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「ふっ!」
ジェーラさんが私の目の前で拳を止める。
何回か試してみたけど全く勝てない。
条件は素手、魔法無しで小細工が使えないってのはきつい。
更に肉襦袢みたいなこの身体じゃあ、手足捌きが大雑把になって動きについていけなかった。
いや、言い訳しても仕方ないか。
力も速さも圧倒的にジェーラさんの方が上で、手も足も出ないのだ。
今は宿の裏庭を借りて、ジェーラさんと手合わせしている。
彼女は直近で不覚を取っていたので、悪いイメージを払しょくしたいのだと思う。
でも、これだけ強ければ十分じゃないか?
「そろそろ本気で来てくれませんか?」
真剣な顔をして、こちらの動きの悪さを咎めてくる。
「いや待って待って、やれる範囲で十分本気だったから」
「そんなはずは無いでしょう、それとも強化魔法ありでこれからやりましょうか」
確かに、魔法ありなら勝負は逆転するかもしれないけど。
そんなガチでやりあったらこの周りが荒れちゃうでしょうが。
「ちょっと落ち着きましょう。はい、これ美味しいですよ」
取り出した洋梨のような黄色い果実を半分に割って渡す。
一口、口に入れるとシャクりとした食感で、みずみずしく酸味のある甘い果汁が口の中に溢れてきた。
さわやかな気分になって、リラックスできる。
うーん、今度から幻影掛ける時は肉付けしない方が楽かなあ。
魔法で身体を冷やして汗をかかない様にしていたけど、空気をほとんど感じられないのはあまりいい気分じゃあないね。
「これは、はぐっ……とても美味しいですね」
「さて問題です、取り込んだ物の時間は止まってるわけではありません。ではなぜこんなにみずみずしいのでしょうか」
「まさか、変な物を食べさせた訳では無いですよね」
明るい顔が一転して曇る。
「毒じゃないから大丈夫ですよ、こういう珍しい果物もあるって事です」
本当に珍しいから補充できそうにないけど。
地面に錬金セットを取り出して、設置する。
手先の繊細さが大事になるので手の部分だけ幻影を解いた。
今回、作るための材料は今食べてる黄色の実。
量はそれ程必要ないから一口食べちゃったけど、もっと食べたくなったのを我慢して残りの果実を粉砕機に放り込む。
「何をしているのですか?」
「質問に質問で返して申し訳ありません、ジェーラさんが不覚を取ったのは何故でしょうか」
精霊銀とインジウムを手のひらサイズの透明なカプセルに詰め込んで、魔力照射装置にセット。
瞬間的に送り込んだ魔力が素材に収まらず、激しく光を明滅して魔力の許容量が飽和する。
物質的に不安定になった状態の金属を魔法で高温にする事で、溶かして別の金属に変化させる。
融点? 飽和魔力量?
経験勘で余裕なんだよなあ、スキル上げにどれだけやったことやら。
「それは、私がまだ弱いからでしょう」
「まあ、それも一つの答えだと思いますけど。私が考えたのは違う答えですね」
カプセルの中に果実をジュース化させたものを加え入れて、撹拌していく。
「つまり?」
「実力を出せなかったのは毒物を始めとした搦め手に弱かったからかなと、ですので今はその対策をしています」
まだ液化している合金を、冷えて固まる前に形成していく。
竜をかたどった指輪の形に空気を固めて、鋳型にする。
金属を流し込んで、固まっていく際に魔力で刻み込み、魔法を発動させる回路を作っていく。
毒、麻痺、呪い等、大体思いつくものに反応して浄化させる魔法。
本人の意思に関係なく発動して欲しいので、指輪自体を自動で反応してくれる動力にする。
全体が歪まない様に冷やしていくと、指輪の色が銀色から鈍い金色に変色していった。
見た目だけなら真鍮に見えるだろう。
「ジェーラさん、手をお借りしますね」
右手の中指に指輪をはめると、サイズを調整して大きさを合わせていく。
ベリアの身体を借りているからか、手先の器用さが落ちてる気がする。
これくらいの作業なら問題にはならないんだけども。
「はい、どうぞ。この指輪は右手の中指にはめてないと意味がないので気を付けてくださいね」
「ありがとうございます。で、これは何なのでしょうか」
はめた指輪を触っている。
見た感じ指の動きは阻害しないと思うけど、仕事の邪魔にはなるかも。
「名前は決めてないですけど、取り扱ってる所では黄金のリングと言われてる指輪です。これで前みたいな事があってもその指輪が守ってくれるでしょう」
もし取り扱う所があったとしたら、素材持ち込みのオーダーメイド店くらいだろうか。
「へえ、気休めって事かしら」
「ええまあ、そんな所です。無いよりはマシなので出来るだけ外さないでくださいね」
嘘だけど。
実際は毒の沼に半日間沐浴してやっと浄化しきれなくなるくらいだけど。
気休めって言ってくるって事は、劇的な効果の物は出回ってないのだろうね。
「それで、これからどうしますか。もう少し動きます?」
空を見ると、微妙な時間に思える。
「いえ、部屋に戻って汗を流しましょう。あまり遅いと、夕食の時間がずれ込んでしまいますので」
私も汗を掻かない様に冷やしながら動いていたけど、それでもじっとりとした汗が出て気持ちが悪い。
一見肉体に見えるけど、実際は着ぐるみでしか無いから通気性に関しては要改善かなあ。
「それで、何でジェーラさんがここに居るんですか」
「それを言うのは今更でしょう、構わないから声を上げなかったのかと」
ここは部屋の水浴び出来る個室。
先に水浴びして来なさいと言われて、入ったわけなんだけど。
私、全裸。
何で、ジェーラさんも、全裸?
「もう一度さっきの幻影を使ってちょうだい、衣服は出さない状態でね」
「あ、はい。わかりました」
今から汚れを落とすつもりだったので幻影は解いていた。
言われた通り、服を身に着けずに幻影を纏っていく。
「直立の姿勢で動かないでね」
ジェーラさんは、私の周りをぐるぐる歩き回りながらじろじろ見て何かを確認している。
「やっぱり細かい所が甘いわね」
「はあ、どういう所が悪いのかイマイチ分からないんですけど」
「まずはここね、脇腹」
正面に立って、私の脇腹を掴む。
神経が通ってないので何も感じないんだけど、言うほどダメかな。
ていうか、ジェーラさんっていつ見てもボーボーだよね。たわしかな。
エルフって皆たわしなの?
私は剃ってる方がいい派なんだけど。
「その身長で、このくびれの無さはちょっとねえ。これもう少しリサイズ出来ないかしら」
「具体的にどれくらいか言って貰えれば出来ますよ」
それからはジェーラさんのダメ出しチェックが始まった。
脇腹から始まって、足の長さ、各部位の太さ、爪の長さとかはもう個人の好みでは?
今の身長なら、太ももはもうちょっと肉が乗った方が好きだったんだけどなあ。
「髪も女性らしさを出すなら伸ばしなさい、別人に見せるなら色もね」
はい。
長さはロングにするが、風で髪が一本ずつフワフワする演算に魔力を取られたくは無いのでポニーテールにする。
髪の色も地味な緑色でいいだろう、緑髪でメインを張る人はほとんど居ないだろうし。
「胸も大きすぎるわね、これもっと小さく出来ないかしら」
隙あらば。
さすがに個人の好みを押し付けてるのがバレバレである。
「それを捨てるなんてとんでもない」
ぎりぎり聞こえる程度の舌打ちが聞こえる。
そんなに嫌なら見なかったことにすればいいのに、言いだす勇気は無いけど。
「それとここ、なんとかしなさい」
指が私のちっちゃい胸の先を、きゅっとつまむ。
その見た目は、ほとんど男の物と変わらない。
うぐっ……咄嗟にイメージ出来なくて、しょぼくなってしまったのは事実。
参考に出来そうなベリアの身体は、まだ成長途中で微妙。
必然的に、目の前に居るジェーラさんの胸を見て形を作っていく。
なんだこの作業……。
「ジェーラさんって子供がいたりしないんですか?」
意外とでかい。
遠い記憶の母親もこれくらいデカかったような?
……。
……あれ?
細かい調整をいったん止めて、返事がないジェーラさんの顔を見る。
何も言わずに調整に戻った。
顔が怖いんだもん、マジで鬼の顔ってあるんだな。
胸と子供に地雷あり。
てーことは子持ちの巨乳に何かしら煽られた経験があるって事か?
いやいや。それだけじゃあ、ここまで酷い事にはならないだろう。
……まさかその相手の旦那はジェーラさんから寝とら
ガシッ。
私の顔を両手でわしづかみにして、強制的に目を合わせられた。
「何か言ったかしら?」
「いえ、何でもありません」




