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 皆の元に戻って来た。

 私は無言で寝袋を取り出す。

 その様子を心配したのかウノスケが声を掛けてくる。


「? おや……ベリア?」


「もう寝る、おやすみなさい」


 トイレに行くなんて直接的な表現しなくてもいいじゃない。

 恥ずかしいったらないわ。

 確かに我慢していた私も悪いけど、言い方ってものがあるでしょう。


 靴下を脱ぐと、ひんやりした空気が足の指の間を撫でて気持ちが良い。

 そのまま寝袋に潜り込む。

 顔以外すっぽりと入る寝袋が全身をぽかぽかと包み込んだ。

 あまり自覚はしていなかったけど、疲れた身体と満腹感から急に眠気がやってきた。

 意識が薄れて、ささくれ立った気持ちも落ち着いていく。




 食欲をそそる、いいにおいがする。

 これは、ショウガ、草ニンニク、昨日の鳥を骨ごと煮込んでいたもの!


 目を開けて体を起こす。

 空はまだ薄い青色で、朝の早い時間みたい。

 においの元を見ると三人とも食事の準備を始めている所だった。


「おっ、べリアも起きたか。結構いい匂いがしてたからな」


「そろそろ食事にするので、先に顔を洗ってきてください」


 ジェーラに促されたので顔を洗いに行くことにした。

 タオルを取り出して物陰に入る。

 水で濡らして顔を拭き、服の隙間から身体を洗っていく。


 赤ずきんってなんだろう、このフードとは別の装備なんだろうか?

 たまに全く分からない単語が出てくるから、今度機会があればそういう話も聞きたいな。


 使い終わったタオルは再度きちんと洗って置く。

 乾燥させるのは、えっと、風の熱をあげて……こんな感じだったかな。

 ちいさいつむじ風を起こしてタオルに吹き付ける。

 みるみる乾燥していくその様子に満足な笑顔が漏れてしまう。


 乾いたタオルをクルクル振り回しながら戻る。


「三人とも先に食べててもよかったのに」


「普段は食える時に食うんだけどな。まあ、こういう日があってもいいだろ」


 しかし我慢していたのはそこまでだったようで、それぞれコップに鳥ガラスープと具を盛っていった。

 私も水筒のコップを外してフォークを取り出し、頂きに行く。


「はい、これにちょうだい」


 渡したコップに骨肉と、まだ形が残ってる木の実、草ニンニクを一通り盛った後、透明感のある黄色いスープを注いでいく。

 疲れが取れてお腹がすいているから、よだれが出そうになっちゃう。


 それにしても、具を盛るために使ってるのは解体用のナイフを洗って使ってるのは分かるんだけど。

 スープ用に使ってる、こぶし大のスプーンの先がくちばしみたいに尖ってるコレは何だろう。


「そのスプーンみたいなのって何?」


「スコップだな」


 スコップ、ふーん。

 あるものは何でも使うのね。


「ちゃんと洗って使ってるでしょうね?」


「当たり前だろ」


「カークは一度、洗わずに使って泥入りのスープを作った事がありましたけどね」


 ウノスケがすかさず突っ込む。

 それを聞くと、思わず目が座ってしまう。

 じー。

 ジェーラもノってくる。

 じー。


「んだよ、あんとき一回だけだろうが。ちゃんと謝っただろ」


「過去のことを掘り起こすのは少し失礼でしたね。スコップなだけに」


「それが言いたかっただけかよ。さっさと食って出発するぞ」


 二人の掛け合いを眺めながらスープを飲む。

 夜中、丹念に灰汁取りされたおかげで苦みやエグ味がほとんど無くなっている。

 凝縮された旨みが口の中に残って、体に染みわたっていくみたい。

 朝の冷えた身体がぽかぽかとあったまっていく。


「あ~、しばらくここでダラダラしていたいわね」


 数杯分おかわりしたが、すぐに無くなってしまった。

 おのおの荷物を片付けて出発の準備を整えていく。

 途中、ジェーラが声を掛けてきた。


「べリア、念の為体調を診ます」


 ジェーラの尖った耳を私の胸に当てて心音を測る。

 口を開ける。「あー」と声を出して、ノドの様子を確認。

 おでこ同士をくっつけて熱を測る。

 ジェーラの青い瞳って、間近で見ると宝石みたいで好きだわ。


「……少し体温が高いようですが大丈夫ですか?」


「うん、昨日歩き詰めだったから疲れが少し出てるかな」


「昨日と同じペースなら、昼には宿場町がありますので今日はそこまで頑張ってください」


 半日分だけなら、それほどでも無いかも?

 どちらかと言えば、肉体的な疲れよりも魔法の使い過ぎで体調崩したと思う。

 でも、今日も魔法制御しながら歩く訓練が待ってるのよね。


「よし、皆忘れ物は無いか?」


 周りを見た感じ、全員準備は大丈夫そう。


「じゃ行くぞ。天気も悪くないから、昨日と同じくらいの速さで歩く」


 カークはこちらの体調を確認する。

 大丈夫だと思ったのか、一度うなずいた。


 その後は無言で歩き始めて、街道に復帰する。

 整備された道は、しばらく雨が降っていないのかわだちも無い。

 後ろを振り返ると、遠くに砂漠が見える。

 乾燥地帯を超えた途端に、木々が良く伸びる緑地帯に変わるのは不思議な感じがした。




「それではベリア、その剣を使えるように頑張りましょうか」


「どうしたのジェーラ」


 なんか、やけにこだわるよね。


「滅多に出てこないとは言え、この辺りは魔物と遭遇する可能性がある危険地域。早い移動手段があるならともかく、徒歩では逃げて振り切れるとは限りませんので」


 この旅のどこかで戦う事になるってことね。

 しかも、この言い方ならほぼ確信してるみたい。


「わかったわ、それじゃやってみましょうか」


 昨日までなら無理って答えていたけど、扱うための糸口は見つけたから。


「その前にジェーラ、悪いんだけど背中を支えてもらえるかしら。集中して足が止まっちゃうかもしれないから」


「ええ、わかりました」


 そう言って私の背中のバックパックに手を……そこ、お尻なんですけど。

 二の腕をバシバシ叩いて抗議すると、支える位置を背中に直してくれた。


 まずは小手調べに、左腰に差している鞘の方から試してみる。

 右手で柄を握って、左手で鞘に触れる。

 そのまま左手に魔力を込めるだけで、鞘が微量の魔力を吸っていく。

 それだけで、鞘に込められた物体透過の魔法が発現される。

 直後に音も無く、剣が鞘から外れて抜き身になった。


 刀身の重さに右手だけじゃ支えきれず、切っ先が地面をこする。

 慌てて柄を両手で持ったけど、相変わらず重くて持ち上げることは出来ない。

 仕方ないので、引きずったまま持ち運ぶ。


 うん、ここまでは今までのおさらい。

 今からちょっと集中するので深呼吸をする。

 背中からジェーラに、ぐっと押される。

 足運びを元の速さに戻して、再度集中。


 昨日の夜と同じように。

 今度は自身じゃなくて、剣の魔力に入り込むように。

 剣に流れている微量の魔力に意識を合わせて、それに同調するように私の魔力を加えて流す。

 私の意識が剣の魔力を掴んだ感覚。

 そのまま引き抜いて、私の意識を身体に戻していくと。


「……出来た」


 さっきと同じ物をもっているはずなのに、剣の形をした型紙を持っているような感覚。

 今は羽のように軽くて、重くなるように操作すると剣先が重い音を立てて地面に沈み込んだ。


「べリア、大丈夫ですか?」


 横を歩いていたジェーラが、私を心配してきた。

 大丈夫って、なにが?

 意識が逸れた瞬間に、周りの空気が涼しく感じる。

 手の甲で額を拭うと、びっしりと汗が浮いていた。


「うあ、きもちわるっ」


 剣の魔法は解けて、いつもの重さがずっしりと伝わる。

 またすぐに魔法を掛けられる気がしなかったので、柄と刀身をつまんで鞘に戻していく。


 落ち着いたら急に暑さを感じたので、胸元をぱたぱたする。

 水を飲むと、喉が渇いていた。

 一気に水筒を空けて、水を補充する。

 ……あれ?


「水の強さが安定しない」


「魔力の集中がうまくいってないんだろ、疲れてる時にはよくある事だ」


 こちらを振り返って見ていたカークも気になっていたみたい。


「うん、そっかあ」


 自分の手のひらを見る。

 うまくいった充実感に笑みがこぼれてくる。


「それではベリア、もう一度やってみましょうか」


「え!? 普通は、よく頑張ったので今日はもうお休みしてくださいって言うところでしょ?」


「害するものは疲れている時でも待ってはくれませんので」


 むー、そうだろうけど。

 そんなだからジェーラはジェーラなんだよ。

 文句を言い返そうと口を開いたけど、ジェーラが笑みを浮かべながらこちらを見ている。

 期待しているのか、はやくやれっていう無言の圧力なのか分からない。

 でもまあ、さぼれないって事は今までの付き合いで何となくわかった。

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