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「町が見えてきたね」
前を歩く毛皮越しに人の住む町並みが見えてきた。
「大体時間通りか」
空高く昇っている太陽を見上げてカークが呟く。
続けてこちらに振り向いた。
「先に宿に向かって荷物を置きに行く、その後は自由時間だな」
その後は黙々と歩く。
そこは宿場町と言うよりは村のような規模の大きさだ。
遠くには農地と建物がちらほらと点在している。
建物が密集している中を歩いて行くと、旅をしている人に向けた補充品や生鮮品が置いてある店の並びになっている。
カークが店舗前で立っている人に宿の場所を聞いてそこに向かうと、宿と酒場両方を経営していることを示す看板を下げた建物が見えてきた。
「二部屋一泊で、お願いします」
カークが宿のおばさんに宿泊費を払うと鍵を二本受け取った。
「男部屋は203だな」
「私達は204、隣ですね」
ジェーラとカークが、お互いカギ番号を見せ合う。
「じゃ荷物を置いたら俺たちは買い出しに出るから、女性陣は休んでていいぞ」
「夕食はここ一階の酒場ですので。それではジェーラ、べリアをお願いします」
二人はジェーラからの返事も待たずに階段を上がっていった。
「それじゃベリア、私達も部屋に向かいましょう」
歩き始めたジェーラに付いていく。
階段を上がって行った先にある部屋には『204』のプレートが張り付けられている。
ジェーラが先に入ると私も続いて入り、ドアを閉めたジェーラがカギを掛けてくれた。
部屋は木窓が一つ、ベッドが二つ、そして板張りの床と壁には地味な色の壁紙が貼られている。
泊まるだけに作られた部屋だけど、個室トイレが部屋に備わっているのが特徴的かもしれない。
「こういう宿泊所って、トイレは共同だって思ってたわ」
「確かに珍しいですね、トイレの壁もタイル張りになっていて排水溝もついてます。水浴びしても問題なさそうです」
バックパックを背中から下ろしてベッドの上に乗せる。
肩の荷が下りて、体が軽く感じる。
「ふう、疲れた」
少し硬いベッドに腰かけてゆっくりする。
二日掛けて歩き詰めた身体は思ったより疲れていたみたいで、ベッドに仰向けになると眠くなってくる。
「ふあ、ねむー」
はしたないと思い、あくびは手で隠す。
夕食まで軽く寝ようかな。
「べリア、寝る前に少しいいでしょうか」
「えっ、ああ、うん。どうしたの」
慌てて姿勢を正す。
ジェーラがいる事を忘れてた。
だらしない所を見られたら、またちゃんとして下さいと言われちゃう。
「彼女と入れ替わってください、気軽に替われるのなら頼みたいことがあります」
「ちょっと待ってね」
お願い、と言われても出来るかどうかはやって見ないと。
目を閉じて集中する。
魔力に意識を移して、体の中に沈み込んでいくイメージで。
意識を引っ張ろうとする前に私の意識を引かれて抱き着かれた、気がする。
見えなくて感覚だけのはずなのに。
笑顔ですれ違っていくその姿を見送った。
私はもう眠いから、後はよろしくね。
「お待たせしましたマリーさん。いや、ジェーラさんと呼んだ方がいいんでしたっけ」
ベリアの意識は休眠している。
しばらく起きては来ないかな。
「ジェーラでお願いします」
「それで頼み事ってのはなんでしょう」
わざわざジェーラさんの方から頼み事なんて何を言われることやら。
何かあっても自分で解決できそうなものだけど。
「私と手合わせしてほしいのです」
「はあ」
そんなんカークかウノスケ辺りと相手にすればいいんでない?
あの体格で鍛えてないって事は無いだろうし、二人ともかなりヤレるでしょう。
「まあいいですけど、男二人とじゃあダメなんですか?」
私の言葉を受けてジェーラさんが顔に着けてる仮面を触る。
え、その仮面の認識干渉ってそこまで強かったの。
「出来るだけ秘密にしたい、と」
「私にはなるべく動かずに動向を監視するよう命令が出てますので、あとべリア様のそばを離れたくありません」
後者の方が本音だろうなあ。
監視だけならこの人である必要がないもん。
「手あわせしてもいいですが、その前に一つ。こちらからもお願いしてもいいでしょうか」
「どうぞ、聞ける範囲でなら」
「その仮面に触れさせてもらってもいいですか」
ジェーラさんが頷いたのを見て、仮面に触る。
もちろんただ触りたいって理由じゃあない。
仮面とジェーラさんの間に流れる魔力を感知する。
魔力が仮面に流れて、立体的な映像を作り。
変換された魔力が帰ってきて、装着者の情報を錯覚させるような魔法を発動しているのだと思う。
「なんでベリアはすぐに分かったんでしょうね?」
「それは私がべリア様だけを対象外にしたからです、気が付いてすらもらえないなんて悲しいじゃないですか」
そうですか、そうですね。
なんか聞けば聞くほど闇に触れそうで嫌だなあ。
よし、大体分かった。
光の屈折と反射を利用して、立体映像を作ればこの幻影の魔法は再現出来そうだな。
「じゃあ、ちょっとした魔法を使ってみますよ」
髪は青銀、緑眼に胸を強調したメイド服。
あとは首にチョーカーを着けてるように見せれば。
「どうです、うまくいってますか?」
私の頭から足元までを見るその表情はあまり明るくない。
「ダメですね、喋ると口元が裂けて見えます。後は身長が上がってるのに体型が変わってないので、全体的なバランスが悪いですね」
ダメかあ。
あ、そうだ。
「ジェーラさん、みてみて」
幻影の座標はそのままに身体を横にずらす。
「ゆうたいりだつー」
「それがやりたかったことですか」
「いえ、ごめんなさい。違うんです」
だからそんな冷めた目でみないでね?
やっぱりちゃんと肉付けしないとうまくいかないのか。
ふむ、肉付けね?
まずは魔法で目の前に三面鏡を出す。
鏡の魔法なんて使った事は無いけど、光を反射させるだけなのでこれくらいなら簡単に作れる。
ある程度、魔法の才能があってほぼ完ぺきな平面が作れるなら、という条件はあるが。
今度は鏡を見ながらしっかりと決める。
身長は150センチくらい、髪は幻影からはみ出るとバレるのでリボンを外してお団子にしてまとめる。
髪は長いと演算が面倒だから青銀のショートでいいや。
身長に合わせた体格にして、胸はガッツリ盛った方が別人感が出るかな。
服はそのうち考えようか、今は仕事で着ていたメイド服で良いだろう。
で、このままだとただの映像なので。
服、髪、肉体と魔力を物質化して肉付けしていく。
ただ普通に肉付けしていくだけだと、視点が合わなくなっていくから見えるように視界も屈折させていく。
ベリアの体に粘土をくっつけていって、別人の体に見せているようなものだろうか。
でも触れるけどあくまで幻影、魔法を解いたら消えてしまう不安定な状態だ。
しかし触ったり、見た目上は本物そのものだと言える。
鏡を前にする。
右手でお尻の弾力を確かめて、左手で胸を寄せて確認する。
違和感が出ない様に全体の肉を増しているから、かなりムッチリとしているがこれは仕方ないか。
うん、神経が通ってないから触られてる感覚が無いのは残念だけど問題は無いね。
生物学や回復魔法のスキルも無しに神経つなぐなんて無茶な事はしたくないし。
「なんですかこれは、なんですかこれは」
ジェーラさん、目がこわいって。
鏡越しに恐ろしい目で見てきたジェーラさんが後ろから抱き着いて、私の胸を揉み始める。
「胸の形がアバズレに似ている」
いや、もう揉みしだいてるってくらい執拗に揉んで来る。
「髪の色がアバズレに似ている」
前かがみのまま力強く拘束されていて、まともに身動きが取れない。
どんだけ胸にコンプレックス持ってるんだこの人。
というかアバズレって誰だよ。
「ちょ、んっ、ちょっと、ジェーラぁ、さん!」
肺を押しつぶすような強さで揉んで来るって、それもう普通なら絶対痛いでしょう。
締め付けがきつくて、まともに声もでないっての。
「……はっ、失礼。少し取り乱しました」
少しじゃあないでしょう。
「ところで、その魔法はどうやってるのでしょうか」
アバズレがどうのって話は聞こうとしたらまた暴れそうだなあ。
「んー、ジェーラさん。これ、出来るようになりました?」
私は差し出した手の中に鉱石を出し、すぐに戻した。
意識して自力でやってみたけど案外出来るもんだね、集中力使うけど。
物質の性質を失わずに自分の魔力と同化させて取り込むことで、自由に引き出すことが出来る。
「この応用で、自分の魔力を引き出して物質化するのと、幻影の魔法を組み合わせて本物のように見せかけているわけですね」
「なるほど、あまり興味は無かったのですが後程練習してみますか」
「それじゃあ私がお願いを聞く番ですので、宿の裏庭でも借りて手合わせしましょうか」




