有のつぶらな瞳がついたカークを思い浮かべる。
「ぷっ、くくっ」
「はあ……あのなあ。大体何を想像してるかわかるが、あんまり失礼な事考えてると食っちまうぞ」
がおー、と見た目だけの威嚇してくる。
怖くはないが、何となく気になった。
「なにそれ、コボルトの風習かなにか?」
「ん、ああそうか。聞いたことが無いなら分からねえよな、ええと確か」
要は種として生きる為の教訓で。
群れに不和をもたらす者は群れを殺す。
群れを殺される前に心を殺してそいつを殺せ。
「あまり穏やかじゃない教訓ね」
「そうだな、だがそりゃ平和だから言える事だろう。オレの時にはほとんど廃れた風習だが、昔は大変だったみたいだな」
「コボルトって、基本的には山奥の方で暮らしてるのよね?」
「ああ、今でこそ他の種族と交易して大分裕福になったが、昔は群れで狩りをしながらギリギリの生き方をしてたらしいな」
だからこそ外れた事をして足を引っ張る奴がいると皆が危なくなる。
オレがその時代に生まれたらすぐ死んじまいそうだ、と肩をすくめる。
話を聞く限り、カークは群れから出てきた人ってことよね。
そういう生き方は出来なかったってことかな。
「暮らしが厳しくないならどうして群れを抜けたの」
私の言葉に少し目をそらす。
その遠い目は一定の方向を見ている様だった。
「新しいものを見たかったから、だな。人、物、仕事や時代の流れ。まあ退屈な生活に飽きたんだよ」
そう言ってニヒルな笑いを浮かべた。
「ふーん」
「いや、ふーんって。聞いてきたのお前だろうよ」
そりゃそうだけど。
「えー? だって、ものすごく嘘っぽいんだもん」
「……そうか?」
話のイメージと実像があってないような?
何だろう、どこか違うとしか言えないような。
「その場の環境を最大限に楽しむ努力をしている、かな。外へ勉強に行く程度なら分かるけど、旅に出て群れを出るのはおかしい、みたいな」
むー、うまく説明できない。
今言った事も何か違う気がする。
あ、ピンと来た。
「そう、女の勘ね」
んふー。
これは完璧な論破だわ。
「最後の最後で理論をぶん投げたな」
私の言葉にあきれた様子。
気まずいのか耳の付け根を掻いている。
「まあ、オレが言った気持ちも全部が嘘じゃないさ。今はそれでいいだろ」
あ、誤魔化した。
まあいいわ、“今は”って事はそのうち話してくれるでしょう。
これ以上追及すると、カークに食べられちゃうかもしれないからね。




